13. 怪しい者ではありません
「センセ」
脇から声をかけられます。振り返ります。
「どもっす」
えり緒さんです。手を挙げて挨拶をしています。
「修羅場ってるっすか」
「今いいところです」
「かぶりつきっすね」
美桜さんを連れてきたのはえり緖さんです。
えり緒さんが窓から覗き込みます。僕は押しのけられます。
「気づかれないようしてくださいね」
「平気平気。役者は劇に夢中っすよ」
えり緒さんの顔が歪みます。愉悦の色です。
遠くから声が聞こえました。
振り向きます。警備員さんが歩いてきます。
えり緒さんが体を離します。僕も器具庫の壁から離れます。
警備員さんが誰何します。
「怪しい者ではありません」
僕は正直に答えました。
えり緒さんが僕にささやきます。
「今いくら持ってるすか」
僕は黙って指を三本立てます。
えり緒さんが一歩前に出ます。
「こちらは家庭教師をされている天川先生です。五者面談においでくだすったのですが、道に迷われたとのことで、わたしを呼びつけられたのです。わたしが校門までお連れいたしますのでお構いなく」
警備員さんは口を開けて固まっています。
「えり緒さん。まだ授業中です」
可愛い教え子の顛末を見届けねばなりません。
「先生」
えり緒さんの肘が肋骨に刺さりました。もちろん警備員さんには見えない角度です。
「通報されないだけ御の字っすよ」
えり緒さんが耳打ちします。
警備員さんが気を取り直しました。早々に出ていくようにと僕たちを促します。
器具庫の窓を見ます。真っ暗です。離れてしまったので中が窺えません。
えり緒さんが僕の腕を引きます。
こうなっては仕方ありません。
校門の外に出ました。
警備員さんはまだこちらを見ています。尚も不審の念を抱いているようです。
この期に及んでは早々に立ち去るのが吉というものです。
停めておいたヴィッツに近づきます。
コートの裾を引かれました。
「センセ、お小遣い」
えり緒さんが手を差し出します。満面の笑みです。
「はい」
財布を差し出します。
引ったくられました。
えり緒さんが財布を開きます。笑顔が固まります。
「足んないすよ」
「ちゃんとあるでしょう。三千円」
えり緒さんは頷きました。お札を三枚抜きます。
財布が返ってきます。
「センセ、学習能力ないっすね」
えり緒さんは僕に背を向けました。
「教えたはずっす。無手でアウェイに乗り込んじゃダメって」
えり緒さんが手を挙げます。
「助けてください。不審者です」
警備員さんと目が合います。
僕は笑って会釈をしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます