第6話 告白

 「おもしろかったー! 原作の小説も読みたくなっちゃったよ」

 「私は先に原作を読んでいたんですけど、展開がわかっていてもハラハラしちゃいました。よかったら今度貸しますよ」


 映画館で浅倉あさくらに遭遇することもなく、無事に映画鑑賞を終えた。暗闇の中で手が触れ合うとかそういうことはなく、二人ともスクリーンに熱中していた。


「小説の実写化っておもしろいですよね。自分が想像していた世界と同じだったり、全く別物だったり、同じ本でもイメージの膨らませ方が全然違うんだなって驚かされます」

「僕はそれが醍醐味だいごみだと思うんだよね。自分が想像していたのと別の世界を見せてくれるのが実写化みたいな」

「ふふ。子津ねづくん評論家みたいです」


 映画もおもしろかったし、見終わったあとも感想で盛り上がる。まさに理想のデートだ。


「いつも一人で映画を見て、他の人の感想ブログを読むだけだからすごく新鮮だよ」

「私もテレビで見るばかりで映画館は久しぶりだったんです。大きな画面は迫力があります」


 いつも学校で見る、髪で顔が隠れた透子とおこさんならすんなり納得できる発言だけど、今はポニーテールにしてあかりさんみたいだから違和感を覚える。


「あの、私の顔に何か付いてますか?」

「ううん。やっぱり明さんに似てるなって思っただけ」

「そんなにお姉ちゃんに似てますか?」

「そりゃもう。学校でもそうすればいいのに。きっと人気が出るよ」


 こんなことを言ったけど、内心ではこのポニーテールは休日限定にしてほしかったりもする。自分だけが知ってる優越感に浸りたいのと、こんなに可愛い図書委員がいたら毎日図書室がうるさくなりそうだから。


「褒めてもらえるのは嬉しいんですけど、お姉ちゃんに間違われると困るっていうか……」

「あー、男子に囲まれたら大変そうだね」


 明さんの周りにはいつもたくさんの人がいる。女子だけでなく男子も自然と集まってくるし、男子は下心でいっぱいのはずだ。


「透子さんにはちょっと荷が重いかも」

「ですよね。わかってもらえてよかったです」

「だけどポニーテールっを全然しないのはもったいない」

「それなら、委員会の帰りとか、二人きりの時ならいいですよ」

「ふぇ?」


 透子さんからの思わぬ提案に変な声が出てしまった。それって本当に、学校のみんなは知らないけど僕だけが知ってる秘密ってことになるんじゃ。まさにラブコメ! 


「私がポニーテールになると子津くんが変な声を出しそうだから、やっぱり止めておきましょうか」

「やめないで! もう絶対に変な声は出さないから」

「わかりました。でも、毎日は大変なのでたまにですよ」


 うおおおおおおおおおおお!!!!!

 

心の中で雄叫びを上げる。透子さんのポニーテールを独り占めできるなんて僕はなんて幸せ者なんだ。これならいっそ透子さんに告白して……いや、これで断れたら僕の青春は終わりだ。

 それに僕が運命を感じているのは姉の明さんだ。透子さんはあくまでもいい友達。これからも図書委員を続けていく上で気まずい関係になったら辛い。慎重に信頼関係を築いていかなければ。


「って、ここでずっと話してたら浅倉に見つかるかもしれない。お昼にしよう」

「はい。子津くんが探してくれたお店、楽しみです」


***


 僕が初デートに選んだのはサンドイッチが評判のカフェだ。耳の部分がカリカリで中はふわふわのパンと、シャキシャキなレタスに包まれたチキンがおりなす食感のハーモニーが絶妙とのこと。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「二人なんですけど」

「二名様ですね。それではこちらのお席へどうぞ」


 店員のお姉さんがテキパキと案内してくれた。してくれたんだけど、その目からは『カップルですか?』『どっちが先に告ったんですか?』とか聞きたそうな好奇心で満ちているよう見えたけど、残念ながら告白してもないし付き合ってもいません。


「いい雰囲気のお店ですね。私一人だったら入れないです」

「僕もだよ。透子さんとデートじゃなければ一生えんがなかったかもしれない」


 それもこれも明さんが強引に背中を押してくれたから。自分からデートに誘う勇気はないし、やっぱり僕がラブコメみたいな恋愛をするには明さんみたいな女の子がいないとダメなんだ。


「あっ! 猫さんカプチーノですって。一体どんなのでしょう」

「ラテアートってやつかな。今日は猫に縁があったし注文しなよ。ここはおごるよ」

「そ、そんな。申し訳ないです。今日は子津くんへのお礼なのに」

「気にしないで。透子さんと一緒じゃなければ経験できないことがいっぱいあったし、そのお礼だよ」


 値段は事前にホームページで調べてある。ギガジャンポパフェを注文しても大丈夫なくらいのお金は持ってきている。妄想……シミュレーションの成果だな。

 店員さんに注文を伝えると、僕らはまた映画の話に戻った。


「そういえばこのお店ってさっき見た映画に出てきた所と似てません?」

「気付いた? 透子さんが映画のタイトルを教えてくれた時にちょっと調べたら聖地巡礼って出てきて、そしたらこのお店がモデルって出てきたんだ」

「知らなかったです。このお店で主人公がヒロインに気持ちを伝えるシーンはドキドキしちゃいました」

「う、うん。そうだね」


 偶然にも僕らが座っている席で主人公が告白していた。まるで神様が透子さんに告白しろと言っているみたいだ。たしかに良いシーンだったけど、自分が同じシチュエーションに置かれると言葉もしどろもどろになってしまう。


「お待たせしました。こちら、猫カプチーノです」

「わあ! 可愛い猫ちゃんです」

「ホントだ。この猫なら永遠に側に居てもらいたい」


 さっき路地に案内した猫と違って愛嬌あいきょうかたまりみたいな可愛らしい顔。僕が猫に求める可愛さがラテアートに詰められていた。


「いただくのがもったいないですね」

「写真を撮ったらひとおもいに飲んじゃうのがいいのかも。中途半端にすすると悲惨ひさんな表情になりそう……」

「そうですね。では失礼して」


 透子さんはスマホを取り出すと右手でタップして写真を撮った。ただの撮影だけどすごく違和感がある。たしか透子さんは


「しっかり写真におさめました。それでは、いただきます……!」


 こんなに覚悟を決めてカプチーノを飲む女子高生が他にいるだろうか。それくらい決意に満ちた表情でカップに口を付ける。そのカップを持つのは右手だった。


「……僕の勘違いだったらごめんだけど」

「はい」


 テーブルに置かれたカップに猫の姿はもうなかった。


「透子さんって左利きじゃなかったっけ?」

「……」


 透子さんは目をつむり、沈黙が訪れる。


しょうくん、ウチらのこと、透子のことをよく見てくれてるよね」


 その口調は透子さんではなく明さんのそれだった。

 さっきまで目の前にいた透子さんだと思っていた女の子が、口調を変えただけで別の人に思えてくる。

 口調だけでじゃない。雰囲気というかオーラというか、周りに大勢の人が集まってきそうなはなやかさみたいなものを感じる。


「ごめんね硝くん。実はウチとデートしてたんだ」


 明さんからの告白に僕は言葉が出なかった。

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