第7話 サンドイッチ
なんとなく違和感を覚えていたけど、まさか目の前に女の子が
「
僕が今日のデートを予行練習にしたように、透子さんも明さんに代わってもらって様子を見たわけか。
「だからこの服は本当にウチのやつ。透子はもっと大人しめっていうか、
「そっかー。透子さんにしては思い切ったなって思ってたんだけど」
「透子だって髪をイジってこの服を着ればこんな感じになるはずだよ。だってウチら双子だし。せっかくの美少女がもったいない」
「それって自分で自分を可愛いって言ってるようなものじゃない?」
実際可愛いから反論はできないんだけど。
「えへへ。バレた? 妹を褒めたようで実は自分の可愛さアピールする作戦」
明さんは満面の笑みを浮かべてピースサインをする。どんなに悪いことをしても許したくなるような太陽のような笑顔だ。
「そんな作戦を使わなくても明さんが可愛いのはわかってるよ」
「ありがと。がんばったかいがあったよ」
素直に褒め言葉を受け取ってくれるのはなんとも明さんらしい。だから周りの人も褒めるし、明さんもそれに応えるんだろうな。
「だけどごめんね。全然明さんって気付かなくて」
「いいいの、いいの。むしろ気付かれてウチもビックリっていうか」
「透子さんもデートが嫌ならキャンセルしてくれても良かったのに」
「それは違うよ」
明さんは力強くハッキリと否定した。
「さっきも言ったけど、初めてのデートでどうすればいいのか不安なだけで嫌なわけじゃないから。これだけは覚えといて」
「う、うん」
「あの子、昔からそうなのよ。ウチがやったことを後から追いかけて満足するっていうのかな。自分が先に初めてのことをやるのを恐がるのよ」
「確かに透子さんは自分から積極的に動くタイプって感じじゃないよね。僕も人のことは言えないけど」
「それでウチが硝くんとデートして、その情報を元に透子がウチの代わりにデートするってことになったわけ」
どうやら双子の中で入れ替え作戦が進行していて、僕はまんまとそれにハマってしまったらしい。
明さんは再び右手でカップを持つ。そのカプチーノに、僕が透子さんだと勘違いしていた人との思い出の猫はもういなかった。
「それにしてもバレちゃうとは。やっぱりウチがずっと敬語なのおかしかった?」
「ううん。そこに違和感は全然なかったよ。でも、なんか顔が違うような気はしてたんだけど」
「ほほー。硝くんの観察眼は鋭いですなー。実はウチらの顔には決定的な違いがあるのです。これで絶対に見分けが付くポイントが! 知りたい?」
「知りたい! また間違えたら失礼だし」
透子さんが明さんのフリをするのは想像できないけど、その逆パターンは完全に騙されるのを経験済み。見分けるポイントがあるのならぜひ知りたい。
「ところでさ、硝くんはどうしてウチが透子じゃないって思ったの?」
「ええ、教えてくれないの」
「もしかしたら硝くんはすでにポイントに気付いてるかもしれないじゃん。答え合わせ的な?」
顔をグイっと近付けて僕に回答を迫ってくる。明さんの話では自分の方が少し小さいらしいけど、それでも十分に発育した胸元が無防備になっていて、視線はついそこに行ってしまう。
「……
胸元を手で押さえて乗り出していた体を引っ込める明さん。
「透子さんみたいに言わないで。あれ、地味にショックだったんだから」
「大人しい子にドン引きされるとダメージが大きいってマジなんだね」
その情報はどこで仕入れたのか謎だけど、明さんならドン引きしたあとで笑いにしてくれそうだけど、透子さんはマジで引いて終わる気がするから怖いんだよね。
「それでそれで。どこで違うって気付いたの?」
「あー、うん。確信はなかったんだけど、さっきスマホで写真を撮る時とか、カップを持つのが右だったからさ。たしか透子さんは左利きだと思って」
「へー。硝くんは手フェチなのかな?」
「違うよ。この前IDを交換した時、双子でも利き手が違うんだなって印象に残ってて」
別に指が細くて綺麗だな。とか思って見惚れていたわけじゃない。
「あと、今思い返すと、慣れないって言ってるわりにヒールで歩くの早かったなって。慣れない靴を履いてる女の子と一緒に、猫を追いかけようって提案する僕も僕だけどさ」
「あの時かー。もっと慣れない感じでよろけて硝くんの胸に飛び込めばよかった?」
ニヤニヤとイタズラな笑みを浮かべ楽しそうだ。今は明さんとわかってるから、からかわれてるだけって思えるけど、もし透子さんだと勘違いしたまま僕の胸に飛び込まれたりしたら……非日常の雰囲気に押されて告白してたかもしれない。
「そ、そんなことしたら危ないからダメ! それにしても、なんで入れ替わりなんてしたの? 普通に明さんが本人としても来ても良かったんじゃない?」
「うん。今だったらそういう風に思えるよ。でも、ウチは、透子に対して硝くんがどんな風に接するか知りたかったの」
明さんと透子さんは全然タイプが違う。もし待ち合わせ場所に来たのが明さんとわかったら、映画を見て、この店に来ただろうか。透子さんの参考になるように、あえてそういう風に振舞ったのだとしたら妹想いとうか、ちょっと過保護な気がする。
「ウチが代わりにデートに行くのは透子の頼みなんだけど、透子のふりをするのはウチの提案なんだ」
「それはどういう」
「硝くん、シンデレラって知ってる?」
「うん。カボチャの馬車でお城に行って、0時に魔法が解けちゃったけど王子様がガラスの靴でシンデレラを探し当てる話だよね?」
「そう。そのシンデレラ」
唐突にシンデレラの話題になって若干混乱する。それが今回の入れ替わりと何の繋がりがあるんだろう。
「ウチと透子の誕生日は二分違いで、ウチは十二月二十五日の二十三時五十九分、透子は二十六日の0時一分なのね」
「うん」
「鈴野家はクリスマスと二人の誕生日を一緒にしないで、三日連続パーティが恒例なんだ。すごいでしょ?」
僕は黙ってうなずく。どうにも話が見えてこない。
「まあ、これはあんまり関係ないんだけど、シンデレラだよ。ウチらが初めてシンデレラの絵本を読んでもらった時、透子はこんなことを言ったんだ」
お姉ちゃんはシンデレラの魔法が掛かってるけど、私は魔法が解けちゃってるんです。
「ウチはそんなことないって言ったんだ。でも、ウチはお姉ちゃんらしく透子より勉強も運動も頑張らないとって必死に努力してたら、いつの間にか差が付いちゃった。それを透子は魔法の力だと思ってるみたいで」
そんな思い込みで双子の姉妹に差が付いた? にわかに信じがたいけど、成績に差があるのは事実だし、明さんの表情は真剣だ。
「透子だってバカな妄想だってわかってると思う。でも実は、ウチもシンデレラで気にしてることがあってさ」
ずっと喋っていて喉が渇いたのか明さんはカプチーノを飲み干す。
「シンデレラって、魔法が解けた後に幸せになってると思わない? 透子の幸せは約束されてるけど、ウチは魔法が掛かってる間にたくさん努力して、魔法がなくなったあとの人生をどうにか生きていかなきゃいけない。そんなプレッシャーを感じちゃってるんだ」
魔法が完全にないとは言い切れない。とは言え、まさか明さんが子供の頃に知ったシンデレラの魔法でこんなにも思い悩んでいるとは。
「明さんと透子さんって顔は同じなのに全然印象が違うと思ってたけど、シンデレラの感想も違うんだね」
「ウチも本気で魔法の力なんて信じてない。でも、もし本当に魔法があったら、魔法が解けたあとのウチはどうなっちゃうんだろう」
「もし魔法が解けてもさ。明さんが勉強したことや経験したことはなくならないでしょ?」
少し重くなった空気を変えるため、『僕も魔法について全然知らないんだけど』と冗談ぽく付け足す。
「魔法の力でテストで良い点を取ったわけでも、バスケ部でレギュラーになったわけでもない。シンデレラの魔法は、明さんの背中を押しただけだと思うんだ」
明さんはうつむき、黙って僕の言葉に
「透子さんは魔法が掛かってないかもしれないけど、それは裏を返せば魔法が解ける心配がないってこと。将来の不安がないって明さんからしたら超羨ましいよね」
右手でそっと目元を拭うと明さんは顔を上げた。
「ふふ。そんな考え方もあるんだね。さっき見た映画みたいに、想像はいろいろなんだなあ」
「なんて、ずっと悩んできた人にこんなことを言うのはおこがましいけど」
「そんなことないよ。すっごい元気出た。いつか透子にも硝くんの口から伝えてあげて」
「いや、明さんが家で話してあげれば……」
「ダーメ。だって、ウチは硝くんの言葉に救われたんだもん。透子も硝くんの言葉で救われないと不公平じゃん」
元気を取り戻した明さんはまた無邪気な笑顔で僕に語り掛ける。この強さがあれば魔法なんてなくても大丈夫と思えるくらいの眩しい笑顔だ。
「救うなんて大それたことじゃないよ。僕はただ自分の感想を言っただけだし」
「考えに考え抜いたんじゃなくて、今この場でその感想が出てきたことが嬉しいの。ウチら姉妹を二人の別の人間として見てくれてる。そんな硝くんのことが……」
「僕のことが……?」
顔を赤くして、空になったカップをすする明さん。
しばしの沈黙のあと、それを破ったのも明さんだった。
「そうだ! ウチと透子を見分ける最大のポイント。正解はね、泣きボクロ」
「ああ! 言われてみれば左目の下にホクロがある。そうだ。髪で隠れてるけど見たことあるよ」
一年も毎日顔を合わせていれば髪に隠れた部分が見える時もある。利き手の時と違って姉妹を比較したわけじゃないから、透子さんだけの特徴だって気付けなかった。
「泣きボクロってなんかセクシーじゃない? 胸だってほんのちょっと、双子だから大差はないけど、ほんのちょっとだけ大きいし。妹なのに透子の方が大人の色気みたいのがあるんだ」
「確かに透子さんの方が落ち着きがあるかな。明さんのなりきりもうまかったけど、一日が限度なんじゃない?」
「そうそう。あの子、家族にも敬語だからそれを守ればなりきれるんだけど肩が凝るんだよね。硝くんが見抜いてくれなかったらもっと疲れてたかも」
プシューっと空気の抜けた風船のように脱力する姿は、堅苦しい古典の授業が終わったあとに見かけるものと同じだった。
「明さんって緊張が解けると空気が抜けたみたいになるよね」
「ウソ!? もしかして学校でもこうなってる?」
「古典のあととか特に」
どうやら自覚がなかったらしく、うわああああと声を上げて頭を抱えている。
「あー、でも。そんなに変な顔じゃないから大丈夫だと思うよ」
「そんなにってことは、多少は変な顔ってことでしょ!?」
「……まあ、多少は」
「うーん。これからは気を付けないと」
本人は気にしてるみたいだから言わないけど、空気の抜けた表情も可愛いんだけどなあ。
「あっ! そろそろ透子と約束の時間だ」
「そういえば夕方はお姉ちゃんと約束があるって言ってたっけ」
結局そのお姉ちゃんとデートしたんだけど、夕方の約束自体は本当だったらしい。
「今日は騙したみたいでごめんね。でも、これなら透子を安心して任せられるよ」
「任せるってそんな。嫁入りを許す父親じゃないんだから」
「うーん。父親はちょっと違うかな」
「ごめんごめん。女の子だもんね」
父親というか姉だし。それに女の子一人を任せてもらえるほど自分自身が立派な男じゃないし。
「そうじゃなくて、ウチも硝くんのことが好きだからお父さんポジションじゃないってこと。また明日ね」
そう言って明さんは颯爽と店から出ていってしまった。
元々ここは僕が奢るつもりだったから別に構わないんだけど、そうじゃなくて今
ウチ『も』硝くんのことが好きだから
って言った!?
『も』ってことは、明さんだけじゃなくて、透子さんも僕を好きってこと!?
ラブコメみたいな恋愛がしたいと願っていたら、本当にラブコメみたいな事態になってしまった。それも双子の姉妹から同時に好かれるという修羅場みたいなラブコメだ。
サンドイッチのチキンに妙な親近感を覚えながらかぶりついた。双子のことで頭がいっぱいで味がよくわからなかったし、これから僕はどう二人と接していけばいいのかもわからなかった。
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