第6話 過去

「俺はある二人の平凡な家庭に生まれた男だった。だけど、俺が生まれた時、不運にもその病棟に怪物が降ってきた」

「……アキレアさんの御両親は?」

「兵士がすぐに駆け付けたが、俺の両親は怪物に殺されたよ。死にもの狂いの母親によって助けられた俺は近くの兵に引き渡されたらしい」


 生まれてすぐのことだったらしいから、両親がどんな人だったか聞かされてすらいないし気にもならない。


 というか、俺にとって親と呼べるのはむしろ。

「なら、アキレアさんは誰に育ててもらったのですか? まさか、子供のころから独りぼっち!?」

「いやいや、俺はそのあとどういうわけか国王の養子になったんだ。ほんと、どうしてなのか未だに理解できないんだけどな」


 何かの理由があったのかそれとも単なる偶然なのか、国王の気まぐれなのか。

 俺がそんなことを考えていると、フリージアは顎に手を当てて思い出すような仕草をしていた。


「……たしかに息子が欲しいとは言っていたような」


 フリージアが首を捻りながらぽつりと呟いた。

「そんなことを言っていたのか国王は? 民衆のまえで?!」


 俺がツッコミを入れると、フリージアは虚を突かれたように「あっ」と声をだした。

「えっ、あ、そうです。そうなんですよ!」

「へえ、そんな理由があったんだな」


 そんな理由だったのか、なんだか残念だな。

 いや、でも国王に引き取られたからこそ教養は身に着いたし、剣の腕も磨かれたからこそ一応感謝はしてるんだけどな。なんだろう、素直に感謝できない。


「まあ、そんなこんなで国王の家で暮らしていたんだが、ある時――というか何度もおかしなことが起こったんだ」

「おかしなこと?」

「ああ、これは有名だから知っているかもしれない。俺の引き付け体質だ」

「引き付け体質……やはりそれは本当のことなんですか?」


 フリージアが俯き、心なしか声も小さめになっている。まあ確かに本人を目の前にしてそう気楽に聞けることでもないとは思うんだが。

 そう思って、俺はむしろ快活に言った。


「ああ、まったく変なもんだよな。どうしてか俺のところに怪物が寄ってくるんだよ。俺の両親が死んだのもそれが原因かもしれないしさ」

「アキレアさんがいるところにですか?」

「ああ、絶対に俺のところに現れる。そしてある時、俺が十五歳くらいの時かな、俺はその時幼少期から鍛えられてきた甲斐もあり王国では敵なしだったんだ」

「それは、なんとなくわかります。現に怪物と戦えていますから」


 その通りだった。けれど逆に力がなければ戦わなくてもよかったのかもしれないとも思ってしまう。


「そして俺は軍に入ったんだ。実際国王の息子が軍に入るなど考えられないが、俺は養子だったから無理言って入ることができたんだ」

「なんでまた軍に?」

「まあ、俺がその時国に恩返しができるのはそれくらいしかないってあの時は思っていたんだよ。ちなみに俺の引き付け体質はその時、二週間に一度怪物を引き付けていたんだ」

「二週間に一度もですか……」

「驚異的なペースだろ? おかげで、国はへとへとさ、資金的にも兵力的にも」


 こんな話を歳もいかない少女に話しても仕方ないと思ったが、存外フリージアはコクコクと頷いていた。

「……そりゃそうですよね、二週間に一回の速さで怪物が来たら、損害は相当なものです」


「そう、兵力がほとんどなくなった国は俺が十五歳の時でも俺を怪物との戦いに出した――まあ、国王は相当渋ったらしいがな。そして俺が怪物と戦う三回目の時、俺のそばにいた兵士が俺の異変に気付いた」

「アキレアさんの異変ですか?」

「ああ、その時俺の青い眼が光っていたんだ」


 俺は自分の眼を指さして言った。

 フリージアが俺の眼を覗き込む。


「光ったんですか? 眼が?」

「ああ、そして俺の眼が光った直後、俺の目の前に怪物が降って来たんだ。そして国がある仮説を立てた。何だと思う?」

「アキレアさんの眼が光った時、アキレアさんは怪物を引き寄せてしまう。ですか?」

「ああ、最初はそれでも負けるものかと、国は怪物と必死に戦った。俺の体質の噂もたくさん広がったが、国が全てカバーしてくれたんだ」

「当たり前です。国はずっとそうし続けるべきでした。でも……」


 言いながら、フリージアの声はどんどんとしおれていく。


「今はアキレアさんを一人で戦わせている」

「ああ、その通りだ。まあ、国は軍事力はもう底をついていたし、仕方なかったんだろう」


 小さな声から一転、フリージアは机を両手で叩いて立ち上がると俺に向けて強い眼差しを向けた。


「でもそれって、おかしくないですか!」

「まあ、お前の言いたいことは分かる。だが、生存を危ぶまれた人間はどんなことでもしちまうんだよ」


 そうだ、これは仕方のないことだから誰が悪いとかそういうのじゃないんだ。


「ですが…………アキレアさん。本当にすみません」

「別にお前が謝るような事じゃない」

「ですが、アキレアさんがこんな暮らしを強いられているのは、私たちの所為です」

「いや、国がとった行動も間違ってはいない。実際に俺がこうして戦っている事で、国はここ数年ずっと何も起きていないだろ?」

「だからって……アキレアさんだって人間です。ずっと一人で戦っていればいずれは消耗してしまいます」


 まるで悔しがるかのように呟いた、そんなフリージアを見て俺は快活に言った。


「それに関しては俺は大丈夫だ。最初の方はきつかったが、今はもう慣れた。それに俺はもう普通の人間とは比べるには比べられんような人間だからな」


 腕をまくって力こぶを見せつける。ガッチリとした上腕二頭筋が盛りあがる。

 それを見たフリージアはあっけにとられたかと思うと、クスクスと小さな笑い声をあげた。


「そういう問題じゃあ――そう言えば、最初の方って一体いつから怪物と一人で戦っているんですか?」

「俺が二十歳の時からだから……三年間かな」

「という事はアキレアさんは今二十三歳ですか?」

「ああ、そうだ」

「へえ、三年間で合計一万回負けたんですか?」


 笑みを浮かべながら嫌味ったらしく尋ねてきた。


「うっ、昨日の事聞いていたのか」

「はい、まあ」

「で、でも今はまだ9999回だからな。それに一万回っていうのは小屋ここに来てからじゃなくて今までの通算だ」


 まだ一回の猶予は残っている。


「あと一回で一万回ですか」


 改めて言われるとなんだか悲しくなってきた。


「ああ、一万回も負けた勇者なんて勇者と言えないな」

「いえ、国の為に戦っているだけでもアキレアさんは勇者ですよ!」

「そうか、まあそう言ってくれれば俺も嬉しいよ」

「あー、それ全然嬉しいって思ってないですね」

「いや、そんなことない、ちゃんと思ってるよ」


 まあ、ほんとは全然思ってないけど。


「そうですか……? でも、アキレアさんはこういう状況――一人で戦う様な状況に嫌だとか思わないんですか? 国に対して不満とか」

「まあ、最初はそういう気持ちはあったし、国にも不満は腐るほどあった……けど、もうしょうがないと思ったんだ」

「しょうがない、ですか……」


 そう言ったフリージアの顔は少し険しくなっていた。

 きっとフリージアはそういう――諦めるとかしょうがないとかそんな言葉が嫌いなのだろう。

 運命なんてない、あったとしても生きている限りはそれに抗いながら生きる。そんな生き方ができる人間なのだろう。


「しょうがないとは言ったが、別に諦めたからじゃあないぞ。こうして怪物と戦う事が俺の使命なんだって思っての事だ」

「本当ですか?」


 少し取り繕ってみたが、どうやらまだ疑心暗鬼らしい。


「ああ本当だ」

「……じゃあ、アキレアさんは自由になりたいですか? こんな状況から脱して自分が望むように生きたいと思いますか?」


 フリージアの顔は真剣味を帯びていた。きっと彼女も彼女なりに何か縛られているものがあるのだろう。

 フリージアに応えるように俺も質問に真剣に言った。


「……まあ、それが本当にできるなら、俺は――自由になりたい。怪物と戦わなくてもよくて、毎日平和に暮らしたい。だが、それはきっと無理な話なんだよ、俺みたいな体質のやつには」


 ちょっと真剣味を帯びて言ってみる。

 するとフリージアは俺に慈愛の目を向けて微笑んだ。


「そうですか――それを聞いて安心しました。もしかしたらアキレアさんはもう生きる事に興味がなくなってしまったんじゃないかと、思ってしまいましたよ」

「流石に生に興味はなくならないと思うな――ところで、お前はどうなんだよ?」

「どう、というのは?」

「だから、お前は自由になりたいとか思わないのか?」


 そう尋ねるとフリージアは首をかしげながら言った。


「私ですか……私もそうは思います。自由に自分がしたい事をしたいように生きたいですね」

「ふーん」

「でも、人は自由を手にしてはいけないとも思います」


「へえ、どうして?」

「アキレアさんはこんな話を知っていますか? ある所に一人の若者がいました。その若者はとても正義感が強い男でした。しかしその若者の住む世界は戦争が絶えることなく続いていました。正義感の強い若者はこの世から戦争をなくすために世界を統治しようとして、遂には若者は見事世界を統治する事に成功しました。平和になり、喧騒一つ聞こえてこないような街を眺め、若者は呟きました。『面白くない世の中だ……』と、チャンチャン」

「つまりどういうことを言いたいんだ?」

「このお話では自由と言うのは平和です。そして若者はその平和を手に入れてしまった所為で今度は世界で生きていくのに退屈してしまったんです。不自由を嫌い、自由になってしまった人間は次の不自由を見つける事が出来なくなってしまい、いずれは朽ち果ててしまうんです」


 今までのフリージアの言動からはちょっと考えられないような発言だった。


 きっとフリージアはどこまでも希望に満ちていて、自由を追い求める人間だと思っていたが、そうじゃなかった。

 フリージアも世間の厳しさだったり、どうもできないことを知っている。いや、だからこそかもしれない。だからこそフリージアは仕方ないとか、そういった諦めの言葉が嫌いなのかもしれなかった。


「成る程な……それじゃあ俺にはピッタリじゃないか。俺の体質はどうやっても振り切ることはできないからな」

「でも、夢を見ることはきっといいことだと思いますよ。そちらの方が人は輝いて見えます。ところで、アキレアさんは夢とかはないんですか?」


「夢か……ないな。というか夢なんて見る暇がない」

「ああ、そうですか……私はありますよ、夢!」

「へえ、どんな夢なんだ?」


 聞くと、フリージアは目を輝かせて話始めた。


「私は、一度でいいから旅に出たいんです!」

「旅?」

「はい、そうです! 家族や家に縛られることなく旅に出て、世界中を見て回りたいんです!」

「へえ」


 旅ね……、旅か、ふーん。


「そうだ、俺も旅に出よう!」

「えっ?」

「旅だよ、旅」

「どうしてですか?」

「どうしてって言われてもな……何と言うか、今の気分だよ。それに……それに俺もこのままじゃ駄目だと思った。俺の体質をどうにすることはできなくても、こんな所に居続けていても変わらないからな」

「それで、旅ですか?」

「ああ、それにお前の夢も叶って一石二鳥じゃないか!」

「へ? 私の夢ですか?」

「何言ってんだ? お前も来るだろ?」


 俺が言うと、フリージアは自分の夢を話した時より目を輝かせて応えた。


「はい! もちろんです! そうときたら大きなカバンが必要ですね! 私、持ってきます」


 そう言うとフリージアは勢いよく小屋を飛び出していった。

 俺も、棚から食料を取り出したり、防具を確かめたりと、大忙しだった。


 今思うと、どうして旅に出ようと言ったのかは本当に分からない。

 けど、あの少女――フリージアを見ていると俺も何かしないとって気持ちになった。だけど、それを的確に表す言葉が見つからない。きっとこの旅は、その言葉を探すための旅にもなるのだろう。

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