第9話 砂漠
愛情がたっぷり入ったフリージアの料理を食べ、俺たちはまた旅を再開した。
ほとんど変わらぬ景色の中、ただただ西へ西へと進んでいる。
軽装とは言え防具を着ているため防具の中に熱がこもり、今すぐにでも防具を外したい気分だ。
隣で歩くフリージアもその暑さに手をパタパタ顔の前で振っている。
「ふう、それにしても暑いですね……」
「ああ、夜はあれほど寒かったのにな」
「そうですね……オアシスとかはないんでしょうか」
「そうだな……」
期待薄に周りを見渡してみる。
すると、前方に何やら建物らしき物が見えた。
「なんだあれ?」
「どれですか?」
「あれだよ、あれ」
遠くに見える建物を指さす。指さした方を凝視するフリージア。
数秒後にフリージアも前方に見える建物を指で示した。
「ああ、あれですか?」
「なんだか……家みたいだな」
「確かにそう見えますね。こんな砂漠に人が住んでいるんですかね?」
「どうだかな――行ってみるか?」
一応聞いてはみたが返ってくるであろう答えはなんとなく予想がついていた。
その答えはもちろん。
「はい、行きましょうアキレアさん!」
言うやいなやフリージアは建物の方向に走っていった。
フリージアを追って建物の前に行くと、フリージアは興味津々に建物を眺めている。
「すごいですねー、これってどんな素材を使っているんでしょうか……」
フリージアに言われ俺も建物を見た。
それは一階建ての建物で、屋根は無く言えと言うより小屋、しかし窓はガラスが貼られているわけではなく、ただその部分だけを切り取り、外の光が入るようにしている部分を見ると、ただの長方形の建物と思えるような構造だ。
「見たところ砂じゃないのか? 砂岩って言うか」
「砂ですか⁉ すごいですね、砂で家を作るだなんて」
「まあ、こんな所じゃ木もほとんど生えないし、砂だったらいくらでもあるからな」
「はあ……」
感慨深そうに建物を見ていると、俺たちの気配に気付いたのか、建物の中から人が出てきた。
「おやおや、こんなところに旅人とは珍しい事もあるものですね」
出てきたのは、おっとりとした細目にこれまたおっとりとした喋り方が印象の若い青年だった。
「ああ、すまない。すぐに去る」
「いえ、わざわざこんな
「そうか、それじゃあ少しお暇させていただく」
「はい……ところで」
「なんだ?」
俺が応えると、青年の細目が少し開き青年から受けた印象とは全く違う鋭い眼差しが向けられた。
わずかに開いた扉の隙間から壁に掛けられた鎖のついた武器のような物が見える。
「……何やら武装しているみたいですが、それは何をするための物ですか? ここでは旅人は珍しいですが盗賊や豪族は特段珍しくはないですから」
「いや、本当にただの旅人だ、ほんとにたまたまここを通りかかって珍しい建物があるから立ち止まっていただけであって――」
青年の眼光に言い淀んでいると、後ろからフリージアが俺をつついて耳元で囁いた。
「まって下さい、アキレアさん。ここはそんな説明をするよりももっと説得力のある事を言った方が良いですよ」
「説得力のある言葉?」
「はい! まあ見ていて下さい」
そう言うと、フリージアは青年の方を向き、一つ咳ばらいをすると、胸を張って言った。
「この方は、世にはびこる怪物と戦う勇者アキレアさんです!」
え、なにそれ。
滅茶苦茶恥ずかしいんだが。というか国の人間ならまだしも、俺のことを知っていない人からしたら俺たちは、怪物がなんだと言っている変な人じゃないか。
「怪物と戦う……ですか?」
「はい!」
青年の反応を見るに、俺のことは知らないようだがそれでもフリージアはお構いなしだ。
「怪物と戦うことで人々を護っているんです」
「その武装は怪物と戦うため?」
「はい」
「そして今は旅をしている?」
「その通りです!」
青年は思案顔で数秒ほど俺の体を品定めするようにつま先から頭まで見て、今度は同情するような眼を向けた。
「へえ……それは本当に珍しいですね、まさか勇者様が来られるとは、これはこれはご無礼をおかけしました。ささ、どうぞお入り下さい」
そう言うと青年は先程の鋭い眼光を止め、青年は建物への入り口を開け、手で中に入るように促している。本当に俺のことを勇者だと認めたようには思えないが、それでも警戒は解かれたらしい。
青年の様子を見てフリージアは俺を見るとウィンクをして建物の中に入って行った。
俺も青年に促されるまま建物の中に入った。
「さて、大したものはありませんが、どうぞゆっくりしていって下さい」
そういって細目の少年は家の奥――台所の様なところに消えていった。その時、少年の家族らしき人が数人見えた。
数分後に少年が家族と一緒に料理をもって出てきた。
砂漠での料理とのことでフリージアは興味津々な表情でそれを見つめている。
「これが、砂漠での日常的な料理ですか!」
「はい」
細目の少年が応える。
細目の少年の足元には小さな女の子が隠れていた。
俺の視線に気づいたようで、細目の少年は女の子を前に出して言った。
「ほら、アキレアさんだよ。あいさつしなさい」
「初めまして」
「おう、初めまして」
「初めまして~、お嬢ちゃん可愛いね!」
「……」
フリージアが言うと、女の子は恥ずかしそうに、また少年の足元に隠れた。
適当に挨拶を交わすと少年が料理を食べるように催促した。遠慮しようとしたが、フリージアにはそんな気はなかったようで、俺も仕方なく料理を食べる事にした。
料理を食べ終えると、フリージアは女の子と遊びに外に出ていった。
フリージアの子供っぽいところというか、純粋な部分はどうやら女の子の心と通ずるものがあったようだ。
「いやいや、それにしても勇者様がこんなところに来られるなんて、知っていればもう少し良いもてなしができたと言うのに」
「やめてくれ、俺はそんなにすごい人間でも、偉い人間でもない」
「ご謙遜を、私たちから言わせれば怪物と戦っていただけているというだけで、とてもありがたい事です。昔はこの辺りにも怪物は多く出没していたのに、まさかアキレアさんが戦っていただなんて」
「いや、本当によしてくれ。俺は何もしていない、ただ生きているだけだ。本当に、何も……」
本当の事だ。俺は何もしていない。
他の人間の事なんか考えずに、ただ自分だけが良いように生きている。その証拠に俺は怪物と戦ってすらいない。
ただ毎日逃げて、避けて、しているだけだ。怪物からも世間からも。
だからこそ、フリージアの時もそうだが、こんな風に俺の事を信じてくれている――まだ俺を勇者と呼んでくれる人を見ると、心が苦しくなる。
戦ってもなく、戦う気すらない俺の、そんな本性が見られたらと、見られて幻滅されて誰も俺のそばからいなくなってしまったら、そう考えてしまう。しかしだからと言ってそんな考えを直そうとは思えない。
だってそうだろう、もう誰もあんな怪物には勝てない。俺が一人で挑もうと複数人で挑もうと、結果は同じだ。だからこそ一人でコソコソと暮らして、戦わずに生きている。それ以外にもう道はないと分かっているから。
今だって、こんな風に考えていることがもし目の前の相手に伝わったらと思うと、いますぐ立ち去りたくなる。
「……それじゃあ、そろそろお暇するよ」
「もう少しゆっくりしていってもらっても構いませんよ?」
「いや、旅を急がないといけない。今日中にはこの砂漠は越えたいからな」
「そうですね。もうそろそろ昼過ぎですし……それでは旅のご武運をお祈りしております」
「ああ、ありがとう――えっと、名前はなんて言ったか……」
「チェイルと言います。どうかお見知りおきを」
「チェイルだな、よし覚えた」
「はい、知っておいてください……同業者ですから」
「同業者?」
チェイルの最後の言葉が引っかかり、尋ねた。
「私も旅が好きだ、ということですよ」
チェイルは垂れた細目をさらに垂れ流し、出会った時のようなおっとりとした顔で笑いながらそう言った。
「……そうか」
「はい」
含みのある笑みを見せて、チェイルは言った。
先程の言葉と言い何か感じさせる青年だったが、なんいうか普通にいい青年だった。こんな砂漠で小さな妹も連れて大変だろうが、どうにか頑張って生きてほしいものだ。
外に出て、女の子と遊んでいるフリージアを呼びもどす。
フリージアは女の子と意気投合したようで、楽しそうに追いかけっこをしていた。
「いい人でしたね、アキレアさん」
「ああ、そうだな」
「元気ないですね、どうかしましたか?」
「いや、なんともない……」
そう答えて俺は遠くの空を見た。
そして思い出した。
急いで太陽の位置を確認する。
「ど、どうしましたか⁉」
今度はなんともない事は無い。
辺りを見渡して方向を決めると、振り返りもせずにフリージアに告げた。
「ちょっと走るぞ」
「走るんですか? どこまで?」
「さあな、人のいないところまでだ。とにかくここからは離れる」
そうして俺とフリージアは人のいなさそうな(まあここまでの道のりは全く人がいなかったが)場所まで走っていった。
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