第5話 頼れるものは

 加藤という人間を親友と呼ぶのは癪だ。


 むこうは案外、赤の他人に毛が生えた程度にしか俺の事を認識しれないような気がするし。


 けれど、俺にとって加藤は一番に仲が良い友達には違いなかったし、加藤という人間はどんな時でも建設的な助言をくれるような気にさせる奴だった。


 だからこういう時に頼るのはいつだって加藤なのだ。

 

 俺はLineをした。

 放課後会わないかと。


 そうして、加藤の方はLineのメッセージに「りょ」などという何とも気の抜けた言葉を残し、俺が所属していたはずのクラス、1-3の教室で落ち合うこととなったのだ。


 夕方、加藤を除き、誰もいない教室。ごくごく一般的な教室にはもう俺の席はなく、そうしてだからこそ、とても羨ましい空間だった。


「よう」


 加藤はスマートフォンから視線を上げることもなく、片手をあげて挨拶をする。


 俺は教室の一番後ろ。加藤の席の隣に座った。黒板に今日の日直がチョークで示されている。きちんと時間割がかかれている。少し乱れた椅子。壁に貼られた張り紙。空になったロッカー。


 何もかもが価値のあるもののような、そんな気がした。


「で、お前何してたの?」


 ようやくスマートフォンを置いた加藤が聞いた。


 ♢


「特殊学級?」


「違う」


 と悪気なく言った加藤の言葉を俺は否定して見せたが、しかし、俺自身、加藤の言い方が最もしっくりくるように思えてならなかった。


 変人倶楽部などとうそぶいて見せても、所詮、集団生活もまともに過ごせない、つまはじき者の集まりに過ぎないのだ。俺たちは明確に隔離されていて、そして圧倒的に少数派なのだ。


 嫌になる。選ばれたとか、特別だとか、そんな気分じゃ決してない。ただ単純に仲間外れにされている気分で、そして、その仲間外れたちの中にも俺の居場所は存在しないのだ。


「まぁ、いいじゃねぇか、なんでも」


 気だるげに伸びをして、そんなことを加藤は言う。

 良くはないが、加藤が何と呼称しようが変人倶楽部が変わるわけではなくて、だからまぁ、確かに重要でないことなのだった。


「それとさ」


 だから俺は話を変えた。変人倶楽部に入れられたなんて話は、話してもしょうがないことばかりだった。道を歩いて棒に当たった話を延々と続けるようなものだった。


 解決策などありはしない。


 俺が本当に話したかったのは、加藤の意見を聞きたかったのは、こっちだった。


「俺、彼女ができた」


 加藤は「へぇ」とどうでもよさそうに答えた。


「おめでとう」


 と心にもないことを続ける。興味がなさそうに。俺も細かいやり取りは面倒だから。問題の部分だけ話すことにした。


「彼女になったの日浦」


「あ?」


 気怠そうな表情がぴくりと動き、そうして、加藤は左眉だけを下げ、いかにもいぶかしんでいるという表情をしてみせた。


「中学二年までいた、あいつか?」


「そう、日浦ほのか」


 俺が言うと、加藤は吐き出すように、


「馬鹿じゃねぇの」


 と呟いた。


 まぁ、予想通りの反応である。俺も逆の立場なら間違いなく言っていた。

 馬鹿じゃないのか?と。


「やっぱ、そう思うか」


「当たり前だ。あれは人間じゃない。宇宙人が人間の着ぐるみを着てるんだ」


 目が笑っていなかった。いくらなんでもそんなわけはない。けれど、加藤の表情はあまりに真剣で、俺はつい可笑しくて笑ってしまう。


「真面目な話だ」と加藤は言う。


「ごめん」と俺は謝る。


 だから加藤は、また至極真面目な顔で話をつづけた。


「なんで、そんなことになったんだよ。どこでどう道を間違えたらそうなるんだ」


「成り行き」


 俺は答える。思えば入学から今までの二日間、俺の意志は何もなかったように思う。流されて流されて、進む方に進んでいたら、こんなことになっていた。


 風の吹くままに。なんて、そんな良いものじゃないけれど。


 加藤は「なるほどな」と頷いた。


「で、どう気が狂ったんだ? 頭がおかしくなって日浦に告ったのか? 何かの間違いで日浦がお前に告白して、ちょうどお前も気が触れていて、OKを出したのか」


「後者、確かにあの時の日浦はバグってた」


「なんで断らなかったんだ?」


 加藤の問いに俺は答えに詰まった。


 包丁を突き付けられて脅されたと言えば格好はつくだろうか。俺の頭はおかしくなっていないのだと判断してもらえるだろうか。


 けれど、それはあまりにアンフェアなのではないかと俺は思うのだった。


「色々あるけど」


 と俺は言う。ちょっと前の加藤みたいに本当に馬鹿みたいに真面目な顔をして。


「日浦さ」


「ああ」


「近くで見ると、やばい可愛い」


「馬鹿じゃねぇの」


 加藤から真面目な表情が消えた。いつも通り気怠そうな顔になって、息を吐き俺から視線を外した。今度は俺だけが真面目な顔をしている。けれど俺は助言を求めたいのだ。こんな馬鹿なことを話せるのはこいつを除いて他にいない。


「俺、どうしたらいいと思う?」


「知らねぇよ。好きにしろ」


 にべもない加藤だが、まぁ、その内になにかしらの意見をくれるのだろう。なんだかんだこいつと俺は友達なのだ。


 けれど、加藤が加藤なりの意見を俺に述べることはなかった。友達だと思っているのは俺だけで、加藤は実は俺の事など気にかけていなかったというわけではない。


 …そうかもしれないが。


 しかし、ここで加藤が俺に助言をくれなかったのは、もっと明確に別の理由だった。


 邪魔が入ったのだ。


 もし、ここで加藤が俺のことを本気で止めていたならば、俺は一時の気の迷いに身を任せず、冷静に理性的な判断を下し、何が何でも変人倶楽部を脱退し、まとまで普通な高校生活を何の苦労もなく過ごせていたのかもしれない。


 けれど、現実は突然の来訪者により、加藤は俺に助言をすることもなく、俺は気の迷いに身を任せ続けることになる。


「あー、佐藤くんじゃん」


 と、教室に入って来たのは今朝、飴をくれた女の子だった。まるで長い付き合いの友達を見つけたかのように、今日あったばかりの俺に屈託のない笑顔を向けてくる。


 俺の方は名前すら知らないというのに。


「山田か」


 と言ったのは加藤だ。加藤は俺を指さして


「聞け、こいつな」


 この子、山田さん、という名前なのか、そう理解した後、加藤の方はしばらく何も言わなかった。俺を指さしたまま、時間が止まってしまったかのように静止し、そうしてようやく言った。


「訳の分からないクラスに入れられたらしい」


 それが取捨選択の後に産まれた言葉らしい。特殊学級も、宇宙人と付き合うことになったも、全て捨てられて、残ったのはひどく抽象的な言葉だ。


 山田さんは「なにそれ」と朝、俺の机がなくなっていた時のように不思議そうな顔をして、「佐藤くん、なんだか、変わったことばかり起きるね」と無邪気に言った。


 変わったことというよりかは不幸ばかりが起こっているのだが、しかし、まぁそんな言い方をされると、普通に飽き飽きしてきた俺にとっては、望み通りの、なんだか悪くないような気がしてくるのだ。



 山田さんは


「すごいじゃん」


 と目を丸くして素直に言った。


 隣の、特殊学級? と半笑いで聞いてきた男とは大違いである。


「天才たちを集めて、特別な教育を行うクラスがこの学校にあったなんて」


 あまつさえ目をきらめかる。


「そんなにいいものじゃない」


 俺は言う。


「授業もない。教師もほとんどいない、どっちかっていうと隔離病棟にでも送られた感じ」


 しかし、山田さんは首を振る。


「違うよ。佐藤くん、話してて変な人って感じ全然しないし、異常者って感じじゃないよ。だから、佐藤くんは純粋に凄い人なんだね」


 俺はもうなんだかこそばゆい。加藤に助けを求めようと視線を送るが、加藤はもう完全に興味を失ったようでスマートフォンをいじっていた。


「違う。だから俺は、幼馴染に巻き込まれただけ」


 山田さんは、首を傾げる。「ふぅん?」と唇を少し尖らせて、微妙な顔をする。


「幼馴染って、ただの一生徒なんでしょう」


「そうだけど」


「巻き込まれただけじゃ、色々と説明がつかないんじゃない。だってただの生徒一人が、クラスの配置換えなんてできるわけないじゃない」


 即座に否定はできなかった。


「確かに」と呟いてしまう。


「ほら」と山田さんはにこりと笑った。


 日浦は普通じゃない。普通じゃなくて、全て自分の意のままに物事を操っているように感じるけれど、日浦という人間は、大きな組織に対しては無力なのである。


 悲しくなるほどの物量差。日浦がいくら優秀であっても、日浦の異常な思想についてこられる人間は誰もいない。日浦と話し合える人間なんて誰もいない。だから、俺のクラスを変えさせる根回しなんて日浦の最も不得手なことであったはずだ。


 とはいえ、俺という人間が平凡であるのは、他ならぬ俺自身が一番に知っていて、その事実が覆がえったわけではないのだ。


「でも、まぁ、やっていけそうにないんだよな。クラスメイト、幼馴染を含めて、3人しかいないんだけど、みんな癖が強すぎて、なんか仲良くなれそうない」


 そんな愚痴をこぼしてしまう。言っても仕方ないと思って、加藤にすら言わなかったことだ。


「それはどのクラスでも、みんな同じだよ」


 と山田さんは言う。


「みんな最初はどんな人か分からないから、気難しそうに見えたり、怖そうだったり、取っつきずらそうだったりするけど、案外仲良くなってみたら、そうでもなかったりするものだよ」


 山田さんは、加藤のほうに視線をやる。


「ほら、加藤くんとか、いかにも気難しそうだけど、話してみたら、ただの面倒くさがり屋さんだし」 


「確かに」


 俺はまたも呟いてしまう。


「確かにじゃねぇ」


 加藤も呟く。


 そうして最後に山田さんは、言ったのだ。


「万が一、本当に友達出来そうになかったら、私が遊んであげるから、大丈夫だよ。私たちもう友達でしょ?」


 そうして、俺はまた飴玉を貰った。山田さんは、元気がなさそうな人には飴をあげているらしい。


 やたら飴をくれる女の子。フルネームを山田さち。というらしい。

 俺は今更ながら加藤に聞いて、名前を知ったのだ。


「付き合うならああいう子だろ。今からでも断ってこい」


 加藤はそう言ったが、もう面倒くさくなってきている加藤の言葉は明らかに適当で、俺は「ああ」と空返事をしただけだった。

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