第5話 9999回


 目が覚めるとそこは見覚えがある部屋だった。と言うか俺の小屋だった。


 俺は何をしていたんだ?

 そうだ、今日も怪物と戦ったんだった。そして俺は……。


「そうか、負けたのか」


 しかし、変だ。俺は負けてあの場で意識を失ったはず、なのにどうしてここにいるんだ。

 俺は自分の体を見てさらに異変に気付く。俺の体は何者かによって手当されていた。


 ベッドから起きあがり辺りを見渡す。すると食料を入れていた棚に誰かが食料をあさっていた。

 誰なのかは、大体検討がついていた。


「おい、何やってんだ!」

 俺が言うと、少女は振り向いて微笑んだ。


「気が付いたんですね!」

「何やってんだって聞いてんだよ」

「はい! 何か食べる物を作ろうと思ったので」

「違う。そんなことはどうでもいいんだよ」


 少しだけ声を荒げる。その時骨に響いたのか痛みが走った。その所為なのか、俺はちょっとイライラしていた。


「えっ? す、すみません。勝手に棚を見たのがまずかったですか」

「どうして着いて来たって言っているんだ。あれほど帰れといっただろ!」

「すっ、すみません」

「死ぬところだったんだぞ! 俺もお前も」

「……はい」

「たく――これで本当に一万回に王手じゃねえか……」


 どうでもいいことばかりが頭によぎる。今は生きて帰ってこられたことを喜ぶべきじゃあないのか?

 体の疲れとストレスで上手く物事を考えられなくなっている。


「……あの、何か作り――」

「帰れ」

「いや、でも」

「帰ってくれ!」

「はい…………」


 俺が怒鳴りつけると少女はシュンとして小屋から出ていった。


「はあ……」

 俺は空いた食料棚に見えるいつか貰った酒を取り出して器に注いだ。そして俺は酒を飲み干してそのままテーブルに突っ伏すように眠りについた。



 翌日。


 起きると体中が痛かった。昨日怪物に殴られたのが相当痛む。

 ベッドのそばに投げ捨てられた、ひしゃげた剣を見る。


 昨日の事を思い出す。昨日はあの少女に少し言い過ぎただろうか、いや、しかし実際俺は忠告してそれを聞かなかったのはあいつだから、俺は悪くはないだろう。

 しかしそれでも、言いすぎた感はあるな。次会ったら謝っておこう。まあ、次会う事もないと思うが。


 そんな事を考えながら、俺はいつも通り川辺に向かい雪解け水で顔を洗い、また小屋へと戻った。


 小屋の中から気配がする。

 誰かが小屋の中にいるようだ。昨日の事といい防犯対策がざるだな。


 適当に構えながら小屋の扉を開ける。

 するとそこには、昨日俺の家に勝手に入り、勝手に俺についてきては怪物と対峙した、あのピンク髪の少女がいた。

 腕に何か抱えている様だった。


「また不法侵入か」


 少女の背中に向かって俺が言うと、少女はビクッと肩を上げてこちらを向いた。

「すみません。いると思ってノックはしたんですけれど……」

「まあいい。それで、今日は何の用だ。残念ながら今日は怪物と戦う予定はないぞ」

 少し嫌みったらしく言ってみる。


 少女はそれになんとも言えない苦笑いをして返した。

「はは、そうでしたか……」

「…………」


 なんだこの沈黙は、昨日怒鳴ったからな、なんとも気まずいな。

 そんな沈黙を破ったのは俺ではなく少女の方だった。少しだけおじおじとしながら、それでも誠実にこちらを見つめてくる。


「えっと、あの……昨日はすみませんでした! 私、アキレアさんの忠告も聞かずに勝手に着いて行って、その上私をかばって怪我までなされるだなんて、本当、なんて言ったらいいか……」

「いや、あれは別にかばったわけじゃない。お前の方に突進させたのは俺の所為だったし、それに、なんだ、昨日は俺も言い過ぎた。悪かったな」

「いえいえ、そんな事ないですよ。私の方こそすみません――そうだ、お詫びと言っては何ですが、これあげます」


 そう言って少女は手に抱えていたものを俺に差し出した。


 それは、王国の剣と足の防具だった。そして、それぞれに王国の紋章のところが焼かれて靄がかかっていた。

 きっと、王国の外れ者である俺に対する彼女なりの考慮なのだろう。


「ありがとう」

「はい! 昨日の戦いで剣と足の防具が壊れてしまったので」

「ああ、だけど足の防具だけ新しいと言うのはなんとも不格好だな……」

 心に余裕ができたのか、自然とそんな軽口も出てきた。


「あっ、すみません。全身持ってくるべきでしたか?」

「いや、全然大丈夫だ。それに全身持ってくるのはいくら何でも大変だろ? 女性がここまで来るだけでも大変だと言うのに」

「そうですね……あっでも、その場合私が装備を来てここまで来れば全身持ってこれますね!」

「いや、それは……俺の方が無理だ」


 女性の来た防具なんて付けられねえよ。

「そうですか……」


 明らかに落ち込んだのが分かった。何と言うか、あらぬ誤解を生んでしまっている気がする。


「まあ、なんだ。ありがとう――えーと、名前はなんて言ったけな」

「フリージア。フリージアと呼んでください!」

「そうか……」


 相変わらずファミリーネームは言わないんだな。


「……ありがとうフリージア」

「はい!」

「それで、えーとなんだ。昨日と言い今日と言いわざわざこんな所に来たのは、何か理由があるんだろ? 昨日はあんな感じだったけど、歓迎するぞ」

「いいんですか?」

「ああ、大丈夫だ」


 そう言って俺は小屋の扉を開け、フリージアが入れるように手で押さえた。

「それじゃあ、お邪魔します」

「ああ」


 フリージアが入ると俺も続いて小屋に入った。

「まあ適当に座ってくれ」

「はい」


 フリージアが座ると、俺も向かい合うように座った。

「それで、俺に何の用だ?」

「ええと、こんなこと言ったら怒るかもしれませんが……実はここに来たのは殆ど興味本位なんです」

「興味本位でここまで来たのか?」

 本当に死にもの狂いでこんな俺に会いにくる理由が興味本位とは、そうだとするなら、行動力の化身と言ってもいいほどだ。


「はい。独りで怪物と戦う勇者がこの山にいると聞いたので来たんです。」

「成る程な、俺を見に来た、か……」

「はい! ところで、アキレアさんはどうして一人で戦っているんですか? 王国の力も借りずに」


 この子ぐらいの歳だとそんな事も知らないんだな。昔はこれでも結構有名な人間だったんだけどな。

「国の力を借りないんじゃない、国が俺に力を貸すことを放棄して、国が怪物と戦う事を放棄したんだ」


 言うと、少女の顔は見るからに曇り考え込むように視線を下に落とした。ただの同情心からくるものなのか、それともまた違った感情なのかは定かではないけれど、こんな俺のことをまだ何か想ってくれる人がいるのだと思うと、なんだか心が熱くなった。

「…………どういうことですか?」

「どういう事って言われるとな……それじゃあ、俺の過去の話からしよう」


 俺が言うと、フリージアの顔が少し険しくなったが、すぐに笑顔になった。

「それじゃあ、お願いします!」

 こほん、と一つ咳ばらいをして俺は始めた。

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