第3話 勇者

「ふう…………」


 怪物は悠々と俺に近づいて来る。

 俺の目の前で立ち止まった怪物は、爪を立てて腕を高く振り上げた。きっと今までよりも遥かに強いパンチが、立てた爪と一緒に繰り出されるのだろう。


「……残念、これまでだ」

 怪物が高々と振り上げた腕を勢いよく振り下ろす。

「3、2、1……」

 俺のカウントと共に怪物の拳は俺を捉えた。



 しかし、怪物の爪は俺の顔に当たる直前に停止した。

「さよなら」


 俺がそう言うと、怪物は俺に見向きもせずに飛び去って行った。

「ふう……危なかった。あと数秒遅れれば死んでたな……あー、完敗だ」

 そして俺は、そのまま意識を失った。



 目が覚めると、家のベッドの上。なんて事はなく俺がへたり込んだ冷たい地面の上で寝ていた。


 足が痛い。

 怪物の攻撃できっと粉砕はしていないだろうが、骨折はしている。


 しかし、こんな所に長居はしていられない。そろそろ帰るとしよう。

 俺は立ち上がり、折れた足を引きずりながら、来た道を戻っていく。


 それにしても、寒い。

 俺が住む国――まあ国とは言っても俺が住んでいるのは国の端も端、隅っこの誰も立ち入らないような山の小屋だが、ここは元々高山地帯で昼夜、季節問わず寒い日が多い。それも山の上、それも夜となればその冷え込みはかなりのものだ。


「寒い……これなら何か羽織るものぐらいは持ってくるべきだったな」


 呟きながらも入り組んだ道を軽々と越え俺は小屋にたどり着く。

 扉を開け、剣と盾を板を張り付けただけの簡単な棚に置いて、防具を外していく。とは言ってもそこまで重装な防具ではないので、取り外すのは簡単だ。


「あーあ、右足は完全に使えないな」

 外した防具を見て呟く。

 これは明日にでも修理しないと。


 防具を外し終えると中に来ていた服を違う服に着替え、俺はベッドへと転がり込んだ。

 少なくなったぼろい包帯を右手で骨折したであろう足に抑え、左手一本で器用に固定していく。固定が完了し包帯をちぎる。


「これも明日買いに行かないとだなぁ……」

 呟きながら俺はあくびをして、そのまま眠りについた。



 起きると、随分と周りが明るくて驚いた。

 いつものように天窓で太陽の位置を確認する。


「今は……九時くらいか。全然眠れてないな」


 いや、違う。昨日寝たのが大体一時前後だろうし、それならあまりに疲れが取れすぎている。それに昨日見た雲の位置的には今日は曇り、それか雨のはずだ。

 だとすると……。


「はあ、一日以上も寝ていたのか俺は」

 なら今日を合わせると怪物と戦った日から二日目か。

 随分と急かされるな。


 俺はベッドから立ち上がり、軽く折れた足の様子を確認して靴を履き外へ出た。

 靴は完全に自作、素材は家近、長年履いているものだ。しかし、出来はそれなりに良いものだと思う。同じ素材で作れと言われれば、そこらの靴屋には負けないだろう。


 外に出た俺はまた山の方へと昇る。途中で折れ曲がり、綺麗な水辺にたどり着く。

 ここは、山下の街に住む者も使う、この山の雪解け水だ。

 そしてこの山に住むのは俺一人。つまり雪解け水を一番速く使う事が出来る。

 これだけがここに住んでいていいと思う事だ。はっきり言ってそれ以外は最悪だな。


 水を掬い上げて顔を洗う。

 冷たい雪解け水は寝起きにはぴったりだ。そして今度は水を飲む。

 雪が解けてすぐの水は硬度が低くとても飲みやすい。しかしこれが下の街に行く頃には、ミネラルを豊富に含んだ硬水に変わってしまう。


 水を飲んだ俺は山を川に沿って下っていく。すると、遠くに街が見えてきた。

 街が見えると、川沿いから道を外れて山へ入って行く道の方角へと向かっていく。

 そして、登山口から街へ出る。


 街ではとりあえず今日の食料となくなりかけている包帯を買いに行かなければならない。そのため、俺はまず雑貨屋に向かった。

 よく通う雑貨屋だし、俺の服装は街ではまず見ない服だから、顔をすぐに覚えられた。


 まあ、別に街でよくいるような服装をしていようが、俺の顔ならすぐに覚えられそうだが。


 雑貨屋についた俺は並んだ包帯を見る。

 どうやら、いつも買っている一番安い包帯は無いらしい。どうしたものか、正直どれが良いとか分からないからな。

 そうやって俺が包帯を見ていると後ろから声が聞こえてきた。


「ねえ、あれってアキレアじゃない?」

 どうやら俺の事を話しているらしい。

「ええ、そうね。あの格好だからすぐにわかるわ」

 成る程、まあ確かに一瞬見れば兵士に見えるが、こんなところに兵士など来ることも無いからな。


「どうやらまた負けたらしいわよ」

 ……ん? 一昨日の事だぞ、情報が速すぎだろ。


「なんか、噂ではこれで一万回目らしいわよ」

「そうなの? 全く、勇者なんだから頑張ってほしいわね」

 一万回?

 違うな、最初の二回は俺の体質が分からなかったから、正確には9998回だ。


「はぁ……」

 いくらそう言っても一回や二回なんて大して変わらないか。

 嫌になるな、全く。人の気も知らず。


 俺は適当に次に安い包帯を買うとさっさと、次の店へと向かった。


 次は、八百屋へと向かった。とりあえず適当に野菜を買った。肉は保存したものがあるからそれで食べよう。

 そう思い、目に入った物を手に取り購入した。


 さて、他に必要なものは無いな。

 俺は登山口に戻り山の小屋へと戻る。


 俺は考える。今日は何を作ろうか、とは言っても俺には大したものは作れないんだがな。とりあえずは野菜と肉でスープでも作って後は適当にパンでも食べれば。

 そして俺は一度川辺に向かい、水を掬って戻ってきた。


 別に難じゃないんだが、わざわざ川辺に水を掬いに行くのは面倒だ。できればあの水辺近くに小屋を立て直すべきだな。そうなると家具は移動したほうがいいのか?

 いや、しかしここにあるのは全部簡単に作れるものだしな。

 そう思いながら俺は家にある家具を見渡す。


 山で切った木を組み立て、雑貨屋で購入したシーツに藁を詰めただけの簡易なベッド。これも木を切り、見よう見まねで組み立てた棚とタンス、防具立て、これは中々手間をかけた、俺の小屋では珍しい金属製の貯蔵庫、とは言っても貯蔵方法は山にある氷や雪を入れて冷凍を保っているだけだが。これだけはどこに行っても持っていくべきだな。


 どうでもいい事を考えていると、時間はすぐに過ぎてしまいスープは、ぐつぐつと煮えていた。


「おっと」

 慌てて火を止め調理鍋のスープを椀に注ぐ。正直、肉と野菜を十分に入れているスープだ。一般的な庶民の家庭よりは多少豪華だと思う。まあ、家具は一般では考えられないが。


 そして俺は棚からパンを取り出して食べ始める。これだけ見れば、ひとり暮らしをしているちょっと貧しい人間、の生活風景みたいに見えるが(山に住んでいると言うのは少しありえないシチュエーションだが)実際はそんなこともなく、俺はいろいろと特別すぎる。


 先程の会話を思い出す。

 勇者――そんな呼び方をする人がまだいたとは驚きだ。それ程までに、まだ俺に期待を抱いている事が。


 しかし、俺はその期待には応えられない。実際あんな怪物には勝つことなど到底不可能だ。

 だからこそ俺はもう戦う事を諦めた。ただ下の街にいる人間に危害が加わらないように俺があしらう。それが今の俺のするべきことだと思っている。


 それに、国王がとった処置も今となっては適していると思う。確か、当時の国王は、十二代目だったかな。名前はルドウス・X《ゼラニウス》・グレイスだったと思う。今はもう変わったのかどうか知らないが、まあ大して歳でもなかったから、まだ国王として国をまとめているのだろう。


 で、その国王がとった処置はまあ適切なのだろう。怪物が集中してくるのであれば、そのすべての対処を俺に任した方が戦力をそがなく事が済んでしまう。モラル的な事を鑑みないのであれば、それが国側には最善の判断なのだろう。


 だから俺は今の状況を、今の自分を憎んだりはしない。まず、これは誰に憎んでも仕方がない話だし、俺が被害者面する事さえもおかしな話だ。


「言葉にすれば簡単なんだよな」

 言葉ではわかっている。これは俺がやるべき事だし、俺以外にできる人間がいないという事も。

 しかし、それでも、少しくらいは……。


「畜生……」

 結局俺は答えを見いだせない。

 いや、見いだせないのではない。見つけてもいるし、答えが変動することもない。しかし、俺はまだそれを本当の答えだとは思いたくないだけだ。


 答えは一つじゃない。探し続ければ答えは見えてくる。そんなどこかの偉い人間が言っていそうな言葉を信じ込み、答えの決まった問題を違う答えを探そうと、踠き、足掻いている。実際にはあんな言葉を言った偉い人間も俺を見放したという事さえも知っているのに。


 俺はスープを飲み干し、ベッドに横たわった。

 一日寝ていたから明日も行かなければいけない。全く、嫌になるな。

 そんな事を思いながらも俺は明日に備えるため、今日もベッドに眠る。

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