第2話 【カツアゲ】

 今日も誰とも喋らずに学校が終わった。

 とりあえず、一刻も早く家に帰りたい俺はまたいつもの様に終業のチャイムと共に学校を後にして最寄駅へと向かう。


 そしてそんな俺の目に映るのは、楽しそうにはしゃぎながら帰路につく有象無象の生徒達。

 登下校も青春の1ページだと言うが、この学生として当たり前の華やかな光景の中に俺の姿はもちろん入っていない。


 そう。その中を一人で虚しく早歩きで歩いているのが......。


 不本意ではあるが、友達と楽しく下校する者達を俺が早歩きでごぼう抜きしていく。そんな光景がもはやこの通学路では当たり前の光景となってしまっていた。


 「金だせよ。オラ」


 しかし、この日はいつも通りの当たり前のその光景の中に非日常がふいに紛れ込でしまった様。


 「俺らが怒らないうちに早く財布だせって」

 「まじ早くしてくれないと殺しちゃうよ?」


 具体的には、駅前でうちの学校の制服を着ている1人の男子生徒が、あからさまなヤンキー達にカツアゲされている光景が俺の目には飛び込んでくる。


 相手は5人程いるのだろうか。


 今の俺の目には、ヤンキー達に取り囲まれて怯えている

 痩せた身体に眼鏡のうちの生徒の姿。


 見たことはないがおそらく1年生だろうか。

 胸ぐらを掴まれている彼のその瞳からは既に涙がわかりやすくこぼれている


 そして今思い出したが

 朝のホームルームで確か先生が言っていた様な気がする。

 この近くの他校の生徒が先日、不良数人に全治2週間の怪我を負わされる事件があったとか何とか。

 犯人達には逃げられたとのことで、くれぐれも登下校の際には気をつけるようにと促されていたが


 明らかにもう遅い.......。


 なんせ、俺の目にはヤンキー達に泣かされているうちの学校の生徒がさっきから思いっきり映りこんでしまっているのだから。

 現にさっきまで楽しそうに騒いでいたうちの生徒達も、その光景が自分に近づくにつれて明らかに口数が少なく静かになっていく。

 おそらく他の生徒達も俺と同様にこの光景を認識していることに間違いはないということだ。


 まぁこの騒がしい光景を認識してないわけがないのだが。

 誰もがそのいつもと違う非日常を日常に起こっている出来事とは認めようとはせず、あたかも何も自分達の目の前では起こってはいないという顔で通りすぎていくのが現実的な光景だ。


 今、同じクラスの榊と守谷といった男たちも静かに改札を通り抜けていった.......。  


 「そんなもん。俺の前に現れたらボコボコにしてやんよ。」

 「てか、逆に出てこいよな」

 

 などと、ホームルームでイキリにイキリまくっていたクラスの上位カーストとも呼ばれているあの榊と守谷がだ。

 一切あのヤンキー達とは目も合わせずに下を向いて静かに小さくなっていく。


 まぁ、相手は刺青なども体に入った見るからに危なそうなヤンキー達だ。

 実際に奴らが怪我人も出した危ない奴らという情報が朝にもあった。

 彼らの様にあの光景に関わらないのが得策であり正解であろう。


 無論、俺自身もあの光景に関わるつもりはない。

あんな奴らに関わっても何ひとつ良いことなんてないのはわかりきっている。


「ん......?」


 ただ、そんなことを考えながら榊たちの様に改札の横を通りすぎようと定期券を取り出した俺の右手は、気がつけば何故か何者からか力強く掴まれてしまっている。

 意味がわからないが確実に.......。


 嫌な予感しかしないが、ゆっくりと顔をあげる俺。


 「お前もこっち来いよ」


 そう。


 意地の悪い笑みを浮かべて俺の手を引っ張てくるヤンキーがそこにはいた........。


 完全に俺も標的にされてしまったようだ。

 いつの間にか俺も奴らに囲まれてしまっている。


 最悪だ......。


「お前も金だせよ、コラ」


 とりあえず、号泣眼鏡君と共にヤンキーたちから凄まれている俺。


 情けないが、いかにもカツアゲされそうな2人組がカツアゲされている。

 これが周りから見た客観的な光景だろう。


 その光景を嘲笑うように通りすぎて行く者たちの姿もチラホラと俺の目には入ってくる。


 同じクラスの榊の小判鮫である高砂もその1人だ。

 差し詰め、明日またカツアゲされていた俺の陰口で盛り上がれるとでも思っているのだろう。


「はぁ.......」


 そんな光景を想像すると、俺の口からはまたも溜め息が漏れでてしまう。

 本当に何でこんな不遇な学生生活を送らないといけないんだろうか。


 そして、そんな俺の態度が癇に障ってしまったのだろうか


「コラ、なめてんのか? お前」


 唐突に一人から俺の顔面に向かって拳がとんでくる。

 すぐさま辺りに響き渡る人間が殴られる鈍い音





「はぁ......」





 何分ぐらい経ったのだろうか。間に合うのだろうか。次の電車。

 

 とりあえず、ボコボコになった無惨なヤンキー達が倒れている光景。


 そして誰かが通報したのだろう。パトカーの音も遠くから聞こえてくる。


「はぁ........。」


 今日何度目のため息かはわからないが

 とりあえず面倒事は避けたい。


 そんなことを考えながら、俺は静かに改札を通り抜けて自宅方面に向かう電車に駆け込んだ......



 ◇◇◇◇◇


 それにしても、正当防衛とはいえ久々だったから特に拳が痛むな。

 本当に不遇。俺が一体何をしたっていうんだよ。 


 まぁ、今日の勉強も終わったし、撮り溜めていたドラマでも見るか。


 バシッバシ、ドスッバシッ


 くそ、それにしてもうるさい。


 なんで一階がボクシングジムなんだ.......。


 結局、辞めても付きまとってきやがる。

 じいちゃんが元世界チャンプだか知らないがもう俺には関係ない。


 俺は俺でやりたいことがあるからな。  


 イヤホンはどこだ。どこにいった?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る