第4話 少女
目が覚め、太陽を確認する。
朝七時くらいだろうか。
いつも通りの時間だ。そして俺はいつもの様に防具立てに立てられている防具を身に着ける。まあ防具と言ってもあまりの重装ではない。そんなのでは怪物の攻撃をよける事などできない。
足の部品は少しへこんでいるが俺の足が中にあったから形としてはまだ大丈夫なのでそのまま履く事にした。
そして俺はまた山へ登る準備を始めた。
まずは昨日、いや実際には一昨日棚に置いた剣と盾、そして短剣を取り出す。
短剣は滅多に使わないがこの前みたいに、なった時は投擲して怪物の眼を潰すくらいはできるだろう。
そうして、俺が短剣を懐にしまおうとした時、部屋に違和感を覚えた。はっきり言えば部屋の扉に。
息を潜め、耳を澄まして音を聞く。
息遣いが聞こえてくる。それも少し荒い。どうやらもう何者かがもうこの部屋に入っている。そして扉の前で立ち止まっているということか。
扉の方に振り返るのと同時に手にした短剣を扉に向かって投げた。
「ひゃっ」
扉の前に立っていた何者かが、咄嗟にしゃがんで短剣を回避した。
その時、ここらでは全く見ないピンク色の髪の毛がふわりと浮いた。
短剣が扉に突き刺さる。それを見たピンク髪の少女が恐る恐る顔を上げた。
こんな辺鄙な所に人だと、山で迷ったのか? いや、しかしここに入る人間すら珍しいぞ。それにこの少女の恰好は明らかに普通じゃない。
そう思い俺は改めて少女の姿を見る。まず目を引いたのは兵士の様に体を防具で武装している事だ。それにこの防具は確か、王国兵が着ている防具のはずだ。女性物の防具はどんな形なのかは知らないが、しかしその防具の肩には王国の国旗である水色と白、赤色そして真ん中には王家を表す金の盾が刻み込まれている。
ちなみに俺のはそんなものは付いていない。
そして何より目を引くのはここらでは全くと言っていいほど見ないピンクの髪の毛と赤い瞳だ。
まあ、そんな事はどうでもいい。髪の毛の色だなんて個人差あるからだ。一番の問題は。
「誰だ、お前は」
「アキレアさんですね!」
「おい、俺の話を聞け」
「やった! ずっと会いたかったんです」
「おい!」
なんだこいつは。全然人の話を聞かないぞ。
「すっ、すみません。何ですか?」
「お前は誰だって聞いてんだ」
「えーと、私は……フリージア。私はフリージアです」
「フリージア。ふーん、ファミリーネームは?」
「……それでアキレアさん!」
「おい」
「どうしましたか」
「ファミリーネームはなんだ?」
「別にいいじゃないですか」
どうしてここまで渋るんだ?
別にファミリーネームを言うくらい……。
まあ、くらいと言うならやはり言ってもらう必要もないか、それに。
「はあ、まあいい……とりあえず帰れ。その恰好からして王国の関係者だとは思うが、王国が今さら俺に用事なんてないだろ。ここから南に向かって降りればすぐに下に着く。早く帰れ」
俺のその言葉に対して、少女は少しだけ顔をこわばらせると、強い口調で言い張った。
「いえ帰りません。私はあなたに会いに来たんですから!」
「……俺にだと?」
「はい! それに私は王国の使いでもありません。私の意思であなたに会いに来ました」
「そうだとしてもだ、帰れ。ここは普通の人間が来るような場所じゃない」
そう、何度も諭すが断固として少女の意志は揺るがず、こちらに強い眼差しを向けてくる。
「いえ、そうはいきません。私もやっとここまで来れたのですから」
「お前な……それに人の家に勝手に入ってきてなんだよその態度は」
「へっ? そんなに態度悪かったですか、私?」
「え?」
まあ、確かに態度は悪くはなかった。しかし自由奔放と言うか天真爛漫と言うかなんとも厄介な性格だ。
「それに態度で言うならアキレアさんの方が悪いですよ。いきなり刃物を投げるだなんて」
「そうか、いきなり短剣を投げたのはすまなかったな。謝ろう、悪かった。じゃあ帰れ」
「なんですか、その三段活用!」
「いいから帰れ、俺は今からすることがあるんだ」
言って俺は空を見上げた。
太陽の位置的にもう十時半くらいか。仕方がないこいつに構っているのも面倒だ。少し早いが出発しよう。
「おい、俺はもうここを出るからさっさと帰れよ。いいな」
「…………」
「はあ……」
本当、溜め息が出る。
俺はこの前怪物と戦った場所――怪物が地面を抉り取っただとか、隕石が落ちただけだとか、いろいろと伝説がある伝説の地にやってきた。
「少し早く着きすぎたな」
まあいいだろう。少しの間気長に待つとしよう。
例の如くクレーターの中心で怪物が来るのを待っていると、後ろの方から音が聞こえた。
振り返ると、そこには今朝のピンク髪の少女がいた。
少女は俺と目が合うと笑って言った。
「えへへ、ついてきました」
「何しに来た。帰れって言っただろ」
「帰れと言われて帰る人はいません。さっきも言ったでしょう、私はアキレアさんあなたに会いに来たんです」
「今から何が起きるのかわかっているのか」
そう言うと、少女は腰に添えた剣を高らかに掲げて言った。
「大丈夫です。私も一応幼少期訓練はしてきました」
「そういう問題じゃ……それにそんな重い恰好だったら怪物の攻撃なんか――」
言いかけると、空から怪物が降りてきた。
「くそっ、まあいい……邪魔だけはするなよ!」
振り返らずに後ろの少女に告げた。
しかし、返事は帰ってこない。まあ当たり前と言えば当たり前だ。見た目からして歳はまだ二十にもいっていないくらい。ならば怪物なんてみるのは初めてだろう。
これを見れば、最初は誰だって畏縮する。だからこそ邪魔なのだ。怪物の意識がいつあいつに向くか分からない。
「これは、また面倒だな……」
呟きながら俺は怪物を見る。
丁度今降り立ったところだ。怪物は降り立つと同時に俺に拳を向ける。
俺はそれをバックステップと盾で何とか凌いだ。
下がり際に後ろを少し見る。
予想通り少女は初めて見る怪物の姿に怯えている。しかし、少女はすぐに顔を振って意識を怪物の方へと向けた。
「へえ、覚悟はしてきているのか……」
まあ、覚悟でどうにかなるような相手でもない。覚悟で倒せるなら俺はとっくに倒しているだろう。
考えていると怪物がこちらに走ってきた。俺はそれを余裕をもって横に移動する。それを見た怪物はまたも俺を追ってくる。そして俺はまた逃げる。怪物も追いかける。そんな状況が続いた。
そして怪物は追う事を止め、足元に転がっている岩石を持つと、こちらに投擲してくる。
「うわっ、あぶね!」
それはもう、とんでもない速度だった。どのくらいと問われれば、投げた岩石が速さで表面が削れるくらい。としか言えないほどだった。
俺はそれを盾で何とか防御する。
岩石の投擲が有効だと判断した怪物は俺に向かって投擲し続けた。
俺は立ち止まらずにできる限り動きながらそれを回避していく。そうして俺が回避していると、隙ができたと思った少女が動いた。
少女は腰に吊るしていた剣を抜いて怪物の足元に向かって切りつける。
「おい、馬鹿!」
少女の攻撃で怪物の動きは一瞬止まった。が、少女の動きも止まった。
少女の突き立てた剣は怪物の足に食い込むことなく怪物の表皮にはじかれてしまった。自信満々に剣を振るった少女はその光景に、ただ立ち尽くしていた。
「くそっ、邪魔はするなっていっただろ!」
怪物が投擲を止めた事でできた隙に俺は怪物に向かって走っていった。その時に地面の砂利を少し掬った。
「おい、怪物!」
俺が叫ぶと少女に向かって腕を振り上げていた怪物はこちらを向いた。俺はその瞬間に手に握った砂利を怪物の目に向かって投げつける。
目を潰された怪物は明後日の方向に拳を振り下ろした。しかしそれでも破壊した地面から飛び散る石が少女に当たり、少女はしりもちをついた。
「たく……」
俺は走りながら剣を納め、右手で少女の持っていた剣を取り、左腕を少女の腹に回してその場から離れた。
そして、そのまま俺は少女を抱えて怪物から距離を置いた。
「す、すみません」
「あいつに攻撃をするだなんて馬鹿な事するな、死にたいのか!」
「申し訳ありません……」
「まあいい、とりあえず適当な場所で隠れていろ、それかさっさと帰れ今度は俺も助けられんぞ」
「いえ、さっきは不覚をとりましたがもう大丈夫です」
「いいから帰れ。正直言って邪魔だ」
もうこれで何度目だろうか、今度こそ最後通告だという思いを込めて少女に向かって言葉を投げるが。
これもはたして何度目だろう、少女はまたも頑固に口を強く結んで言い切った。
「いいえ、帰りません!」
この少女にどんな事情があるのかは知らない。けれどここまで真剣に、覚悟を決めてここに立っているということは否応にも伝わった。
ならば、無理に返そうとしても最早逆効果だろう。
「……分かった。じゃあ邪魔にならないようにしておけ。いいな?」
「はい!」
少女に伝えると俺は手に持った少女の剣をその場に置き、すぐに怪物の方に意識を移した。
怪物は目に入った砂利を気にして目を擦るような仕草をしていたが、俺を見たとたん血相を変えて飛び込んできた。
隙だらけの突進に俺は余裕をもって横に躱す。しかしこれが失敗だった。
怪物は俺に向かって一直線に突進してきた。そして俺が今までいた場所は俺が少女を置いて来た場所だった。
「おい! お前、避けろ!」
少女は俺が叫ぶより早く身を翻し、怪物の突進を躱していた。
しかし怪物の猛攻は止まらない。怪物は標的を俺から少女に変更し、連続で攻撃している。
少女もなんとかそれを回避している様だが、完全には回避できていない。あと少しで直撃寸前だ。
そして次の怪物の攻撃に少女は躱し切れず剣を盾代わりにした。しかし、その剣は虚しく弾き飛ばされ怪物はとどめを刺すべく腕を振り上げた。
あいつがどうなろうと俺は知らないが、こうなってしまったのは完全に俺の落ち度だ。
俺は全速力で少女の方に駆け寄ると少女を後ろに突き飛ばして盾で怪物の攻撃を受けた。
怪物の攻撃を真っ向から受けた盾はペシャンコに潰されたが、何とか一発耐える事が出来た。
「おい、今のうちに逃げろ」
「は、はい」
そう言って逃げた少女の足は恐怖で震えていた。そして遂にはその足取りは止まってしまい、怪物はまたも少女を狙い腕を振り上げた。
「くそっ……!」
怪物の拳が少女に当たる寸前、俺は怪物と少女の間に体を滑り込ませ、少女を抱えてその場から駆け出そうとした。しかし、次の瞬間俺は気付いてしまった。
三日前の怪物との戦闘で壊され、変形した足の防具を止めていたはずの留め具が外れ、足元の小さな隙間に挟まっているのを。
「こんな時にっ!」
必死に足を抜こうとするが留め具が引っかかり、もう引っこ抜くことは出来ない。意を決して俺は少女を後ろに転がして怪物と向き合った。そして怪物の盾と剣を合わせて真正面から受けた。
当然、怪物の拳は俺に直撃し、盾代わりにした剣はこれまでにないほどひしゃげ、今まで俺の足を止めていたはずの留め具は殴られた衝撃で外れて、俺の体は少女を転がした場所から遥か遠い所で着地した。
「ぐはっ……」
瞬間、俺の全身に激痛が走る。
横たわりながら俺は何とか空を見上げる。そして俺は安堵の溜め息をついた。
「よかった……とりあえずは安心だ」
俺が呟くと怪物は俺に目もくれずに三日前の様にさっさと飛び立っていった。
駄目だ、安心したら疲れが一気に来る。意識がなくなっていく。少女は大丈夫だっただろうか。
そんな事を考えながら俺は静かに目を閉じた。その時、俺の周りで泣くような声が聞こえたが俺はそんな事全く気にせず、眠りについた。
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