第7話 旅――腹ごしらえ

 ものの数十分でフリージアは小屋に戻ってきた。そしてフリージアの肩にはフリージアの背丈ほどのカバンが背負われていた。


「よいしょっ……」


 小屋の前に背負っていたバッグを置くとフリージアは留め具を外して中身を見せるようにバッグを開いた。

 そこには瓶詰めにされた保存食や数日分の水が入っていた。


「すごいな、こんな物まで」

「そうですか? 瓶詰めにされた保存食などは一般家庭にも結構ありますよ」

「まあ、俺は一般家庭ではないからな」

「ああ、そうですか」


 ちょっと皮肉のつもりで言ったのにフリージアは本気にしてしまっている。なんというか、フリージアには少し頑固な部分があるのかもしれない。


「とは言っても、水はともかく、食料を用意する必要はないと思うぞ」

「どうしてですか?」

「いや、だってほら。必要なら現地で調達すればいいじゃないか」

「それは、ずっと山に籠っていたアキレアさんの考えですよ! 乙女はそんなことできません」

 俺の顔の前で指を突き立ててフリージアが言う。その迫力に少し顔されてしまった。


「そ、そうか……」


 乙女は一人でこんなところに来る事もないとは思うが、そこはツッコまない事にしよう。

「そうです。それじゃあいつ出発にしますか? 今からですか、それとも明日の夜明けとともに出発ですか?」

「そうだな……明日の朝一番でいいんじゃないか? 今日はもう昼頃だし」


 太陽を見ながら呟く。体の真上からは少し西にずれているから、今は3時前後といったところだろう。


「そうですね」


 フリージアも首から提げていた懐中時計を見て時刻を確認していた。


「へえ、今時は一般人も懐中時計は持っているものなんだな」

「えっ……ええ、そうですね」


 すごいな、俺が国でいた時代は懐中時計なんかは貴族くらいしか持っていなかったからな。時の流れは速いな、全く。


「それじゃあ今日は適当に荷物をまとめないとな」

「そうですね――そう言えば、アキレアさんはもう朝食とか食べましたか?」

「いやまだだ。さっき戻って来た時にでも食べようと思っていたが、お前が来たからな、食べ損ねた」

「そうですか。それじゃあ私がお作りしましょうか? 今は時間的に昼食になってしまいますけど」

「いいのか?」

「はい! もちろんです!」

「それじゃあお願いしていいか?」

「任せてください!」


 そうして、フリージアは小屋の中に入ると、食料棚を開けて中を漁り、食料を取り出した。手にはジャガイモとブロッコリーが握られていた。この前買った野菜のあまりだ。


「すみません、調味料や小麦粉などはないのですか?」

「調味料か……確かになかったな。買ってこようか?」

「いいんですか⁉」

「ああ、ちょっと下に降りて買ってくるだけだ。大して難はない」

「あはは、それはアキレアさんだからですよ……普通はかなり疲れます」

「そう……なのか?」


 ここ数年は人と会う事はあっても比較したりされたことはなかったから、俺が思っているより常人と身体能力に差があるみたいだ。


「とは言えありがとうございます。そうですね――小麦粉と赤ワイン、それにトマトを買ってきてくれますか?」

「小麦粉に赤ワインとトマトだな……分かった、それじゃあ買ってくる」


 そう言って俺は小屋から飛び出して街に向かった。


 フリージアに言われたものを買って小屋に戻ると、小屋の炊き屋からいい匂いがしてきた。きっとフリージアが何かを煮込んでいるんだろう。

 小屋に入ると予想通りフリージアが鍋から野菜を取り出していた。


「あっ、アキレアさん。早かったですね」

「ああ――ほらこれ、言ってたやつ買ってきたぞ」


 買ってきたものをフリージアに手渡すとフリージアは中身を見て調理に戻った。


 最初は何を作るのかと思っていたが、作業工程を見ている間にだんだんと何を作っているのかわかるようになった。


 まず、フリージアが作り出したのはシチューだ。だしは野菜だしで俺が帰った時に嗅いだ匂いの正体は多分その野菜だしだと思う。そして俺が買ってきた小麦粉を入れてシチューを作った。


 俺がよく作るのは小麦粉を入れないスープだから、まあ簡単に言えば俺の作っているものの上位互換みたいな感じだろう。

 これが家庭力というやつなのか。


「フリージアはきっといい嫁になるんだろうな」

 なんとなく呟いてみると、フリージアはこちらを見て笑いながら話した。

「アキレアさん、それ、今はセクハラって言うんですよ」

「セクハラ?」

 なんだそれは?

 フリージアに視線で問いかけるとフリージアは肩をすくめながら。

「自分で考えてください」

 そう言ってフリージアは俺が買ってきたトマトを取り出した。何をするのかとみていると、フリージアはトマトから出汁を取り、その出汁をシチューの中に入れ、先に茹でていたブロッコリーやジャガイモ、そしていつの間にか貯蔵庫から取り出されていた鶏肉を入れて煮込み始めた。


 普通のシチューかと思ったら、どうやらトマトシチューの様だ。


 そしてフリージアはトマトシチューを作る前から準備をしていた赤ワインに浸かっている牛肉の方を見た。


 そしてフリージアは牛肉を取り出して汁気を十分にとると、今度はそれを焼きだした。

 数分間焼くと、今度は茹でたジャガイモとブロッコリーの残りとニンジンを入れてまた数分間焼いた。


 そしてその牛肉とシチューをテーブルの上に置き、パンを取り出してフリージアは一つ息を吐きだす。


「ふう、できました! トマトシチューと牛肉の赤ワイン煮です!」

「すごいな……正直言ってこんな料理は本当に久しく食べる」

「えへへ、ちょっと張り切りすぎちゃいました。それにこの時間だともう昼ごはんとは言えませんよね……」


 言われて外を見ると日は西の方に傾いていた。


「まあいい、だったら晩御飯として食べればいいだろ」

「そうですね!」


 そうして俺たちはフリージアの作った料理を食べ、その後、フリージアが「今日はここに泊まる」と言い出した。


 一応帰れとは言ったが、この前と同じように変える気配は全くなかったので、仕方なく家に泊めることにした。

 当然、ベッドはフリージアに渡し、俺は椅子に座りながら寝ることになった。


 その時、明日からする旅の事が楽しみで少し眠れなかったのはフリージアには内緒だ。



 冷たく人気のない小屋との別れの時が近づいて来た。

 昨日の夜に決めた旅の行路を思い出しながら荷物を背負いなおす。

 小屋を出て後ろを振り返るとフリージアが大きな袋に詰め込んだ荷物を重たそうに背負っていた。


「フリージアそろそろ行くぞ」

「は、はい……今向かいます」

「フリージア、そんなに何を持っていくつもりなんだ?」

「お水に食べ物に……色々です」


 言いながらフリージアはカバンの中をこちらに見せてくる。そこには、フリージアが先日言っていたように水や瓶詰めにした保存食、その他にもパンや砂糖、塩など多くのものが入れられていた。


「何日分持っていくつもりだ?」


 それに、物の種類が豊富すぎやしないか。


「やりくりすれば三日は持ちます」

「いや、そんなにいらないと思うぞ、まあ朝夜二食で二日分くらいで十分だ」

「そうですか?」

「ああ、その気になれば旅先で調達すればいいからな」

「……分かりました。それじゃあ少し戻してきます」


 そう言うと、フリージアは小屋に戻り少ししたらまた出てきた。


「それじゃあ行くか」

「はい!」


 そして俺とフリージアは小屋を離れて、山を街とは逆の方向に降りていった。

 朝日を背に受け、旅への期待と何か掴むまで簡単には帰らないという強い意志を込めて、大きな一歩を踏み出した。

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