第8話 ゆらぐ友情

 リトルとあまりしゃべらなくなって一週間が経った。草むらの虫たちが鳴かなくなる前までは、あんなにボクたちは仲が良かったのに……。

 原因はボクのズルさ。

 そう。ボクが悪いんだ。

 もし時間が戻せるなら、神さまにお願いして失われた一週間を取り戻したい。でも、もっと手早くて簡単な方法がある。そのために必要なことは、たった一つ。リトルにあやまればいいのだ。しかし、なぜか「ごめん」の一言が出てこない。友だちに素直にあやまれない自分のダメさ加減に心底、嫌気いやけがさす。

 くそぅ。なぜボクは、リトルにあんなことを持ちかけちゃったんだろう。

               *

 列車事故を防いだ直後はリトルもボクも舞い上がっていたので、気恥きはずかしく思いながらも、クラスメイトの称賛しょうさんこたえていた。

 でも、イクミちゃんがリトルとボクの活躍を他のクラスの人たちにまで、自分のことのように嬉々ききとして話している姿を見たとき、誇らしい気持ちはしぼんで、代わりに居たたまれない思いが頭をもたげてきた。だって、あの事故の本当のヒーローはボクらじゃなく、イクミちゃんなんだから。

 彼女の緊急連絡が、もう少し遅れていたら、列車の急ブレーキは間に合わなかったにちがいない。もしそうなっていたら、倒れていた人とボクは、ひしゃげた電動車椅子と同じ運命をたどり、リトルはまた一人ぼっちになるところだったんだ。そして、そのことを一番よく知っているのは、なにをかくそうボク自身なんだ。

 でも、みんなの見る目は変わらない。

 だから、なんとしてでも証明しなければならなかったんだ。ボクはヒーローに相応ふさわしい人間であるということを。そして、その機会は週末に準備されている。

               *

 2学期の中ほどまでの内容が範囲となった5年生全員に課された大単元テスト。しかも文化祭が終わったところなので、みんなも勉強ができていないはずだ。そこでボクが学年で一番を取れば……でも、準備ができていないのはボクも同じ。

 そのとき心の中にある考えが浮かんだ。その考えは水の中に絵の具を溶かしたように黒く広がってボクを支配していった。ついにボクはカンニングの手伝いをリトルに持ちかけた。

「ねぇ。どうなんだよ。手を貸してくれるんだろ、リトル?」

 リトルは沈黙ちんもくという反応を示した。想像はしていたけど、ボクにはそれが、なによりもたええられないことだった。

『やっぱりダメだよ、それは』

 やっと口を開いたリトルという名の良心にボクの中の悪魔は思わず反発した。

「なんでだよ。ほんの少しだけ力を貸してくれればいいだけじゃないか」

『ズルはいけないよ』

「ずっと前に姉さんの英語の宿題にイタズラしたときは、いっしょに楽しんだじゃないか!」

『宿題にイタズラして姉さんをやりこめるのと、みんなもガンバってるテストでカンニングするのは、やっぱり違うよ』

「同じじゃないか! 同じ不正だよ!」

『あの時は面白半分で悪いことなんて思わなかった。でも、いま考えると姉さんに悪いことをしたと思うよ。反省しなきゃ。だから、モトヒコも考え直して』

 リトルが正しいことはわかっている。でも坂を転がり出した気持ちがそれを許さなかった。

「ボクたちは友だちだよ。二心同体にしんどうたいの特別な存在なんだ。だから助けてよ!」

『ぼくらは助け合ってきた。でも、助けすぎることが友だちをダメにすることだってある』

「わからず屋!」

『わからず屋は、モトヒコじゃないか!』

「一人じゃ、なにも出来ないくせに。お前なんか大キライだ!」

 リトルの気持ちがこわばるより先に、ボクは自分の言ったことを後悔こうかいした。そしてじた。でも、なぜかそのままベッドにすと頭から布団ふとんを被って寝てしまった。

               *

 週末に行われたテストのできは、もちろん散々さんざんだった。でも、そんなことより気になることが心の大部分をめていた。

 朝。

「おはよう、リトル」

『おはよう、モトヒコ』

 昼。

「おいしかったね、ご飯」

『うん』

 夜。

「おやすみ、リトル」

『おやすみ、モトヒコ』

 あの日以来、すべて、こんな調子の日々が続いているし、リトルはボクの前に姿も見せない。たった一言、ボクが「ごめん」と言う勇気がなかったために……。

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