第10話 事件発生

叔父おじさん?……ちえ子先生?……」

 関係者以外立ち入り禁止の立て札が置かれた2階の廊下の奥に消えようとする2人の姿。寄りうように進む2人の後ろから、黒いつなぎ服を着た人間がピッタリと4人もついていく。

『やっぱり、なにかおかしい』

「どうしたの、リトル?」

 以前の2人にもどった気がした。でもリトルの声に含まれる緊迫感きんぱくかんが、仲直りする前に、どうしてもやらなければならない何事かがあるとげていた。

『さっき駐車場に、あの時の領事館りょうじかんの黒い車もまっていたよ』

 あの変な雰囲気の車と黒い背広の陰気いんきな男か。思い出した。ボクらの学校の前にいたやつだ。でも、

「秘宝展に関係があるんじゃないか?」

『関係があっても、今日は展示物の入れ替え日じゃなくて、小学校の貸し切りの日だよ。わざわざ領事館の人が来るかい?』

「そうか……きっと、なにかあるぞ」

『でも、なにがあるんだろう?』

「そういえば、さっきの叔父おじさんの様子も少し変だった……」

『体がれそうなほど、ちえ子先生の近くにいたよ、それなのに……』

「ぜんぜん、うれしそうじゃなかった!」

『ぜんぜん、うれしそうじゃなかった!』

 異口同音いくどうおんに頭の中で叫んだボクとリトルは班からそっと抜け出して、叔父おじさんたちが消えた立ち入り禁止の廊下の方へと小走りにけ出した。なにかあるにしても、きっとそれは悪いことにちがいない。

               *

 さっきまでいた館内とはうって変わって、この廊下は薄暗かった。それでも廊下をどんどん進むと角を曲がった先の大きな鉄扉てつとびらの向こうから、つなぎ服の男が出てくるのが見えた。ボクとリトルは足音をしのばせて、その扉の前までやってきた。中からかすかな話し声が聞こえてくる。でも、はっきりとは聞こえない。

まかせて』

「うん」

 ボクは鉄扉てつとびらに顔を近づけるとリトルに自分の耳を渡した。リトルはボクの耳を使い、意識を集中して扉の向こうの話しが聞こえるように頭の中で音を大きくしてくれた。

               *

「なぜ、僕をダマしたんですか、ちえ子先生?……」

「私は……」

「『私は利用されただけ』とでも言いたいのかね、ちえ子女史じょし

 あの黒い背広の陰気いんきな男の声だ。

「彼女が君から盗んだ重要区域の通行証で警備装置けいびそうちを切り、我々われわれを裏口から入れてくれなかったら、計画自体が駄目だめになるところだったよ」

「やめてください!」先生のさけびを無視して声が続く。

「さて、学者君。あとは君があの保管金庫の暗証あんしょう番号さえ教えてくれれば、が国の秘宝が……」

うそつき!」ちえ子先生の叫びが再び上がった。「あなたは自分の国のことなんか、これっぽっちも考えてないわ! 自分の国の美術品を売りさばこうとしているただの泥棒よ! その証拠に保管庫にしまってある他の国の宝石類まで」

 そこまで言った瞬間しゅんかん、鋭い音がして「ちえ子さん!」という叔父おじさんの緊迫きんぱくした声が聞こえた。

なぐられたんだ』

 リトルの声に反応してボクの胃袋がキュッと縮む。

「泥棒とはお前の父親のことではないか。発掘を許可してやったら好き勝手ばかりしおって。が国の人間なら即刻そっこく、死刑にしてやるところだ。まぁ、今回の働きにめんじて刑務所に入れた父親を釈放しゃくほうしてやるのだ。文句は言わんことだな」

「父は、なにもしてません。言いがかりです」ちえ子先生は泣いていた。「父はただの考古学者こうこがくしゃです……」

 状況じょうきょうはわかった。ちえ子先生はおどされて言うことを聞いてたんだ。その先生を人質に取られた叔父おじさんは手も足も出ない。だったら、いまボクとリトルにできることは一つ。一刻いっこくも早く警察に連絡して叔父おじさんとちえ子先生を助けてもらい、悪いやつらを捕まえてもらうことだ。そのためには。

 ボクとリトルが次の行動に移ろうと鉄扉てつとびらから離れて振り向いたすぐ後ろに、なぜか黒い壁があった。

               *

『失敗だったよ、モトヒコ』

「いや。ボクの方こそ、もっと注意すべきだったんだ」

 扉の向こう。倉庫の中に意識を集中しすぎていたボクとリトルは、外にいた残りの一味にあっけなく捕まった。しかも、どうしたわけかボクらの班の全員まで。

 状況は、さっきよりも悪くなった。

               *

 倉庫の奥では叔父おじさんとちえ子先生、それに2人の白衣姿の人が縛られて床に転がされていた。その横では陰気いんきな黒背広がボクらを捕まえた黒いつなぎ服たちに怒鳴り散らし、別のつなぎ服たちは何事もないかのように絵画を額縁がくぶちから外して、ていねいに梱包こんぽうしなおしている。それを荷物用の大きなエレベーターに次々と運び込んでいるところを見ると、盗めるだけ盗んでいく気なのは明らかだ。

 やがて、陰気いんきな黒背広が、床のすみにひとかたまりで座らされたボクらに近づいてきた。顔には気持ちの悪い作り笑いがはりついている。

「君たちはここで、なにをしてたのかな?」

 その猫なで声に、班長のイクミちゃんは声をふるわせた。

「班の人がはぐれたから」そしてチラリとボクを見る。「ついてきただけです」

「ほう。立ち入り禁止の立て札が見えなかったのかね、小学5年にもなって。学校では、なにを教わっているのかなぁ。わが国では考えられないことだよ」

 まさかイクミちゃんたちがボクとリトルのあとをつけてくるなんて考えもしなかった。他のみんなが泣きべそをかきはじめる中、こうすれば、恐怖を打ちはらえるんだと言わんばかりにイクミちゃんは陰気いんきな黒背広に、きっと顔を向けた。

「あなたたちこそ立ち入り禁止なのにここでなにをしてるんですか。良くないことをしてるとしか見えないけど」

「ガキのくせに生意気なことを言うな!」真っ赤になった黒背広は手に持った小ビンから白い錠剤じょうざいをジャラジャラ振り出すと一気に口に放り込んでかみくだいた。

「その子たちは関係ありません。解放してやってください!」ちえ子先生が叫ぶ。

「私が話している時に口をだすな! まったく生徒も生徒なら、教師も教師だ!」

 自分のこめかみをはげしくむ手を突然止めた黒背広は、なにかを思いついたかのようにイクミちゃんに視線をもどした。口のはしには錠剤の白い残りかすがついている。

「そうか。では、この子らの自由と引きえに学者君から保管庫の暗証番号を教えてもらうことにしよう」

 陰気な黒背広がうなずくと、ひときわ大きな体のつなぎ服が一人、イクミちゃんの腕をつかむと、あらがう彼女をその場に立たせた。もう片方の手にはいつの間にか黒光りする拳銃がにぎられている。

「考える時間を1分だけやろう」

「なんだって……」しぼり出すような叔父おじさんのうなり声。「卑怯ひきょうだぞ! その子らは関係ないだろ!」

「口のきき方に注意したまえ。ふん。ばつとして時間は20秒に変更だ。19・18・17……」

「やめろ!」

 黒背広の秒読みをさえぎってボクとリトルの叫びが部屋にこだました。一瞬、倉庫の中は静まりかえり、すべての視線がボクに集中した。いや、正確にはボクとリトルに。

「ほう」黒背広が嘲笑した。「ヒーローか、なにかのつもりかね、ぼうや?」

「そうだ!」

 ボクが言葉を投げつけるやいなや、リトルはありったけの力を込めて山のように大勢の警察官のまぼろしを、黒服の頭の中にたたき込んだ。

 長い長い数瞬間すうしゅんかんが過ぎた。

 でも、なんの変化も起らなかった。黒背広は顔をしかめ、イライラとこめかみをむだけで一向にパニックになる気配すらない

『はぁ、はぁ……ダメだ。こいつの心には伝わらない。きっと、あの薬のせいだ』

「どうする?」とボクは頭の中に問いかけた。

『こいつがダメなら全員だ』

「全員? 全員ってここにいる? あんなに大勢いるんだぞ」

『でも、やるしかない』

「それは絶対にダメだ!」

 直感的に心があらがった。ボクにはリトルの消耗が手に取るように感じられたからだ。初めて出会った時もリトルは消耗して半月間はボクの頭の中で眠りこけてたじゃいか。力を使いすぎたら、これから何年も、いや何十年、ことによるとボクが年を取って死んだ後もずっと……。

『さぁ、モトヒコ。友だちを助けるんだ』

「リトルは大切な友だちだ」

『わかってるよ』

 そうだ。ボクたちは友だちだ。かけがえのない友だちなんだ。だから、やめてくれリトル!。

「さて諸君、秒読みを再開といこうか。16・15・14……」

 決断をうながす陰気な声がボクたちに突き刺さる。

『今回はイクミちゃんたちにも手伝ってもらうよ』

 リトルはボクの返事を待たずに班員みんなの頭の中に語りかけはじめた。

『イクミちゃん。アキちゃん。大森君に福塚君』みんなは一斉に泣き止んだ。そして声のする先を探そうと視線をキョロキョロ泳がせる。『そこにいる悪いやつらをやっつけるから手を貸して。ちょっと怖いものが見えるかもしれないけど、ガマンしてね』

 でも班員のみんなは、あっ気にとられたまま不安そうに顔を見合わせている。そして、その気持ちを感じ取ったリトルのあせりが頂点に達していく。

 ボクは、ついに決断した。

「みんな、落ち着いて」今度はボクの心の声がリトルを通して班員みんなの頭に流れ込む。「心配いらないよ。今のはリトル。ボクの一番の友だちだ。わかったら、頭の中で返事して。早く!」

 ボクとリトルは班員みんなの返事を確認すると、次に全員がリトルの計画に心の耳を傾けた。

 残り時間が3秒を切り、つなぎ服が拳銃をにぎる手に力を込めた時、泣いてる者はもう誰もいなかった。

「ねぇ、リトル」

『なんだい、モトヒコ?』

「いや、なんでもないよ。また後でね!」

『うん!』

 秒読み「0」と同時に幻が一挙いっきょに爆発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る