第3話 守屋茜の場合

それは突然の出来事だった。


欅坂46のメンバー……てっちゃんこと平手友梨奈を除く20名が分裂した。

最初は戸惑いに不安に驚きがあって、

みんながみんな、もうひとりの自分とどうやって接していいのかわからないでいた。

そんなの当たり前だ。

自分自身が目の前にいて、どう接していいかなんてわかる人がいたら逆に教えてほしい。

でも、私たちの周りは、そんな私たちの気持ちなどを待ってくれることもなく、忙しなく動いていく。

仕事も倍できるといって喜んでいる大人たち。

そんな大人たちにメンバーは抵抗することなどできずに、流されていく。


でも、私は違う。


私は、これをチャンスだと捉えて仕事をこなそうと思う。

それに、私にとって自分自身こそが最大のライバルだからだ。



私は負けない。




「……というわけで、しばらくは番組を交代交代で出てもらおうと思っています」


レッスン室に集められたメンバーたち。

そこでキャプテンのゆっかーこと菅井友香がみんなを前にして説明をする。

こうして周りを見渡すと、その光景は驚くべきものだ。

同じ顔をした二人のメンバーが並んでいるのだから。

前を見れば、ゆっかーも二人たって、今後の説明をしている。

そういう私だって一緒。

隣を見れば、もう一人の私と目が合った。

私は、私を見つめる。

目の前にいる自分はライバルであり、戦友でもある。

メンバーには自分と一緒にいることが恥ずかしかったり、仲良くできなかったりする子もいるようだ。


「どっちが番組に出たりっていうのをどう決めようかって思ったんだけれど……」

「悩んだ結果、個人個人に任せることにしようと思います」


ゆっかーたちは交互に話を進める。

交代交代で、番組やライブに出るという発表に対してざわめくメンバー。


「同じ自分同士、上手く話し合って出来ると思ってる」

「もし、何かトラブルとかうまく行かないことがあったら相談してほしいな」

「あ、私が捕まってたらあかねにも聞いてね!」


ゆっかー×2が私達を見た。

私達は、立ち上がりみんなを見る。


「今回、こういう事態になったけど、これってチャンスだと私は思います。

だってさ、自分を客観的に見ることって普段できないと思うんだよね。

だから、これをマイナスなんかに絶対捉えてほしくなくって、同じ自分同士で一緒に成長できる機会にしてほしいなって思います」


私がスピーチをして、もう一人の私を見る。

もう一人の私は、私の言葉を聞いて頷く。


「……私達が二人になった意味がきっとあります。

それを私は成長として、今のこの状況を楽しんでいきたいなって思ってます。

勿論、同じ自分同士ぶつかり合うこともあるかもしれない……でも、きっとそれは、とてもいい刺激になると思うので

だから、どんどん話し合ってぶつかり合っていってください」


もう一人の私の言葉を聞きながら、私は思わず笑ってしまう。

ああ、私ってこんなんなんだ……って。

面白いなって……素直にそう思える。


メンバーでのミーティングが終わり、それぞれレッスンにと入る。



今度、欅坂46の握手会時に新曲の発表がある。

その時のためのレッスンだ。

みんなは相変わらず真面目に、時に笑いながらレッスンをしていた。

そんな中……キャプテンのゆっかーと、そして私達が大人にと呼び出された。


「「それって……どういうことですか?」」


私達は前のめりになりながら、大人の発表について聞きなおした。

ゆっかー達は黙ってその発表を聞いている。

内容としては、同じ人物同士でダンスを競わせるというものであった。

そして、勝利をした方が新曲発表時に舞台に立てるというものである。

今のメンバーは21人全員選抜という題目で活動をしているが、今回の分裂騒動で競争心を煽ろうということであるらしい。

勿論、同じ自分同士であるが故、ファンの皆さんにはいつもの21人で代り映えはしない。

でも、私達は違う。

結果、自分に敗北することになるわけだ。


「「私は反対です」」


ゆっかーたちは声を揃えて告げる。


「「私は賛成です」」


逆に私達は賛成した。


「同じ自分同士で勝負をするのって大事だと思うんです」

「きっと、お互いが自分を高め合うってそう思います」


私達はお互い負けず嫌いな性格……そして勝負事には受けて立つという気持ちが出ていた。

でもゆっかーは違う。


「出れない方のメンバーは酷く落ち込むと思います」

「選抜があって外れることは仕方がないと思いますし、努力をしようって思うかもしれない。

でも自分に負けるっていうのは、すぐには立ち直れないと思います。しかも……それが20人もでたら」


ゆっかーの心配をする気持ちはわかる。

でも……それを思っていたら前には進めない。

私達が二人いるなんて世間にばれたら何を言われるかわからない。

だから、これは致し方がないこと。

話は平行線となったが、結果的には大人の意見としてどちらか片方が選抜として新曲披露をすることになるとなった。

ただし、あくまで握手会での初披露のみ、その後は交代で行うとのこととあり折衷案として承認された。

私は、レッスンに戻ろうとしたところで前の仕事で遅れてやってきたてっちゃんが現れた。



「みんな、おつかれー!遅れてごめんね!」



てっちゃん、平手友梨奈が荷物を抱えて姿を見せた。


「ああ!てっちゃん!お疲れー!」

「みんなの分、お土産買ってきたよー」


てっちゃんがそういってお土産を見せると、もう一人の私とゆっかーがてっちゃんの方にと駆け寄った。

私は、そんなもう一人の私の喜びようを見つめる。

私ももらおうかなと、そう思った時、私の袖を掴むゆっかー。


「あかねん、ちょっといい?」


私は、不思議に思いながらそのままゆっかーと一緒にレッスン室の外にと連れていかれる。

ゆっかーは周りを見渡して誰もいないことを確認している。

私はゆっかーが何をしているかわからないまま、ただその様子を見ていた。


「今から言うことはもう一人のあかねんにも、私にも、誰にも内緒にしてほしいんだけれど」

「うん」


いつもとは違う神妙な表情で告げるゆっかーに、私は頷くことしか出来なかった。


「分裂した私達……なんだか様子が違うんだよね」

「どういうこと?」

「なんていうか、みんな……友梨奈に対して優しいというか異常に興味があるというか」

「うーん、考えすぎじゃないの?」

「ううん、違う。それってさ……分裂したメンバーで唯一、友梨奈がいないのと関係しているんじゃないのかなって」


ゆっかーは考えながらつぶやいた。

私は、ゆっかーの言葉を聞きながら、考える。

確かに言われてみれば今回の分裂騒動でなぜか、てっちゃんだけが巻き込まれていなかった。

漢字欅坂メンバーで唯一……それがどういう意味を示すかはわからないけれど、不思議ではある。


「おーい、私!レッスン始まるよー!」


それはもう一人のゆっかーの声だ。


「うん、今行くー!……内緒だからね、あかねん」

「わかった」


何の根拠もない話。

ただ、なんだか不安な感覚を私は覚えた。

唯一、分裂が起きなかったてっちゃん……それは一体なんでなのか。

でも、いくら考えたって答えは出ない。

私は、その問題はゆっかーに任せることにして気持ちを切り替える。

そうしなくちゃ……もう一人の私には勝てないのを私は知っているから。



レッスン……休憩。



「今日はヤケに張り切ってるね、あかね」

「ホント、倒れないでよ?」

「「愛佳が言うな」」


志田愛佳の言葉に、私達はツッコミを入れる。

言われた通り、私達は互いに競い合う気持ちで、レッスンに励んでいた。

特に私は気持ちを切り替えるため、吹っ切れる気持ちでやっていたから余計かもしれない。

汗を拭いながら、大きく息を吐く。


「なんかあった?」


隣に座る私が声をかける。

私は、私からの問いかけに驚きながらも顔を向けて首を横にと振った。


「大丈夫だよ、自分に心配されるなんて変な気分」


私は笑いながら答えた。

もう一人の私は、そんな私の答えを聞いて静かに笑う。


「私にとって、私は一番大切なライバルだからね」

「……考えることは一緒か」


私はもう一人の私の言葉にそう答えた。

なんだろう、思うことが一緒なのが嬉しかった……。

だからこそ、私は頑張りたかった。

でも、頭の中に過るゆっかーの言葉……それは、例え忘れようとしても、もう一人の私の顔を見るたびに思い出してしまう。

それを忘れるように、私はレッスンに励んだ。

今度の新曲のダンスに励む私……何もかもを忘れてただ没頭して。

そこで一瞬、目の前が真っ白になった。




「……」




気が付いた私は、ベッドの上だった。

私は体を起こす。


「痛っ……」


頭に走る痛み……私は頭を抑える。


「茜?!」


私が目を覚ましたことに声をあげる……もう一人の私。

彼女は、涙目になりながら、私を抱きしめた。

私は何が何だかわからないまま、抱きしめられた私を包み込みながら、彼女のぬくもりに、また意識を失いそうになる。

それだけ、彼女の……もう一人の自分に抱きしめられたことに、言いようのない温かさと安心を覚えたのだ。


「覚えてないの?あかねん」


見舞いに来たゆっかーたちの話では、私がレッスン途中で倒れてしまったということだった。

ダンスの先生の話では練習に没頭しすぎで水分補給、十分な休息が取れていなかったことが原因とのこと。

私は、しばらくの間、休息をするよう伝えられた。

愛佳達は見舞いがてらに、同じ守屋茜同士でも差が出るんだねと笑っていた。

皆が見舞いを終えた後……。

私は、ベッドで寝転びながらため息をついた。

何が自分に勝ちたいだ、何が負けず嫌いだ……結局、私はゆっかーの言葉に動揺してこのざまだ。

これじゃあ、いつまでたっても欅坂46を引っ張ることなんてできないし

フロントメンバーの常連とかだって……。


勝負事は大好きだ。

でも、私はいざという時に勝負に勝てない。


いつも……いつもそう。


「……本当、何してんだろう。私」


頬を伝う熱い涙……。

自分が情けなくて……悔しくて……。


「はあ……また泣いてる?」


私が顔を上げると、そこにいたのはもう一人の私だった。

私は、自分に涙を見せるのがイヤで腕で涙を拭う。


「な、泣いてない!泣いてないよ!」


もう一人の私は、そんな私の強がりを聞きながら、私のベッドの隣にあるイスにと座った。

私は、彼女がそこに留まることを知る。

自分の情けない姿を晒したくない私は、顔を隠しながら口を開けた。


「……どっかいって」


私はもう一人の私から顔を背ける。

こんな姿、見られたくない……ましてやもう一人の自分なんかに。


「行かない」


もう一人の私は、そうはっきりと告げた。

私はそのまま、あふれる涙を止めることができないまま、声を震わせる。


「独りにして」


そんな私の言葉に、もう一人の私は優しく顔を横にと振る。


「独りになんかしない」


私は、もう一人の私の方に

と振り返った。

涙にぬれた顔を見せる私……そんな私の顔を見たもう一人の私。


「ホント……強がりなんだから茜は」


優しく微笑む彼女の言葉に、私は何も考えられいまま

もう一人の私の胸に飛び込んでいた。

彼女の胸に飛び込んで、両肩を掴みながら、体を震わせる。

そんな私の体を優しく抱きしめながら、髪の毛を摩るもう一人の私。

私は、そんなもう一人の私に優しく抱きしめられながら涙を流した。


私って……こんなかっこいいことできるんだ。


私は、私を理解して優しくしてくれる彼女に……胸が熱くなった。





翌日……。





ゆっかーと私は待ち合わせをしていた。

レッスン室の裏手にある休憩室で……。

先に着ていた菅井友香は、遅れてきた私を見る。

それは……最初からいた私達ではなく『分裂』をした菅井友香と守屋茜である。


「もう一人のあかねは?」

「うん、もう私に不信感は抱いてないかな」

「さすがだね、もう一人の私が不信感を抱いてるからどうなるかなって思ったけど」

「まあー任せて、私だってやるときはやるんだから!」


そういって私は、ゆっかーに自慢気に告げる。

ゆっかーは、もう一人の菅井友香が自分達に不信を抱いていることに気が付いていた。

さすが同じゆっかー同士、イヤでも通じ合うものがあるのだろう。


「でも、もう一人のあかねは、あかねに完全に惚れてるよね?なんというか目が違うっていうか」


今日レッスン室にあったときから、もう一人の私は私に昨日習ったところを教えてほしいと告げて

何かしら理由をつけてもう一人のあかねに触れ合う仕草を見せていた。

その目は輝いており、頬も赤くなっている……あれは完全に惚れている女子の表情である。

他のメンバーには見せない心の底からの笑みを私に見せていた。


「あかねも役者になれるよ!」


そう告げるゆっかーに私は首をかしげる。


「何言ってるの?ゆっかー」

「え?」

「同じ守屋茜に演技が通じる訳ないじゃん」


ゆっかーは私のその言葉の真意を掴み取れず首を傾げた。

私は、笑顔でゆっかーから視線を外す。


「茜~~!レッスン始まるよ!」


私が廊下の奥から声をかける。

もう一人の私は、その私の言葉を聞いて嬉しそうに歩き出す。

ゆっかーに背を向けたまま、もう一人の私は口を開けた。


「私だって……あんな私の顔見たらさ、胸が痛いんだよね……」


そのまま私は、駆け足で私の方にと向かっていく。

隣同士、腕が触れ合い……重なり合う私達は、お互い体を寄せ合いながら、レッスン室にと向かっていく。




同じ守屋茜同士だっていうのに……。


私たちのお互いへの想いはもう止まらない。

そして……、

この想いの強さの勝負だけは絶対に負けられない。







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