第2話 志田愛佳の場合

欅坂46は分裂をした。

何を言っているかわからないという人もいるかもしれないけど、実際分裂をしたのだから、仕方がない。

でも、その言葉には間違いがある。

それは、全員が分裂をしたわけではないからだ……分裂をしていないメンバーも存在をする。

欅坂46メンバー21名中、20名が分裂をしており、1名だけ分裂をしていない。

そのメンバーの名前は平手友梨奈。

彼女だけ分裂をしていなかった……それは幸か不幸か。


運営は、分裂をした私たちを一緒に生活をさせることにした。

事態解決どころか仕事も倍できると喜んでいる始末である。


「はあ……いまだに信じられない」


私は、ため息交じりに隣を見る。

そこにはイアホンをつけて、音楽を聴いている自分の姿があった。

今日はラジオ収録がある。

寮からバス移動で有楽町で収録だ。

その間、私はもう一人の自分と一緒の時間を過ごすことになる。

鏡でもなければ、ポスターでもない、完全にまったく同じ自分の姿があった。

彼女はこっちに気が付いていないのか、気にしていないのかわからないまま自分の世界に没頭している。

その姿は、いつもの自分そのままだ。

なるほど、自分を客観的に見るとこう見える訳だ。

今更、突っ込むつもりもないんだけれど……。


「……」


例え、自分が二人に増えたところでやることは変わらない。

私は自分が特別好きと言う訳ではない。

むしろアイドルをやっている自分を前にして、気持ち悪いとか思ってしまう。

学生時代では考えられなかった、自分の行動。

そんな自分がアイドルをやっていることに対する自己嫌悪。

だから、私は私が好きじゃない。

だから、私は私に積極的に絡むつもりもない。


携帯を開ける。


メッセでこの状態をみんなに言ってもいいんだけど、検閲入るし、言ったところで誰も信じてはくれないよね。

仕方なく、私は数日前に書いたブログの返信を見る。

私は基本的にネットのまとめサイトなんかは見ない。

なぜなら、欅坂46というグループの中で自分は異端であるが故、叩かれやすい傾向があるからだ。

一人だけ、髪の毛を緑色に染めたり……アイドルとは思えない言動がたびたび出るからだ。

それに対して、批判が出るのは当然であって……。

でも、アイドルに特化してブリッ子みたいなことは自分にはできない。

だから、そういったネットサイトは極力見ないようにしている。

それが自分を守る一つになっている。


「……」


隣の自分も同じなんだろうか。

まあー自分だから一緒なんだろう……窓側に座っている一切こっちに興味を示さない私。

いろいろ原田葵みたいに話しかけられても困るから、それはそれでいいんだけれど。

なんというか、無視されいるみたいでイラっとする。

まず、分裂をした最初から、この私は私を見下ろしていたのだ。

私が目を開けた時、私を見下ろしている私を見て、私は悲鳴をあげたわけだ。

彼女は、私のリアクションを見てげらげら笑ってたので、ドついたんだけれど……。


「……まだ怒ってるの?」


そんな私の視線に気が付いたもう一人の私が、聞いてくる。

私は隣に座りながら、もう一人の私を見ることなく口を開ける。


「怒ってないです……」

「怒ってるじゃん」

「……朝起きて目を開けて、もう一人の自分が目の前にいたら驚かない?」

「驚く」

「しかも驚いた顔見てゲラゲラ笑ってたら怒らない?」

「怒……ぷっ」


私はいらついて、思い出し笑いをする私の脇に肘を食らわせる。

思わず悶絶するもう一人の私。


「別に、私はあんたと慣れ合うつもりもないし。ねるみたいに自分同士イチゃつくつもりないし」

「ちょっと、誤解しないでもらっていい?私も自分相手にねるみたいにイチャつくつもりないから」


「「あ、あのー……」」


後部座席の方で振り返るねる。


「「あ、いたんだ?」」


どうやらねる達も都内の方で仕事の様だ。

途中まではバスで一緒に移動となっている。

どっちにしろ、私は私と慣れ合うつもりはないし……どうせなら仕事で利用し合う方がよほど効率的だとも思う。

他のメンバーはどうしているんだろうか。

ひらがなけやきメンバーはどうやら今回の事件には巻き込まれていないようで、

仲の良い齊藤京子はlineで今度3人で遊びましょう。両手に花です!と嬉しそうに言っていた。

こっちはそんな気分じゃないっていうのに。

渡邊理佐は、理佐で私と同じように、極力関わらないようにしながら、頑張っているようだ。

頑張っているといっても、どうなるともわからないけど。



「つきました」



スタッフに言われて、私たちは有楽町のラジオスタジオにと向かう。

既に外仕事から直行していた平手友梨奈=てちがそこにはいた。

相変わらず、見た目はボーイッシュ。

でも、これで喋れば可愛らしいというギャップ。

ファンの人にはわからないし、勘違いされてしまうところ……。

私なんかよりよっぽどアイドル適正が高くて、羨ましい人。


「あ、ぴっぴって……本当に二人になってるんだ!?」


てちは、話しだけスタッフから聞いていたようで、本当に私が二人になっている姿を見て驚いている。

いまだに私も信じられないんだからそうだろう。

私は既に


「ねるもそうだよ」


私はため息交じりに告げながら、隣にいるもう一人の自分を見ようとした。

だが、その場に私はいない。

前を見ると、いつの間にか、てちに抱き着いている。


「ちょっと!?なにしてんの!」

「え?いや、てちがいたから」

「ぴっぴに抱き着かれるとか珍しい、びっくりしちゃうよ!」


てちは困惑と驚きで笑顔を見せる。

もう一人の私がてちから離れる。

というか私が引き剥がした。


「なんなの?恥ずかしいからやめて」

「……」

「いいじゃん、こういうぴっぴも私は好きだよ!」

「もうてち、ふざけてるでしょ?」


もう一人の自分は、私を見て何か言いたそうだったが、口をつぐみ

そんな私と、動揺する私を見ながらてちは笑った。

私は再びため息をつきながら、そのまま収録にと入る。

本日は二本撮り……公平に1本目は私、2本目はもう一人の私が収録をすることになった。

いつものように収録を終えて、私はブースの外で、携帯を見ながらもう一人の自分の収録を聞くことにする。


不思議な感覚だった。


自分はここにいるのに、私の目の前で私がてちと話をしている。

それは当たり前の光景だっていうのに……とても不思議な感覚だった。

まるで自分が一人取り残されてしまっているんじゃないのかっていう感覚。

スタッフもみんな、ブースの中にいる志田愛佳を見ている。

私ではない愛佳をだ。

それが、とても不思議だった。


「ホント、面白かった。またみんなと会うの楽しみにしてる!」


てちは嬉しそうに私たちに向かってそういった。

変わないてちの笑顔は、こっちまでつられて笑ってしまいそうになる。

こんな異常事態でもなければ、一緒に笑っているんだけれど。

もう一人の私は、そんな私の代わりに嬉しそうに手を振り、私はそんなもう一人の私の勢いに圧されつつも寮にと戻ることになる。

私は、なんだか不愉快になりながら、イアホンを耳に着けて携帯を見る。

携帯のブログに書かれているのは、またいつもの如く、自分への誹謗中傷。

いつもなら無視をしているのだけれど、今日はやけに目に入る。

私は携帯を閉じて、目を閉じた。

なんでこんなにイライラしてるんだろう。



どうして……。


そんなの決まってる。

私は、目の前にいる私が不愉快だからだ。

何でか知らないけど、余裕があるし、何でか知らないけど、自分の感情をうまく現している。

そんな私にイライラする。

そう思っている自分にも。



早く、いなくなってよ。



……じゃなきゃ、ますます自分が嫌いになる。





「ついたよ、私」


声をかけられる。

私が目を開けた時、そこには私がいた。

私は体を起こす。

なんだか、随分と早いな……ってそう思いながら。

目を擦り、窓の外を見るとそこは、海辺であった。

夜の海辺……どうやら、どこかの東京湾内の橋の傍で止まったようだった。

夜の海は、湾内の工場やらの光が灯り、昼間とは違う別の景色を作り出していた。


「……」


私はバスを降りて外を見る。

海の音が聞こえる中、私は橋の手すりを掴んだ。


「あんたはいつも一人で抱え込みすぎ」


私の隣にと立つ、もう一人の私。

彼女は、私を見ることなく夜の海を見る。

光に反射しながら揺れる海面を私は眺めていた。


「……私は、誰かに弱みとか見せるキャラじゃないし」

「まあ、そうだけどさ……私ならいいんじゃない?」


その言葉に振り返る私。

もう一人の私は、私の方にと視線を向けていた。

茶髪にショートヘアー……いつも鏡で見ている自分の顔がそこにはあった。

いや、鏡なんかよりも左右対称だからもっと私に近いんだけど。


「バカ、余計イヤだ」


私は、自分の顔から視線を逸らす。

自分に悩み相談なんて……そんなこと出来るわけないじゃん。


「……今日も、ネットで滅茶苦茶叩かれてたな」


もう一人の私が、独り言のようにつぶやく。

私は橋の手すりを掴んだまま、隣にいるもう一人の私をもう一度見た。


「笑い方とか、髪色とか……私は私らしくしたいだけなんだからほっといてよ!!」


隣で眺める私は、叫んでいる私を見つめている。



「私は、ありのままの私でいたいんだ!!」



手すりを掴んで、上半身を橋から前のめりにして……そう叫んだ私。

私は、そんなもう一人の私を見ながら堪えきれず笑ってしまった。

なんだ……こいつも、やっぱり私なんじゃん。

私は、私より生き生きしていて、楽しそうにしている私を見て嫉妬していた。

同じ私なのに、同じ志田愛佳だっていうのに、負けた気持になっていた。

でも、そんなことはない……こいつも、同じ悩みを抱えて、同じ苦しみを持っている。

私と同じ志田愛佳なんだ。


「あははは……」

「……ちょっと、笑わないでよ」


そういう私に初めて笑顔を見せた私は、手すりを力強くつかみながら、もう一人の私同様に海にと顔を向けた。


「私は、私でいたいんだーーーーーーー!!!」


大声で叫びながら、私は胸の内につっかかていたものが取れた気がした。

ばかばかしい……自分に嫉妬だなんてさ。

私は改めて、もう一人の私を見た。

その時はもうどっちがどっちかわからないくらい、同じように私たちは笑っていた。


「もう一人の私がうざーーい!!!」

「はあ!?」


私の言葉に、もう一人の私が声をあげた。

そんな不満げな表情を浮かべる私に対して、私は笑った。

もう一人の私はそんな私に負けじと、大きく口を開ける。


「もう一人の私はすぐに、怒るー!!!」

「そんなことないって!」


私たちは、そんなバカな遊びを始めていた。

でも、これはきっとただのじゃれ合いなんだろう……。

私たちは暫くそんな遊びをして、スタッフに言われてバスにと戻ることとなった。


「ああ、もう声枯れたらどうするの?」

「自分のせいでしょ?!あーあ……ったく、私につられた」

「あんたも人のせいにしてるじゃん」


私たちは、そういって笑いながらバスに乗り寮にと戻る。

隣同士で座っていた私たちは、先ほどまでと打って変わって談笑しながら

いつの間にか疲れて眠ってしまっていた。



寮にと戻ってきたこともわからずに眠る私達……。

先に戻っていた長濱ねる×2は、そんな隣同士で肩に顔を乗せて、その私の頭に自分の頭をのせて

幸せそうに眠っている私たちを見て、

二人のねるは、顔を見合わせて微笑みながら、写真を撮った。



勿論、これをみんなに拡散されてひと悶着あったことは言うまでもない。































ちなみに、私達二人でも写真を撮った。

私が好きなカメラで。

でも、それはみんなには内緒だ。

そりゃーあんなイチャついた顔の写真、見せらんないよねー。



はいはい、終わり。


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