第12話 無人島

 オルダの家は集落を納めているわりには、少し簡素な造りで内装もあまり着飾った様子はなかった。むしろ質素と言っても言い程だ。

 こういった所からオルダが先程言っていた、人に対する価値観が生まれていたりするのかもしれない。


 オルダ家はオルダとオルダの奥さん、そして俺たちがこの村に来た時にオルダを呼びに行った青年の三人で住んでいたらしいが、息子が自立して今はオルダと奥さんの二人で暮らしているようだ。


「まあゆっくりしていきなさい」


 そう促されて、俺たちはオルダと向かい合うように座った。


「旅をしているんだってね」


 俺たち二人に対しての質問だったが、フリージアは家の中にある、この村特有の家具や装飾に目がいっているので俺が応える。


「はい」

「そうか、まだ若いのに見上げたものだ――ところで、次の目的地なんかはもう決めているのかい?」

「ええと、この後は海……というか大規模な川、みたいな海を渡って向かいの島に行こうと思っています」


 俺がそういうと、オルダは少し怪訝そうな目でこちらを見ると、今度は肘を膝につけ、あぐらをかいた姿勢で思案顔になった。


 何か、おかしかったっろうか。そう考えていると、オルダは思案顔のまま言った。


「なにか、地図なんかは無いかな?」

「地図……ありますよ、どうぞ」


 すぐに取り出せるようにと腰に挟んでいた古地図をオルダに渡す。

 するとオルダは納得したように、「ああ」と言うと地図を俺にも見えるようにして広げた。


「アキレア君、これは結構古い時代の地図のようだから気が付かなかっただろうが……ここの海」


 そう言ってオルダは俺たちが渡ろうとしていた海を指した。

 その海は、この陸と陸を繋ぐ海と言うにはあまりに規模が小さく、どちらかと言うと川のような認識でいた。


「実はこの陸からだとかなりの距離あるんだよ。とても旅で作る船なんかで渡れるものじゃない」

「どういうことですか? だってこの地図じゃあ距離は全然離れていないのに」

「アキレア君は地殻変動って分かるかな? 大陸移動とも言うんだけど」

「地殻変動……地震とかで段差が出来たりする、あれですか?」


 手で段差をジェスチャーして応える。


「うん、まあ全部が地震の所為ってわけじゃないんだけど。まあその地殻変動で一年に少しずつ大陸同士が離れたり近づいたりしているのが、大陸移動なんだ」


 オルダがそう言ったところで、俺にもオルダの言わんとしている事が分かった。


「つまり、この地図が描かれた時よりも、大陸と大陸の間隔は広がっているという事ですか?」

「まあ、そういう事だ。元々この地図があまり正確じゃないのも関係しているんだけどね」

「なるほど、どうしたものか」


 正直言ってこのくらいの海なら簡単に渡れると思っていたが、どうやら難しそうだ。

 そう思いながらふと横を見ると、フリージアはまだ家の家具に目をとらわれていた。


「おいフリージア。お前も一緒に考えろ」

「はいそうですね。どうしましょうか~」


 駄目だ、声は出しているが顔がこちらを向いていない。


「オルダさん。何か方法はありませんか?」

「うーん、そうだな……そうだ!」


 フリージアに呆れダメもとで聞いてみたが、俺の考えとは逆にオルダは一つの案をひねり出した。


「何か方法が?」

「ああ、実は明日にこの村からあちらの村に船を出すんだよ。それもただの旅用なんかじゃなくて、もっと大きな」

「へえ、そうなんですか。一体なんの為に?」

「貿易をしているんだよ、あちらの大陸の人と。その時の貿易船に乗せてもらえばいい」

「い、いやでもそんな船に関係のない僕たちが乗ってもいいんですか?」

「大丈夫だ、なんたってその貿易船の責任はうちの息子にあるんだから。話はつけておくよ」


 笑顔でそう言うオルダだが、本当に大丈夫だろうか、貿易船と言うくらいだし結構大事な船なんじゃないのだろうか。


「貿易船か……」


 俺がそう呟くと、先程まで家具に目をとらわれていたフリージアは突然こちらを向いて言い放った。

「貿易――貿易って言いましたか⁉」

「あ、ああ言ったぞ」


 するとフリージアは、今度はオルダの方に顔を向けて言い放った。


「つまり、いるんですか!」

「な、なにがだい?」


 フリージアによる主語のない質問に、穏やかなオルダも戸惑いを隠せないでいる。


「だから、人です!」


 フリージアが言って俺も気付く。


 そう、人だ。

 貿易をするのだから、相手が必要になる。つまり、俺たちが無人島だと思っていた島は、この地図が描かれた後、数百年かけて人類が足を踏み入れ、土地を発展させて人が住むことができるようになったということだ。


 そう考えると急に興味が湧いてきた。

 俺もフリージアのように期待を込めてオルダの顔を見る。


 するとオルダは、そんなことも知らなかったのか、とでも言いたげな顔で――というか言った。


「なんだ、そんなことも知らなかったのか。てっきり知っているから、向かおうとしたのかと思ったよ」

「それで、いつ船を出すんですか、オルダさん!」

「明日だすって、さっきオルダさんが言っていただろ」

「そうですか……それではオルダさん。明日はどうぞよろしくお願いします!」


 フリージアは、机にぶつかるような勢いで頭を下げた。

 その光景にオルダも若干引き気味だ。


「そ、そうだね。それじゃあ明日は早いから今日は早めに寝た方がいい」

「はい!」


 それから俺たちはオルダの奥さんの手料理を食べた後、家の柱に括り付けられていたハンモックで寝ることになった。


 海を渡った先に人がいるという事実を聞いたフリージアは興奮して眠れない様子だったが、何やら絶対に眠れる方法があるとかで、それを実践して眠りについた。

 眠るためだけにそれ程のことをするとは、行動力の化身みたいな奴だ。

 とはいえ、睡眠をとらなければいけない事も事実だ。俺も早いとこ寝ることにしよう。


 何と言っていたか、たしか……目を閉じて頭の中をからっぽにする。その次に全身をリラックスさせて、深呼吸で酸素を取り込む。リラックスできる状況を想像すれば眠れるとかも言っていたような。


「…………」


 しかし、何も考えないのに、リラックスできる状況を想像するのでは矛盾していないか?


 いや――過程として何も考えないとするならば、それでいいのかもしれないけれど、想像してしまったら、また何も考えない状況に浸らなければいけないんじゃないか?


 駄目だ、考えるなと思う程に色々と考えてしまう。

 というか、考えるなと考えた時点で考えているのでは……。


「寝むれない」


 ふと目を開ける。

 少しの寒気を感じて辺りを見ると扉が半開きになっていた。そこから流れる風がさらに意識を覚醒させ、もう簡単には眠れそうにない。


 視線を巡らせた、窓越しに宙に光る星が見えた。

 星なんていつぶりだろうか、というか――こうして寝床に転がりながら空を眺めること自体が久しぶりだ。まさか、窓から空を見る行為を懐かしく思うことがあるなんて考えたこともない。


 けれど、あの生活を恋しく思ったり、あの生活に戻りたいとは思わない。できるのならこのままフリージアと旅を続けていたい。


 何が起こるか分からないし、ハチャメチャでメチャクチャな旅だけれど、この時間は、俺の中で停滞していた時間を時が動くより、はるかに速い速度で動き、止まっていた時をまた動かそうとしている。

 

 何より、十数年何もしてこなかったんだ。このくらいの時間は俺に与えられても妥当なものだろう。



 繰り返している――そう思うことがよくあった。

 地球が太陽の周りをまわるように、地球自身が地軸を軸にして回転するように、自分の人生というものは、起きて寝てそして三日すれば戦って、そして起きて寝る。そんな抜け出せないサイクルの中で繰り返している。負けて意識が失った時、死にたくないとは思わなくなった。やっと抜け出せる。そう思い倒れても意識が戻り、また繰り返している。明日朝起きたら何か変えてみよう、街にでも下りて何かしてみよう。そう思っても結局何もできずに一日が過ぎてゆく。きっと、勇気が足りないんだと思う。

 

 でも、フリージアと出会いこの旅をはじめて、一つだけ分かったことがある。

 

 繰り返している時間は止まっているのではなく、止めているのだ。新しい何かをすることが止まっていた時間を動かす原動力だと思っていたが、そうではなかった。新しい何かをはじめたところで、『これしかない』って生き方をしなければ、その時間は死んでいる。だからこそ、フリージアの時間は生きていて、絶え間なく時を動かしている。フリージアがどんな日々を過ごしていて、何を抱えているか、そんなことは知らないが、きっとフリージアだって繰り返している。いま旅をしている状況もそうだ。結局は繰り返しているサイクルの中に存在するワンパターンでしかない。だけど生きている。呼吸をして、食欲がわいて、汗をかいて、睡眠をとっている。決して死んでなんかいない。


 繰り返している――だが、俺の時間は確かに動いている。

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