第125話【予期せぬ特訓① 恐怖と暗示】


 「......。」


 何だ。何でこうなった.......。


 さ、さすがに学校の校門であのまま騒がれるのはものすごくまずかったからアレだけど......。


 「それにしても、ここって.......。」


 「さぁ、どっちがケンちゃんの練習相手にふさわしいか。公平に決めましょうか。」

 「ふん。望むところよ。超人気アイドル様だからって、私をあんまり舐めない方がいいわよ。」


 「........。」

 は?

 

 いやいやいや、本当にこれはどういう状況.......?

 とりあえず、これ以上変なことを起こされてもかなわないから彼女達に言われるがままについて来たけど。いや、連れて来られたけど......。

 な、何だ。さっき俺達、ものすごい高層ビルの中に入ってきたよな?

 

 そして何だ。辺り一面鏡張りのこの広い部屋は......。


 あと何かものすごい顔の怖いガタイのいいおっさんが1人いるんですけど......。誰。

 あと何でそんなに二人とも俺の練習相手を......?


 「へぇー。あんたがそうなんだ。ちょっとメガネとってみなさいよぉ。」


 で、な、何だ。その口調.....。

 このスキンヘッドに髭のおっさんは一体......。


 とりあえず得体の知れない目の前の男の恐怖に、俺は素直にかけていたメガネを外す。


 「あらー。やっぱり良い男じゃなーい。うふっ」


 「ひっ......。」

 な、何だよ。本当に何だよこのおっさん。俺の身体を舐めまわすようにして舌なめずりって。

 こ、怖すぎるだろ。何だ。そもそもここは一体.....ひっ


 「先生、今日は私と柊さん、どちらがその男の演技の練習相手にふさわしいかを決めていただきたいのです。」

 「ふーん。面白そうじゃないアリサぁ。でもそもそもパートナー役に決まったのはあなたじゃなかったかしら?」

 「はい先生。その通り。その通りなんです。わ「いえ先生! さすがに彼女はいくら先生が指導をしているとは言えまだまだ演技は実践経験のない素人。やはりここは少しでも経験のある私の方が適任だと思います!」


 「へぇー、まぁ沙織が言うことも一理あるわねー。それにすっごく面白そうだわ。私、そういう面白そうなこと好きよぉ。いいわ。私も暇じゃないけれど今日はとことん付き合ってあげる。」


 「.........。」

 へ? せ、先生?


 「でも、沙織ぃ。アリサはこの私から見ても演技の天才よ。舐めてかかったらいくらあなたでもすぐに喰われちゃうわよぉ。だから本気でねぇ。」

 「はい。もちろんです。言われなくても全力で叩きのめします。」

 「はい? それはこっちのセリフなのだけれど。」


 って、また二人が.....。

 それに......た、叩きのめす? 何を?


 「ふはははは、いいわ。面白い。面白いわー。女の戦いってやつねぇ。じゃあさっそく始めようかしらー。間宮くん......だっけ? まずはセリフの読み合わせから始めるわよぉ」


 「え、いや「始めるわよぉ」


 ひっ...... 


 「はい.......。」

 な、何で......

 


 _______「いいじゃない。二人ともー。いつにも増していいわぁ。素晴らしい!」


 「........。」


 「それにに比べて、あんた......。いくら素人でもちょっと棒すぎない......。」


 「........。」

 い、いや.....仕方がないだろ。俺は根っからの素人だぞ。


 「はい。もういっかい。今日はあんた帰れるかしらねぇ。」


 はぁ.........。

 本当に何でこんなことに。

 まぁそういうことだよな。ここは彼女達の事務所。いわゆるあの社長のおっさんの芸能事務所のレッスンスタジオと言ったところだろう......。


 本当に何で俺はいつもいつもこう気がついたら......。

 真剣にため息しか出ない。


 こんなんもう無理だ。

 そもそも本当に何で俺がドラマになんて........。


 「こんなんじゃ、アリサも沙織もあんたの練習相手には程遠いわよ?わかってるの? ドラマなんてもっての他よ!」


 いや、だから別に頼んでないんだって......。ドラマだって.....

 はぁ.....。さっきから何度も何度も色んなセリフを怒られながら.......。


 もう嫌だ.....。

 本当に嫌だ。

 もう晩御飯の時間じゃないか。早く家に帰らしてくれ.......。


 「はぁ.....まぁいいわ。セリフ読みばっかりもつまらないでしょうし、ちょっと立ち稽古でもやってみましょうか。」


 くっ......まだやるのかよ。

 本当にもう嫌だって.......。

 はぁ.......。


 「あら、何をそんなに疲れた顔をしているのかしら。疲れているのは私たちの方なんだけどー。じゃ、とりあえずあのシーンいこうかしらね。かなり有名なあのシーン。」


 「.........。」

 はぁ......あのシーン?


 そしていつの間にか髭のおっさんは俺達に向けて漫画を広げて見せてくる。


 「そう。床ドンよ。」

 

 床ドン.......。


 「とりあえず間宮くん。このシーンで及第点をだせたら今日のところは返してあげるわ。まぁおそらく中々帰れないでしょうけどねぇ。」


 くっ........。本当に何でこんなことに。 

 そ、それに彼女たちと床ドンって。そんなのそんなのヤバすぎるだろ。

 いや真剣に.....。 


 「まぁ100%ないとは思うけど、逆を言えば一発で私にOKを出させればすぐに帰れるわよぉ。だから死ぬ気で頑張りなさいよぉ」


 いや、もう既に死にそう.....。

 本当に......。


 「それに、あんまり時間がかかるようだと途中から相手は私になるから、よ・ろ・し・く・ねぇ。うふっ」


 ひっ......

 また舌なめずり。う、嘘だろ。

 無理無理無理無理。怖いって怖いって。絶対無理。

 ひ、髭のおっさんと床ドン。うん。絶対無理。


 「じゃあ始めるわよ。とりあえず最初の相手は......」


 「「はい!」」


 「あら、彼と違ってまだまだあなた達は元気ねえ。さすがよ。」


 「私に任せてください。絶対に初めは私です!」

 「いえ、先生。私です。やらせてください!」


 「........。」

 本当に何で二人ともそんなにまだ元気なんだよ......。

 おかしいだろ。


 「んー。じゃあー。なんとなくまずは沙織!」


 「よし!」

 「くっ.......何でなの!」


 って、今思えばこのシーンって蓮のシーン。

 俺関係ないじゃねぇか.......。

 しかも結局、これ蓮がヒロインの沙織にせまって拒絶されてビンタされるシーン。


 要するにやり直しがあるごとに俺は彼女たちにビンタを........。

 いや、何で......。


 くっ.......あの時のトラウマがまた。


 「........。」


 そう........。田中君に何百回とビンタをされたトラウマ。

 ついビンタ返ししてしまってからピタッとこのシーンの練習は終わったけど。


 最近は彼とはもう練習自体してなかったけれど、あの痛さに関しては身体がもう完全に覚えてしまっている。


 「.......。」


 って、気がつけばもう柊さんが仰向けに......。


 お、俺が今からあの上に......。

 いや、む、無理だろ.....。田中君ならまだしも、お、俺が柊さんに床ドン......。

 それにこの後、渋谷さんにもだろ.....。


 「........。」

 いや、さすがにこれは......。


 「うん。沙織の準備はできたようね。じゃあ始めましょうか。よーい。アクション!」


 いや、無理。

 うん。無理無理無理。


 「ちょっと。あんた何してんのよ。そんなに私との絡みがしたいの。もしかしてあなたもそっちぃ?」


 ひっ、ま、また舌なめずり。

 そ、それに瞳孔が、ひ、開きに開ききって....。

 

 ひっ......


 な、何で。くっ.......た、退路が完全に。

 こんなの無理ゲーだろ。無理ゲーすぎる。

 

 でもやらないとあの髭と.....。

 それに家に......。ってことは何回も何回もあの髭と......。


 「........。」

 ま、まさに無限地獄.......。

 絶対に絶対に嫌だ。

 それにもう体力も......。


 でも......。


 「........。」


 そ、そうだ。

 相手は田中君。そう田中君だ。

 田中君とならまだ......。


 相手は田中君。相手は田中くん。相手は田中君。相手は田中くん。相手は田中くん。相手は田中君。相手は田中君。相手は田中君。相手は田中君。相手は田中君。 


 間違いなくあそこに仰向けになっいるのは田中君。

 誰が何と言おうと田中君なんだ。


 そう。田中君でしかない。

 田中君でないと困る。


 絶対に田中君。

 助けてくれ田中くん。


 田中。田中。田中。田中。田中。田中。田中。田中。 田中。田中。田中。田中。田中。田中。田中。田中。田中。田中。田中。田中。田中。田中。田中。田中。田中。


 み、見えた......?


 「........。」


 あ、ああ、た、田中君だ......。

 うん。田中君だ。

 

 行くぞ.....。


 行く。


 行くぞ。田中君。


 

 


 

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