第8話 新たな始まり
山を下りる最中にフリージアには昨日の夜勝手に考えた旅の道筋を教えた。
旅とは言っても帰ってこない訳でも、世界一周をする訳でもない。ちょっとした気分転換みたいなものだ。
「――それで、まずは砂漠を超えるんですか?」
フリージアが目を輝かせながら問うてくる。
「ああ、できれば砂漠は二日以内に越えたいな、砂漠さえ超えれば食料はそれなりに調達できるだろうし……」
「でも、砂漠の距離って具体的にはどのくらいなんですか?」
「えーと、それは……」
俺は荷物を探り古びた世界地図を取り出してフリージアにも見えるように広げて、地図を指でなぞった。
「ここが、俺たちがいた山だろ――で、ここが砂漠だ。だから今俺たちは西の方向に向かってるわけで、砂漠を超えるとかなり大きい草原に出る。そして草原を超えて海に出たら――」
「海も出るんですか⁉」
フリージアは俺の言葉にいち早く反応し、目を大きく見開いて顔を近づけてきた。
「ああ、そのつもりだが、駄目か?」
「いえ……ですが、海に出ようと思えば船はどうするんですか?」
「海って言っても、地図だと川か海かもわからないような小さな海だ。だからどこかで木を集めて小さな
俺は地図の端の方にある小島を指さした。
そこは、国が調査して直々に無人島だと断定した島で、旅の目的地には丁度いいだろうと思う。
「成る程……そこからはどうするんですか?」
「そこからは、まあ、そのまま海を渡って小屋がある山の裏に着いておしまいだな」
「案外あっさりした旅ですね」
「とは言ってもかなりの長旅になると思うぞ。まあ何と言うか、貴族からしたら旅行みたいな感じだな」
「そんな風に言わないでください。この旅は私にとってもアキレアさんにとっても、大事な旅です。アキレアさんはこの旅できっと何かが変わるはずです。今まで民衆がアキレアさんにしてきたことを許すなんてことはなくても、アキレアさんが怪物と戦う事にもっと精を出してくれるはずです!」
「…………」
もともと、戦う事に精なんてないんだが、と言おうとしたがやめておいた。
何というか、フリージアはそういう事を言うと、腹を立てそうな気がしたからだ。
――人間にできない事はない。
――人間は日々成長している。
そんな事を信じてしまっている。
実際、人間は怪物には勝てていないのに。
「どうかしましたか、アキレアさん?」
しかし今はそんなことは考えない事にした。
確かに人間にできることは全くと言っていい程にないが、今はフリージアの非現実的な妄想に浸っておきたかった。
もしかしたらそれは、ただ単に現実から逃げているだけなのかもしれないけれど、今はただ、そんな風に考えていたくて――。
「――未来の自分に期待したくなったんだろうな」
俺の独り言をフリージア聞いていたらしく、クスクスと笑いながら言った。
「ふふっ、ほんとにどうしたんですか?」
その問いに俺も少し笑いながら答える。
「さあ、何なんだろうな。分からない」
分からない。
突き詰めればきっとそこにたどり着くのだろう。だけど今はそれでいいのかもしれない。
今は分からなくてもいい。なんて先送りの言葉を使う訳じゃない。
きっといつか分かる時が来るのだろう、と期待の言葉をもってそう言いたい。それに実際――いつか俺は気付き、分かるのだと思う。この世界の難しさと非情さを、だからこそ、今は分からないままでいたいのだと思うし、分からなくてもいいのだと思う。
さて、と切り出して話を変える。
「そろそろ砂漠に着くころだな」
「本当ですか?」
「ああ、なんなら確認するか?」
「確認ですか?」
「ああそうだ」
言って、俺は右手奥に見える丘を指さす。
フリージアも俺の言いたいことに気が付いたようで、俺の顔を見たと思うと笑顔で丘まで走っていった。
そしてその後姿を俺も追いかけ、丘の上までたどり着いた。
遠くを見るまでもなく、丘のすぐ下には広大な砂漠が一面に広がっていた。
「うわー、すごいですね。ここを一日で超えるんですか?」
「ああ、そのつもりでいるが……」
正確には今日のこれから夜までと一日だから一日と半日くらいだろう。
というか。
予想以上に広かった。もしかしたらフリージアに置いてこさせた荷物くらいは必要だったかもしれない。
「まあ大丈夫だろう。きっと」
呟きながらフリージアの方を見ると、フリージアは丘のてっぺんにまで登っていて、そこから下を見下ろしていた。
「おーい、どうしたんだー」
「ここを降りるとすぐに砂漠なんですよねー」
「ああそうだ」
俺が応えると、フリージアはにやりと笑って、前に体重をかけ始めた。
「何やってんだ?」
……ああ、なるほど!
俺は急いでフリージアのいる丘のてっぺんまで走った。しかし、フリージアは俺を待とうとせずに、さらに体重を前方にかけて丘を滑り降りていった。
「ヒャッホーイ! これ最高ですよー、アキレアさん!」
「くそ、待て!」
俺も、フリージアと同じ様に丘の上に立って、前へと体重をかけた。
すると、次第に体は斜めになり、丘の傾斜に沿って進んでいった。
そして、俺が丘を滑り降りる速度は次第に加速していく。
ちょっと待て、これはいくら何でも速すぎないか、傾斜もどんどん増していくし。
「やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!」
なんだこれ、速すぎだろ。下ってるていうか、もう落ちてるのと変わらないぞこれ。
どうしてフリージアはこんな中楽しんでいるんだよ。怖すぎだろ!
「うわー!」
「ヒャッホーイ!」
地面に近付いていく中、フリージアは丘の傾斜を蹴り、大きく飛躍してから地面に見事着地した。
一方俺は恐怖で体が動かず、直立不動のまま砂漠に着地した、と言うか地面に突き刺さった。
足首までが砂に埋まっている。
地面が砂でよかったと、安堵の息を吐き砂に埋まった足を引っ張り出した。
「あー楽しかった。もう一回したいくらいですね!」
「いや、俺はもうやめとく、寿命が縮まる」
「アキレアさんって意外にこういうのは駄目なんですね」
「しておいてなんだが、こんなの俺たち以外に挑むやつもいないぞ」
めちゃくちゃ怖いし。
「このくらいで怖がるだなんて、アキレアさんもまだまだですね。女の私でも大丈夫なのに、アキレアさんって、意外に乙女なんですか?」
「お前の恐怖心がおかしいだけだ!」
「何はともあれ、砂漠――つきましたね!」
「ああ、今はまだ、昼くらいか……今日のうちにできる限り進んでおきたいからな、まだまだ歩くぞ」
「任せてください。丘を降りるのに怖くがっているアキレアさんの足腰とは違いますので!」
「お前、ちょっと調子乗って来てるな」
「いやー、そんなことありませんよ」
まあいいか、この先の旅を不安がっているよりよっぽどましだろう。
「それじゃあ行くぞ」
「はい!」
そうして俺たちは、今日一日を砂漠を歩いて過ごした。
寝る場所も探さなくてはいけないので、夕方になると適当な洞窟があるところで止まり、フリージアが夕飯を作った。旅先でのご飯で昨日の夕方食べたものより幾分か簡素だが、それでも美味しさは抜群だった。
同じ素材なのに俺とフリージアにここまで味の違いが出るのはどうしてか、色々と知りたいのだが、フリージアに聞いても「隠し味は愛情です!」と答えて教えてくれない様だ。きっと、家で花嫁修業として色々と仕込まれてきているのだろう。
フリージアの愛情がたっぷり入った料理を食べて、その後俺たちは洞窟の中で夜を越した。
砂漠の夜はとても寒かったが、俺が寒かったのは、俺が羽織っていた布をフリージアがこっそり奪い去ったからだと、俺は知っている。
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