俗にいう自分同士の百合 欅坂46編

一兵卒

第1話 長濱ねるの場合

どうも、初めまして……欅坂46、長濱ねるです。

途中加入となった私、長濱ねるは、今日も欅坂46として握手会を含め、一生懸命仕事をしています。ついこの間は長崎市の観光大使になったんですよ。

可愛い衣装を身に着けて、とっても幸せでした。


そんな、私に起きた不思議な出来事……。


それは私が朝、寮で目を覚ました時に始まりました。

ベッドで眠っていた私……。

目覚まし時計が7時を差した。



ジリリリリリリ……。



今日も朝から仕事なんです、だからこの眠い中を頑張って起きなくてはいけない。

ああ、眠い……とても眠い。

どうしてこんなに眠いんだろうか……ああ、もう少し寝ていたい。

もう少し……もう、少しだけ。


「……きて、起きて」


誰かが私の体を揺すってきます。


「あと、あと5分だけ……」

「ダメ、早くしないと他の子にご飯食べられちゃうよ?」

「それは……困るけど……」


そこで、私は違和感に気が付きます。

っていうか……今話しかけてる子って誰!?

勝手に部屋に入ってきて、いろいろ話かけてくれてるけど、結構普通に無断侵入だよね?

声的には女の子みたいなんだけど、いやいや、女の子だからいいとかはないし……メンバーの声ではないし、

でも、どこかで聞いたことがあるような声なんだよなぁ。

私は、そこで目を開ける。


ボケた視界の中に映るのは……自分の姿。

あれ?こんなところに鏡なんかあったっけ?

おかしいな……なんでこんなところに鏡なんかあるわけないんだけど……。


「きゃああああああああ!!!」


そこで別室からの悲鳴を聞いて、私は飛び起きる。

その瞬間、眼の前で私を見ていた子と額がぶつかり、私はそのまま頭を抱えてしまう。

痛い……朝から最悪……。


私は、そこで頭を抱えながらもう一度、前を見た。

そこにいたのは、私と同じように頭を抱える私の姿……。

あれ?やっぱり……鏡??


「痛い……い、いきなり近づいてこないでよ……」


しゃべ……った?

私は、眼の前の鏡が喋ったことに一瞬、何が起こったのかわからないでいた。

いや、そもそも理解ができない状態だ。


「え……だ、だれ?」


私は改めて眼の前の子にと問いかける。

眼の前の子は、額を抑えながら私を見る。


「えーっと……私は長濱ねる」


彼女の口から出たのは、私の名前だった。

私は、寝ぼけた感覚のまま、笑顔を見せる私を見つめていた。

頭の中でいろいろな事柄が浮かんでは消える……そしてたどり着いた答えは。


「あ、私……まだ寝てるんだ。これは夢だね……おやすみ」


思考放棄。

だが、そんな私の思考放棄は阻止される。

寝ようとそのまま後ろにと倒れようとした私の両肩を掴む眼の前の彼女。

私は、改めて前を見る。

眼の前にいる私は、私を見たまま改めて口を開けた。


「夢じゃないから!」

「え、夢じゃないって……」


そういって前にいる苦笑いを浮かべて私は私の頬をつねる。

残念ながら、痛かった……。


「痛い」

「でしょ、夢だったら痛くないよね?」

「ってことは……」

「そう!私は、あなた……」

「あなたって……私ってこと?」

「そういうこと!よくできました」


彼女はそういって私の前で拍手をしてくる。

私は、そんな目の前の黒髪で、嫌味もなく嬉しそうな笑顔を見せる私を見ながら、何がどうなっているんだか理解が出来なかった。

でも、一つ言えることは……彼女は、私そっくりだってことはわかった。


「こうやって改めて寝起き姿の自分を見るのって……やっぱり恥ずかしいなあ」


そういって彼女は腕をあげて頭を抱える。

それはいつもの私の癖。

前言撤回……、彼女は私にそっくりっていうだけじゃない。

私そのものであるということを。



改めて、私はパジャマ姿から衣服を着替える。

そんな私の後ろ姿を眺めているもう一人の私……。

それを私は鏡越しに見ながら、鏡に映る自分と、その後ろのベッドに座っているもう一人の自分を見比べる。

そっくりすぎて、まったく違いが分からない。

私は思わずため息をつきながら、振り返った。


「本当に、私なの?」

「うん、そうだよ?」

「そうだよって言われても……信じられないというか……まあー信じるしかないのかな」

「これだけそっくりな人間、他にいないでしょ?」

「うん……いろいろ考えても結局、そういう結論になるよね」

「よかった、すぐにわかってくれて。さすが私!話が早い」


私の言葉に安堵するもう一人の私。

客観的な自分をこうやって見るのは、なんだか新鮮というか気恥ずかしさがある。

とはいえ、今はそんなことをしている場合じゃない。

なぜなら、これから自分は仕事があるのだ。

今、こうやってもう一人の自分が目の前にいる事実をどうやってみんなに説明をするべきなのか。

双子??いやいやいや……突拍子過ぎだろう。

黒魔術?ドッペルゲンガー??うーん、ちょっと無理矢理かな。

でも、これはこれで一つのアイデンティティになるのではないだろうか。

二人に分裂したアイドルなんて、そうそういないだろうし。


「何考えてるの?」

「あ、いや、うん……この状況をどうやって説明をしようかなって」

「うーん、普通にみんなに説明をしてくれればいいよ」

「いや、そんなことしたらみんな倒れちゃうよ!驚きすぎて!」

「そうかなあ?」

「そうかなあって、私が二人もいたらみんな驚くに決まってるでしょ」

「うーん……でも、仕事は二倍できるようになるし!その分、少しお休みも増えるかもしれないし!」


眼の前の私はすごいポジティブだな……。

なんでかよくわからないけれど……。


「そう!聞きたいことがあるの!……てちは元気?」


もう一人の私が急に聞いてきた。

私の両手を掴んで、顔を近づけて彼女は問いかける。

急にどうしたの?というような感じで……というよりも、私の腕を掴んでいる彼女の力が強く私は痛みを覚える。

これがメンバーがいう九州男児の娘と呼ばれる所以かな。

私は、そう問いかけるもう一人の私を見ながら頷く。


「うん、元気だよ。昨日は仕事で外泊だけど」

「そっか……よかった」


私は、もう一人の私のリアクションに首をかしげる。

てち=平手友梨奈を心配することの意味がわからなかったから。

怪我とか体調不良とかはあるけれど、てちはいつも通り元気だ。

みんなから愛されてるし、可愛らしい笑顔は変わらない。

でも、そんな当たり前のことをなぜ彼女が聞いてきたのかはわからない。


「てちがどうかしたの?」

「あ、ううん。なんでもない」


彼女は慌ててまた笑顔を見せて両手を離して左右にと振った。

私は不思議に思いながら、もう一人の私を見る。

いつも鏡で見る自分とはまた違う感覚……。

今こうして生きている存在感をしっかりと感じることができる。

触ることもできるし、自分の匂いとかもしっかりと確認することができる。

笑っている姿は、まあなんとなく可愛らしくもある。

このまま抱きしめてしまいたくなるようなそんな衝動も覚えてしまう。

っとと……自分を可愛いって思うっていうのはどうなのかな。

ナルシスト……いやいや、そんなことないよね。

というより、自分同士で見つめ合うって結構ヤバイような……。


「どうしたの?」


問いかけるもう一人の私に、思わず視線を逸らす私。

危ない危ない……変なことを考えてしまっていたよ私。


「なになに、どうしたの?」


そういって腕を絡めてくる私。


「ちょっと!?」

「自分同士なんだから別にいいじゃん」

「自分同士だから変なんだって……」

「そう?私は、こうしてもう一人の自分と出会えたことが嬉しいよ!」

「え?!あ、ああ……そう?」

「私は?」

「いや、うん……い、イヤではないかな」


随分とこっちの私は積極的じゃないの?

私はそう思いながら絡めてくるもう一人の私の腕を振りほどこうとするが、力強くつかんでくる。

私は振りほどくのを諦める。

暫くそんな他愛のない会話を続けていた私達だったが……

急に、トーンを変えた隣にいるもう一人の私が問いかける。


「ねえ……ねるは今、幸せ?」


もう一人の私の問いかけに、私は少し考えて静かに頷く。


「アイドルって大変だけど……仲間もいるし、楽しいよ。

遅れて入ってきた私にも、みんなすごく優しくしてくれるしさ」


私は、そういって隣の私を見た。

隣にいる私は、その言葉に私の顔を見つめて頷いた。

彼女は、立ち上がると私の手を掴んだまま引っ張る。


「ほら、お腹空いたから食堂行こう!」

「待って待って、私達二人で行ったら大変なことになるって」

「じゃあ、私が行くから待ってる?」

「どうして私が待つほうになるの!?」

「だって、私お腹空いたし……」

「私もお腹空いたから!」

「じゃあ、二人で行こう?」


こっちの私は本当に私なのかな……性格が若干違うような気がするんだけど……。

こんなに能天気かな?私は意外としっかりしてると思うんだけど……。

二人で食堂なんかいったら大変なことになるんだって……。

私は、そう思いながらも、もう一人の私の勢いに負けてしまっていた。

兄姉がいる私には、年が近い存在はいなかった。

妹なんかいたらどうなるんだろうとか、よく思ったりもした。

これがそんな感覚なのかな……まあ、私自身なんだけど。



部屋のチャイムが鳴る。



「わっ!わっ!やばい。はやくどこか隠れて!」


私は、慌てて隠れる場所を探すが

そんな私の慌てっぷりを無視してもう一人の私は、ドアの方にと向かって歩いていく。


「いいじゃん、開けちゃおうよ」

「ちょっと!!私!!」


私の静止を振り切り、扉が開かれる。

私は、もう何が何だかわからないまま……頭の中でどう言い訳をしようかを考える。

双子……えーい双子で通すしかない。

私が「ねる」なら「おきる」とかにしよう!そうすれば誤魔化しも効くはず。

なんてことを考えていた私。

そんな私の前、開かれた扉の前に立っていたのは、志田愛佳だった。

別にそれは何も問題はない……問題があるのはその人数。


「ねる!私、二人になっちゃった!!」


愛佳の言葉を聞いて、私は思い出す。

そういえば……朝悲鳴が聞こえたっけ……あれって愛佳の悲鳴?

愛佳も二人になったってことは……。

いやというよりも、何人の人間が二人になって……。


「あ、忘れてた」


もう一人の私が突然、声をあげて私の方にと振り返る。


「私以外の欅メンバーも二人になってるの」

「先に言ってよ!!」

「だって聞かれなかったし」

「はあ……」


突如発表される衝撃的な事実。

欅坂46メンバー全員が分裂をするという事件。

愛佳が二人になっているという事実を見たからには信じるしかない。

私は、ため息をつきながら、これからどうしていこうかなーと漠然と物思いにふける。

そんな私の手を掴む私。

顔をあげた私を見る私。


「改めてよろしく、私」


私は私の笑顔をみて、ただ笑顔を返すことしか出来なかった。

でも、なぜだろう……私はその顔をずっと見ていたかった。



はあ……恥ずかしい。


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