第11話 だれかのために
砂漠を抜けると大草原、というのが俺の持っている古地図には示されているのだが、目の前に広がっている光景は大草原なんてものではなかった。
砂漠を抜けた最初こそ、草も多く人気もなかったが、徐々に進んでいくにつれて何処からか喧騒が聞こえ、澄んだ自然の空気は人間の手が加わった生ぬるい物へと変わっていった。
そして今は林を抜け、市場があるのだろうか屋台が点々と並んでいる。しかしそこに人影はいない。
おおよそ定期的に開かれる市場なのだろうと納得する。
しかし、この様子を見て思う。
さすがに何かしらの開発はされているとは俺もフリージアも思っていた。だがフリージアや俺たちが住んでいる王都周辺程に発達してはいまい、と高を括ってはいたのだが、ここで見た光景はそんなものではなかった。
大地は舗装が施され、地面が直に見える場所は無く全てが石畳によって敷き詰められ、工業や農業の様子を見て分かるように、政治も大分と安定している様だ。
もし俺が、あの小屋にずっととどまっていればこんな風景を見ることはなかっただろう。そう考えると、こうして旅に出てみてよかったと思える。それ程に圧巻の風景だ。
そう俺が考えていると、同じことを考えているであろうフリージアが笑顔で俺を見つめる。
「アキレアさん、すごいですね! 私たちの国以外にもここまで発展している国があるだなんて知りませんでした!」
「……ああ、これは予想していなかった」
「やっぱり旅に出てよかったですね。旅に出なければこんな国家があるだなんて知りませんでしたし、これはとても勉強になりますね」
「勉強――何のことだ?」
俺が呟くと、フリージアはキョトンとした目で言った。
「あれ? 言ってませんでしたっけ、私は政治家になろうと思っているんです。私はいろんな人と仲良くしています。その中で政治に対する不満や賞賛をたくさん聞くんです。だから私は政治家になって国をよくしていこうと思っているんです」
まさか、フリージアがそんなことを考えていただなんて想像もつかなかった。
フリージアも自分なりに考えていることがあるということすら俺は知らなかったし、自分ではない誰かを想うなんて、俺にはきっとできないだろう。
「……へえ、それはすごいな」
「なんですか、その反応。全然感心してないですよね」
「いや、そんなことないぞ」
実際のところ、本当に感心しているのだが――俺の反応ってそれ程興味なさげなのか?
「まあいいですよ……でも私はこの夢を絶対に叶えて見せます。」
「叶えたらどんな事をするんだ?」
「そうですね、まずは法律の改正ですね。人民がもっと生きやすい国にしてみます」
「ふーん」
俺が応えるとフリージアはまた、むすっとした顔になって「その反応ですよ」とそっぽ向いて言い放った。
なるほど、こういう態度が興味なさげに聞こえるのか、これからは気を付けないと。
「わるかったよ。いい夢じゃないか、しっかり目標を持っていて偉いと思うぞ」
そうやって褒めると、フリージアは途端に機嫌を直して笑いかけてきた。
「もちろん、その人民の中にアキレアさんもしっかり入っていますよ」
「それは嬉しいな。だけど女性が政治家になるって難しいんじゃないのか?」
俺が国と関わっていた時も女性の政治家なんていなかったはずだ。今はどうなのかは知らないが。
「そ、それは……」
何故口ごもる。まあ、何かしらのコネがあれば無理な事もないのかもしれない。
「大丈夫です! 私なら絶対になれます」
「どこからその自信がわいてくるのやら」
そんなことを話していると、いつの間にか市場を抜け、俺たちは集落らしきものの近くまで来ていた。
フリージアが集落を見ながら尋ねる。
「どうしますか、アキレアさん?」
「どうって?」
「ですから、この島について初めての集落ですから、ここはひとつ尋ねてみてもいいのではないでしょうか?」
「……そうだな、次の島に行くのにも情報はあった方がいいからな」
俺がそう言うと、フリージアは笑みを浮かべ俺の手を取った。
「それでは行きましょう!」
「ああ」
そうして俺たちは集落の門をくぐって集落の中へと入って行った。
最初に待ち構えていたのはこの集落に住む若者たちだった。
何者だ、というような眼を向けられはしたが、旅をしているという事を話せばすぐに心を許してくれた。
砂漠の時のように、もっと警戒されると思っていたが、意外な事にそんなことは全くなかった。
そして今はその若者に連れられ集落の長の元に向かっている所だ。
若者に呼ばれて出てきたのは、無精髭を生やした中年男性だった。かくかくとした顔の骨格に吊り上がった目が印象的だが、何となくだがその目に怖さはあまり感じられない。
身長は俺より低いが、やはり集落を納めているだけあって貫禄ある男性だ。
無精髭も俺が生やしているだけでは、ただだらしないだけだが、この男性ならどこか似合っていると思わせる。
「きみがアキレア君か?」
「ああ……はい」
俺の反応を見て男性は、苦笑し言った。
「そんなにかしこまらなくていいさ、歳なんてあってないようなものだよ。私はオルダだ」
「いや、そうはいっても」
「人間の価値を決めるのは歳でも権力でもない、きみ達は若いのにこんなところまで旅に来ているんだ。何か強い思いがあるんだろう?」
「え、いや……」
強い思いと言われても何があるだろうか、本当のことを言うと、なんとなく旅をしているようなものなのに。
俺が言葉に詰まっていると、横でフリージアが声高に言った。
「はい!」
「なら立派だ、かしこまる必要なんてないな」
「そう、ですか……」
「まあ立ち話もなんだし――きみ達は今日泊まる場所は?」
言われて、俺とフリージアは顔を合わせる。
「いや、まだ決めてないが」
「ならうちで泊まるといい、そこで他にも色々と話をさせてくれ」
オルダはそうやって快活に笑うと、俺の肩に手を回してずかずかと歩き出した。
そうして俺たちはオルダに連れられてオルダの家へと向かった。
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