第5話 猫の導き
待ち合わせの時間まであと四十五分。デートの妄想……いや、イメージトレーニングでもしてようかと思ったその時
「
いつもは顔を隠している髪をポニーテールにした透子さんが現れた。双子だから当然だけど、同じ髪型だとまるで
「お礼のデートなのに私が遅れたら申し訳ないと思って早めに来たんだけど」
透子さんは僕と同じ考えてこんな時間に来てしまったらしい。
「それにお姉ちゃんの服と靴だからちゃんと歩けるか心配で」
そう語る透子さんの服装は、
「変じゃ……ないかな」
「すごく似合ってるよ」
もっと気の利いたことを言えれば良かったけど、僕は女子高生のファッションを評価する
「あのね、普段はこういうの全然着ないんだけど、デートならこういう方が子津くんが喜ぶってお姉ちゃんが」
「うん。普段とは違う透子さんって感じですごく新鮮」
「がんばってよかった……かな」
透子さんは真っ赤になった顔をうつむいて隠そうとする。普段は髪で表情が隠れているけど今日は丸見えだ。
「あれ?」
「ど、どうかした? 私の顔に何か付いてます?」
「ううん。ごめん。いつもと髪型が全然違うから印象も変わるなって」
透子さんに何か足りないような気がしたけど思い過ごしだろう。普段は顔が髪で隠れてるから受ける印象が違うだけだ。
「まさか二人とも早く来るなんてね」
「ふふ。私はもしかしたらって思ってましたよ」
「映画までまだ時間があるしどうしようっか?」
合流したらすぐに映画を見る予定だったから何も考えてない。待ち合わせから映画鑑賞までは透子さんの担当だし。
「十時前だと、まだどのお店も開いてませんよね」
「だよねー」
初デートに早速ピンチが訪れた。こんなことなら早めに到着して、別の場所に待機しておけばよかった。
「あっ! 猫」
一匹の野良猫が僕らをじーっと見ていた。透子さんの美しさは猫をも魅了したのかもしれない。
「……そうだ! 映画まであの猫を追いかけてみない?」
「猫ちゃん嫌がりませんか?」
「どうだろう。でも、透子さんを見つめてるから、ゆっくり近付けばどこかに案内してくれるかもしれないよ」
「もし猫ちゃんに好かれてるのなら嬉しいです。道案内、頼んでみましょうか」
いきなり猫との距離を詰めると走り去ってしまうかもしれない。慎重に、それでいて優しい気持ちでじりじりと近付く。
「昔読んだ小説にこんなシチュエーションがありました。本当にこんなことってあるんですね」
「もしかして『猫の宅急便』かな? 猫を追いかけた先でいろんな人に出会って、わらしべ長者みたいに物を交換していく」
「そうです! 子津くんも読んでたんですね」
「最後に死んだおじいちゃんのお墓に辿り着くけど、あの猫の正体っておじいちゃんの霊だと思う?」
「どうでしょう。霊だとしたら、毛玉や段ボールにイタズラはできないと思いますし」
「言われてみれば確かに。あの猫の正体を考えるために読み直したりもしたなー」
思いがけず本の感想話で盛り上がっていると、いつの間にか猫を見失っていた。
「あれ? いつの間にか猫ちゃんがいません」
「ごめん。話に夢中になって猫から目を逸らしちゃった」
「私の方こそ『猫の宅急便』が懐かしくて……あっ!」
透子さんが塀の上を指差す。その先に猫がいた。あくびをして何とも生意気だ。おまけにしっぽを垂らしてぷらぷらと揺れしている。
「あの猫、僕らをおちょくってるのかな?」
「こっちにおいでって誘ってくれているのかもしれませんよ」
「透子さんは優しいね」
こんなに物事を好意的に捉えられるなんて優し過ぎる。僕も見習おう。
「でも、どうしましょうか。塀なんて登れません」
「そのまま道になりに案内してくれるかもしれない。行ってみよう」
ちょっと怪しい雰囲気の路地に入ることになるけど朝だから大丈夫だろう。すぐに大通りにも出られるし。
「まさか子津くんとこんな冒険に出るなんて思ってもみませんでした」
「冒険ってほどじゃないと思うけど」
「いいえ。冒険です。お休みの日に子津くんに会うのも、知らない道を歩くのも新鮮で楽しいです」
きらきらした目で感謝されると、明さんとデートする時の予行練習になればとか、家で僕の好感度を上げてくれるんじゃないかとか、
「行き当たりばったりで猫を追いかけて、楽しいと思ってもらえて嬉しいよ」
「あっ! また猫ちゃんを見失っちゃいますよ。スピードが上がりました」
「おい! 待て!」
猫に釣られて僕も走り出そうとした。その時、透子さんの足元を思い出す。
「ごめん。ヒールだと走れないよね。歩くのも慣れないって言ってたのに、ずっと歩かせちゃって。ホントごめん」
「だ、大丈夫です。むしろこれで慣れたっていうか、あはは」
言われればヒールを履き慣れてそうな足取りにも見えたけど、僕に気を遣って強がっているのかもしれない。
「今から映画館に向かえばちょうどいい時間だし、猫とはここでお別れしようか」
「そうですね。バイバイ。猫ちゃん」
透子さんの言葉が通じたのか、んにゃ~ん! と口を大きく開けて鳴き声を上げた。人を小バカにしたような憎たらしいやつだったけど、おかげで透子さんと楽しい時間を過ごせた。
「……っ!」
「どうかしましたか? あ……」
僕らの視線の先にはお城みたいな建物が。猫に夢中で気付かなかったけど、どうやらホテルの入り口らしい。高校生には全く縁のない場所だけど。
「い、行こうか」
「行くってどこへ!?」
「映画館だからね!」
顔を真っ赤にして、目にはうっすらと光るものがある。別にホテルに誘ったわけじゃないけど、そんな反応だとちょっと傷付く。
「……ごめなさい。その、嫌とかじゃなくて……恐いだけだから」
うつむきながら、振り絞ったような声で謝る透子さん。
「僕もタイミングとか言い方が悪かったっていうか……映画楽しみだね」
強引に話題を映画に持っていくことしかできなかった。あの猫め、高校生をなんて場所に連れてくるんだ!
「それじゃ大通りに出ようか。路地だと迷うかもだし」
「うん。そうだね」
微妙に気まずい雰囲気が漂う中、来た道を一旦戻ると
「待って!」
「どうしたの急に」
「ごめんなさい。でも……」
透子さんの視線の先にはクラスメイトの
「一緒にいるのを見られるのが恥ずかしいわけじゃないんです。お姉ちゃんみたいな恰好をしてるから、あとで誤解されないかなって」
「浅倉はクラスで言いふらしたりはしないと思うけど、あとで僕にいろいろ言ってくるとは思う」
「でしょ? だから、もう少しここで……」
透子さんは袖をギュッと掴み、さらに距離を詰めてくる。体が接触してるわけじゃないけど体温は伝わってくる。その温もりが相相合傘の時に体験した感触を思い出させた。
「ところで透子さんって浅倉のこと知ってたっけ?」
「え? ほ、ほら、一緒に図書室に来たことあるじゃないですか」
「言われてみればそうか。透子さん、よく別のクラスの人を覚えてたね」
「記憶力にはちょっと自信があるんです」
別のクラスではあるけど、浅倉は僕や明さんとは同じクラス。何かの
「もう行ったかな。たぶん浅倉の目的地も映画館だけど」
「私達が見るのとは別の作品ですよね?」
「浅倉はアニメ映画だと思う。もし劇場の中で鉢合わせたら諦めよう。それに……」
「それに……?」
「図書委員の透子さんだぞって言って驚かせてやりたい気もする」
「は、恥ずかしいからやめてください!」
透子さんは怒るとほっぺたを膨らませる。今日は顔がよく見えるから余計に可愛い。明さんは怒るとどんな表情になるんだろう。
デート中に他の女の子のことを考えた自分が少しだけ嫌になった。
ごろんにゃ~
僕らを追いかけてきたのか、さっきの猫が塀の上から僕らを見下ろす。
「猫ちゃん、今度は私達を追いかけてくれたんですね。好かれているみたいで嬉しいです」
猫のおかげでコロッと機嫌を直してくれた。その点には感謝したいけど、『助けてやったぞ』みたいな表情を浮かべているのが可愛くない。
「私達これから映画館に行くんです。遊んであげられなくてごめんなさい」
んにゃ~
透子さんには可愛い声と顔で対応する。その猫を愛おしそうな目で見つめる透子さんも可愛い。
「もういい時間だ。そろそろ本当に行かないと」
「は、はい。それじゃあ猫ちゃん、バイバイ」
透子さんが名残惜しそうに手を振ると猫も寂しそうな表情を浮かべる。もしかして鈴鳴家に転がり込もうとしている?
「透子さんは猫が好きなんだね」
「好きなんですけど、野良とこんなに触れ合えたのは初めてです。子津くんのおかげかもしれません」
「僕はなんだか嫌われてたみたいだけど」
あの猫、透子さんと僕で態度が全然違った。僕一人だったら猫を追いかけるなんてしないけど、透子さんがいなかったら一瞬で逃げられてたと思う。
「猫は素直じゃないんですよ。あの猫ちゃんのおかげで私達は仲良くなれたじゃないですか」
「まあ、それはそうだけど」
猫のおかげで手持ち無沙汰だった時間を潰せて、『猫の宅急便』の話で盛り上がって、浅倉に見つからないように二人で隠れて……。
人生初のデートの幕開けは猫のおかげでうまくいったのかな。また会うことがお礼だけは言っておこう。可愛くないやつだけど。
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