第2話 ラブコメみたいな恋愛がしたい
「あああああラブコメみたいな恋愛がしたい」
なんて声に出して叫んだら、僕、
ラブコメの主人公なら平凡に見せかけて隠れた才能があるけど僕にはマジで何もない。
「
中学の頃から同じクラスでラブコメを愛する同志である
「またとはなんだ。僕は変な妄想なんてしたことないぞ。シミュレーションと言ってくれ」
「それが変な妄想だって言ってるんだよ。俺達の夢は次元の先にしかないんだよ」
僕はラブコメ展開をリアルに期待するタイプのオタク、一方、浅倉は二次元にのめり込んでリアルを捨てたタイプのオタクだ。
「僕達まだ高二だぞ? 諦めなければチャンスはあるって」
「早めに試合終了して負けないフィールドに移動する勇気も必要だと思ってる」
浅倉は悟りを開いたような表情になっている。自分はまだこの域には到達できない。オタクとしても中途半端だ。
「お前みたいなオタクとバスケ部エースの
「次元を捨てるってなんだよ。お前だってまだ三次元の世界で生きてるくせに」
「俺は出稼ぎの準備をしているだけだ。二次元の世界で生きるには金がいる」
悔しいけど浅倉は成績が良い。運動はダメだけど、大学入試に体育はない。きっとその頭脳で給料の良い会社に就職して、その金を二次元につぎ込んでいくのだろう。この生き方が世間一般で評価されるかはともかく、将来設計の見込みがある点は尊敬している。
「悪いけど僕はまだ夢を捨てきれないんだ。ハァ……ウソでも良いから一日だけでも鈴鳴さんの彼氏になれたらなあ」
「せいぜい青春を無駄にするなよ」
「お前に言われると腑に落ちないな」
「俺は一秒たりとも無駄にしていないぞ。それどころか生涯青春の勢いだ」
ハッハッハと高笑いを浮かべながら自分の席へと戻っていく浅倉のことは気にせず、ちらりと鈴鳴さんの方に視線を移す。
髪をポニーテールにしているのでチラリと見える首筋が健康的にエロい。鈴鳴さんよりも後ろの席だから見える絶景だ。その眩しい肌を堪能していると、鈴鳴さんがこちらに振り向く。
やばい! 凝視してるのがバレた!?
一瞬ヒヤリとしたが、落とした消しゴムを拾っただけのようだ。
だったらわざわざこっち見ないでくれよ……いや、一瞬目が合ったような気がしたのは嬉しいかも。
授業中、『もしかしたら僕に気があるのかも?』『意外と僕みたいなオタクがタイプなのかもしれない』『同級生だけど、鈴鳴さんならお姉さんみたいに引っ張ってくれそうだな』と様々な妄想が膨らんだ。
いつの間にか授業は終わり、それでもなお妄想の世界に浸っていると、鈴鳴さんは男子バスケ部の
そうだよな。練習は別々でも同じバスケプレイヤー。鈴鳴さんみたいな美少女は風間みたいなイケメンと付き合う運命なんだよ。
「どうした子津。急に現実を
「顔に出てたか?」
「ああ、残念だったな。バスケ部と帰宅部じゃ勝負にならんよ」
「帰宅部じゃない。図書委員だ」
「似たようなもんだろ。家でアニメを読むか、図書室でラノベを読むかの違いくらいで」
浅倉は僕の傷口を地味に攻め続ける。ガチ帰宅部のこいつに言われると腹が立つけど、三次元に未練があるのに何も行動を起こせない僕が全面的に悪いのは間違いないから言い返せない。
「お前はバスケ部の鈴鳴さんじゃなくて、図書委員の鈴鳴さんの方がお似合いだって。俺もあんまり詳しく知らないけど」
図書委員の鈴鳴さん。フルネームは
姉の明が学業優秀でバスケ部でも活躍するので影に隠れがちなので、彼女達が双子だと知らない同級生も多い。
姉と違って妹の透子は前髪で顔が隠れがちだし、成績も悪くはないが特別優秀という感じではない。運動も得意という話は聞かないかな。とにかく姉が目立ち過ぎていて存在感は薄いかもしれない。
「双子なんだから妹の方だってそれなりに可愛いんじゃないのか? 髪で隠れた顔をよく見ると可愛いパターンとみてる」
「そんなアニメみたいな……って簡単に否定はできないけど」
図書委員はとりあえず委員会に入っておこうみたいなやつの巣窟でサボリが多い。その穴を埋めるべく鈴鳴さんが放課後は毎日図書室に居ることになり、特にやることのない僕もそれを手伝う形で当番以外の日も仕事をしている。
「お前が毎日図書委員の仕事をしてるのって妹狙いじゃなかったのか?」
「別にそういうんじゃないよ。仕事って言ってもたいしたことはないし、ゆっくり本を読めるから」
「ふーん。ま、何かチャンスを狙っての行動だったとしても成果は上げられてないけどな」
「うるせー!」
ゆっくり本が読めるというのは本当の理由。だけどもう一つ、妹と仲良くなれば姉とも話せるんじゃないかという打算はあった。結果は浅倉の言う通りだけど。
バスケ部で、クラスどころか学年、下手すれば学校中の人気者の姉と、図書委員で目立たない妹。仲が悪くなくても学校内で接点はなさそうだった。
「せいぜい頑張れよ。二次元の世界はいつでもお前を待っている」
親指を立て、得意げな顔で去っていく浅倉。あそこまで二次元に全てを捧げられるその一途さと潔さは僕も見習いたい。
ラブコメの主人公だって完全に受け身じゃない。鈍感だけど、常に行動を起こし続けている。僕はそんな風に生まれ変わるんだ!
***
放課後、いつも通り僕は図書室へと向かう。たまには浅倉もどうだと誘ったけど、リアルタイムで見た昨日の深夜アニメを見直して考察すると言われてしまった。
浅倉の考察は鋭く興味深い内容ではあるので、家に帰ってからブログを見るのが楽しみだ。
浅倉と話をしていたので少し遅くなったけど、図書室の利用者は誰もいない様子だ。ただ一人、同じ図書委員の鈴鳴さんを覗いて。
「鈴鳴さん、お疲れ様。今日も早いね」
「はい。一人の方が落ち着くので……」
え? 遠回しに『お前は邪魔だ』って言われた? 実は嫌われてる?
「……あ、そういう意味じゃなくてですね! 教室より図書室の方が好きだからという意味で」
頬を赤らめ手をバタバタと動かしながらフォローする鈴鳴さん。彼女に悪気がないのはわかってる。僕も図書室の方が居心地が良いのはわかるし。
ボブって言うのかな、姉が長めの髪をポニーテールにしているのに対し、妹は顔を隠すように髪を伸ばしている。
「大丈夫。鈴鳴さんが図書室好きって知ってるから」
「ありがとうございます。私、お話しするの苦手でいつもみんなを嫌な気持ちにさせしまうから……」
「平気平気。僕は鈴鳴さんが良い人だってわかってるから」
鈴鳴さんはすっと目を逸らしそのままうつむいてしまった。しまった。なんか告白みたいになっちゃったかも。でも、お互い奥手だから。
「そうだ。新刊が入ったからラベルを付けて棚にしまわないと」
「う、うん。鈴鳴さんがラベルを貼ってくれたら僕が棚に入れておくから」
そのまま進展することなく話を逸らしてしまう。女子の中では……と言うか女子とほとんど話さない僕からしたら鈴鳴さんは断トツでよく話す相手だ。それだって図書委員の話がメインだし、家に帰ってから連絡を取ることもない。そもそも連絡先を知らないけど一度も困ったことがなかったかも。
今度思い切って連絡先を聞いてみようかな。でも、『拒否されたらどうしよう』という考えがどうしても脳裏をよぎる。一年間困らなかったんだから、連絡先を知らなくても図書委員として困ることはたぶんこの先もない。
「子津くん、これお願いします」
「あ、ああ。うん」
鈴鳴さんの左手から本を受け取り、僕はラベルに記載された場所に本をしまう。
僕はウロウロと図書室の中を動き回るので当然鈴鳴さんと言葉を交わすことはできない。こうして時間が過ぎていき、いつの間にか図書室を閉める時間になっていた。
「ありがとうございます。子津くんが手伝ってくれてた助かりました」
「僕だって図書委員だしね。鈴鳴さんこそ毎日仕事があって平気なの? 少しは他の人に頼ってもいいんじゃ」
「……私はお姉ちゃんとは違いますから」
突然話の中に姉が登場すると鈴鳴さんの表情が少し暗くなったような気がする。もしかして仲が悪かったりするのかな。何か別の話題に変えようと思いつつ、適当な話が思い浮かばず困惑していると
「あ、ごめんなさい。別に仲が悪いとかじゃないんです。ただ、お姉ちゃんにできることが私には全然できなくて。双子なのに変ですよね」
言葉には出さないけど確かにその通りだと思う。片方が勉強、もう片方が運動みたいに得意分野が分かれていたり、二人とも同じような能力を持ってる訳ではない。明らかに姉に偏っていると僕も思う。
「人気者のお姉ちゃんと違って私の周りには誰も居ないから、一人で頑張るしかないんです」
何かを悟ったような寂しげな表情を夕陽が照らす。髪で表情が隠れてしまっているけど、その哀愁が色気のようにも感じて僕はドキッとしてしまった。
「そんなことないよ。少なくとも僕がいる。図書委員の仕事って一人だと大変だけど、二人いれば十分だと思うし」
「はい。それは私もよくわかっています。一年生の時に子津くんに助けてもらったから、今年もこうして図書委員になろうと思えたんです」
バスケ部の姉と同じ顔なのに、笑顔になった時の雰囲気が全然違う。今までも笑顔をたくさん見てきたけど、二年生になって大人っぽくなったのか、それとも夕焼けでオレンジに色に染まった廊下の雰囲気がそうさせるのか、胸の
「どうしました子津くん。ちょっと顔赤いですよ?」
「なんでもないよ。夕陽って結構暑くなるよね。それでじゃないかな」
「それならよかったです。子津くんが風邪で学校を休んだら寂しいですから」
なんだなんだ? 今日の鈴鳴さん、ラブコメのヒロインみたいな雰囲気ないか?
今までもこうして廊下を二人で歩いてたけど、こんな空気になったのは初めてだ。一年間積み上げてきた好感度がここにきて新たなステージへと導いてくれているのか!?
落ち着け僕。ここでしくじったら何もかも終わりだ。図書委員の仕事が気まずくなったら僕も幽霊委員の仲間入りを果たし、浅倉と同じガチ帰宅部と同じになってしまう。
「あれ? 急に曇ってきました……わっ! すごい雨」
「うお! 本当だ」
さっきまで廊下を綺麗に彩っていた夕陽は分厚い雲で完全に隠れ、急な雷雨に見舞われてしまった。
もしかして僕と鈴鳴さんの関係を示しているんじゃ……。だとすればここで行動を起こさなかったのはある意味正解なのかも。こんな土砂降りの中で告白したら、成功するものも成功しなさそうだし。
「どれくらいで止むでしょうか。傘なんて持ってきてないです」
「……図書室で様子を見てから帰らない? 鍵を返すのだって少し遅れても大丈夫だし」
僕としてかなり思い切ったことを言った。たぶん通り雨だから少し待てば弱まるだろうし、自然な誘い方ができたと思う。さすがに相合傘に誘う勇気なかった。
「そうですね。三十分くらい本を読んで、それでダメなら諦めて帰りましょう」
鈴鳴さんは悩むことなく僕の提案に乗ってくれた。今日は新刊整理で自分の読書タイムを取れなかったからだとは思うんだけど、女の子に拒絶されなかったことは素直に嬉しい。
「私一人だったら雨に打たれながら帰っていたと思います。子津くんが一緒に図書委員をやってくれて本当に良かったです」
「こ、こちらこそ。鈴鳴さんと一緒じゃなかったら僕も幽霊委員になってたと思う」
「ふふ。幽霊委員って幽霊部員の委員会版ですか? 子津くんはおもしろいですね」
図書室に着いたらお互いの読書タイムに突入すると思っていたけど、結局一時間くらい二人でずっと喋っていた。
時間的にもう締まっているので図書室には二人きり。普段はひそひそと事務的なことを話すだけだけど、今日は好きな作家や最近のアニメの話題など、鈴鳴さんのオタクな部分も伺い知ることができた。
「一年も一緒に図書委員をしてたのに、子津くんのこと全然知らなかったんですね」
「僕もだよ。まあ、図書委員が図書室でわいわい喋るわけにはいかないしね」」
雨は止んでないけど、傘を差せば濡れないくらいの降り方になっていた。部活をしてる生徒もほとんど帰っただろうし、誰かに見られる心配は少ない。やっぱり今日の鈴鳴さんは何かが違う。相合傘に誘うんだ! 大丈夫、告白じゃない。女の子を濡らさずに帰らせるためなんだ!
僕が一歩を踏み出せずに悶々としていると
ブブッ! ブブッ!
図書室にスマホのバイブ音が鳴り響いた。失礼しますと言って鈴鳴さんがスマホを取り出す。
「お姉ちゃんからです」
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