第6話 繰り返しの世界―その4
「ハッ、…」
もういい加減にうんざりするほど気が滅入っているのを彼は実感していた。何度、自分を殺せばいいのか、どれだけの苦痛を味わえばこの地獄のようなループから抜け出せるのか。
それだけを唯々考えていた。
場所は、どこかの屋上だった。白いベンチが複数置いてあり、その一つに前かがみの状態でうたた寝をしていたようだった。
『早い目覚めだったな、人間』
聞き覚えのある声だった。
胸の位置まである金色の長髪に、吸い込まれるような赤眼。服からの露出した白い肌はとても綺麗で弱弱しいものだった。
「今度は何をした?どんな世界に俺を閉じ込めた?」
上内は問いかける。
てっきり残虐で冷酷的な発言が返ってくると思っていた。どうせまた、上内自身の『過去』に直接関係するような世界だと思っていた。
だが。
『何も』
たったの一言。
『天使』の口から出た言葉はそれだけだった。
「何もってどういうことだ?意味が分からない」
『言葉通りに受け取って構わない。『生物』も『事象』も何一つとしてこの世界には存在しない。今回、私は『世界』という器に『建設物』を置いただけだ。その他のものは何も指定していない。良かったな、お前の『思い出』が汚されなくて」
悪戯な笑みを『天使』は浮かべる。
「…、だったら何が目的で俺をこの世界に連れて来た?お前の言う通りなら、俺をこんな所に連れ込むメリットなんて無いはずだ」
上内は
『おいおい、そう怖い顔をするな。私はお前の『願い』を叶えようとしているだけだぞ』
「願、い?」
言葉の意味がよく分からなかった。『天使』が何を言いたいのか、上内に一体何をさせようとしているのか。皆目見当もつかなかった。
『なんだ、まだ理解していないのか?仕方のない奴だ』
そう言って『天使』はいつの間にか右手に持っていた何かを上内に向かって無造作に放り投げる。カラン、コロンと地面を滑るように転がっていき上内の目の前で止まった。
一つ息を呑んだ。
それは包丁だった。三徳包丁と呼ばれる柄が黒色で刃渡りが十五センチ~二十センチメートルの家庭用包丁。誰もが人生の一度くらいは目にする代物だ。
嫌な予感がした。
何やら今まで以上の苦行を、絶望を強いられるような、そんな予感を本能的に感じ取ってしまう。背筋には冷や汗をかき、呼吸が少しばかり早くなる。上内は彼女の言葉をこれ以上聞きたくはなかった。
それでも。
冷酷なまでに『天使』は告げる。
『それで死ねよ』
と。
その日は西に太陽が傾いていた。だからなのか『世界』が全体的に夕焼け(オレンジ)色に染まっていた。
『これは何度も言っていることだが』
一直線に『天使』は上内を見据える。
『お前は自身を殺すことで満足する人間だ。確かに具体的な動機で自殺を選択した。そこは認めてやる。実際、そう記述されているのを私は読んだしな。だがな、結局のところそれら全てはお前の願望を叶えるための言い訳に過ぎない。お前は心の底から無自覚に『自分を殺したい』と願っているんだよ』
「…、」
『だから私が叶えてやるよ。そんな言い訳をタラタラしなくてもすぐにサクッと自殺できるように環境を整えてやる。なんなら、人間からお前を殺させようか?例えば、『神崎セツ』とかどうだ?自殺とは少し違う方法だがこれもまた経験だ。身内に殺されるとはなかなか新鮮に感じると思うぞ』
「神、崎、、、?」
震える声でその名前を上内は呼んだ。
黒い髪に整った容姿。チャームポイントの赤色のヘアピンはセーラー服と相性が良くとても似合っている。どこからどう見ても普段学校で合う『彼女』と変わらなかった。左手に鋭い三徳包丁を持っているところ以外は。
『ここから先はお前の選択だ。そこに落ちている包丁を拾い上げ自分で自分を殺すか。それとも目の前に立っている『人間』に殺されるか。何方が良い?何方でもいいぞ。好きな方を選べ』
それは容赦のない選択だった。
「こんなの、卑怯だ」
『だろうな』
一歩ずつ『彼女』は上内に近づく。
「俺がどれを選ぶかだなんてお前ならすぐに分かるだろ。俺の中にある『神崎』を守るために、その過去を汚さないために俺が、俺自身を殺すってことくらい分かっていただろ」
地面に放置された三得包丁を上内はゆっくりと手に取る。
「なのに、なのに。こんなことを実際にしやがって…。畜生。畜生。俺にもっと勇気があれば…」
『だったら、今すぐに立って逃げれば良い。そこに下に通じる出入口があるから早く行けよ。まあそれを選択できていれば自殺なんてしていないがな』
上内は黙って三得包丁の刃の部分を震える手で自分の胸に向けた。「
『なあに。心配するな。お前が満足できるまで何百回でも何千回でも付き合ってやるよ。ありとあらゆる環境下で殺せるように設定してやるから』
そして。
軽い調子で『天使』は締めくくった。
『早く『願い』を叶えろ』
その瞬間、上内里留は勢いよく自身の胸を貫き。
そして。
そして。
4度目の死を迎えた。
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