恋離れ

vivig

3日前。(1)

昼休みの間はちょっとしたショッピングモール並みに人と人の話し声が鳴り響く。


みんな声の大きさなんてバラバラなのに少し目を瞑っていると全ての音が大体同じ音量で聞こえる。


ただでさえストーブの音があるから、完全な無音の空間は教室にはないのに、おかげさまであれもこれもみんなうるさい。


「なにしてんの、次移動教室なんだからもう行くよ」


学校ではいつも一緒にいる楓に頭を叩かれてようやく目を開ける。


別に寝てたわけじゃないんだから叩かなくてもいいのに。


「次どこだかわかる?」


「第2実験室って朝言ったよもう…てか楓、私のこと起こした理由、教室知りたかっただけでしょ」


「そんなことないって!早く教室移動して昨日出し忘れた宿題やんなきゃだからだよ〜」


「それ出し忘れ以前の問題じゃん…」


まあ私にとっても早く教室移動するのは大きなメリットがある。


なおさら重たくなった気がする腰を上げて、授業道具の準備をする。


次は化学だからルーズリーフも持っていかなくちゃ。


板書用のノートと教科書、そして数の少なくなったルーズリーフを持って教室を出た。


急に冷たい風が私たちに当たる。もうすぐ冬休みに入ることを肌で実感した。


廊下では男子3人を中心に8人前後で叫びながらふざけあってる。


たまに聞こえる動物のような笑い声に驚きながら教室へ向かう。


青ざめた顔で何か訴えている男子と目があってしまい、思わず目を逸らして、また見返した。


「おい!もういいだろ!今日こんなに無茶振りに付き合ったんだからそろそろ返せよ!」


「いやぁ、すこーし足りないかなぁ〜。あ、なんか喉乾いてきたぞ、おれ。」


「あ、奇遇じゃん!おれもお腹空いたなぁ。」


「本当にいい加減にしろ!!」


「あ、いいの?おれ今あの子のこと好きなんだよね〜。3組の…」


その会話を聞いて周りの男子たちが笑っている。


疲れ切った表情で青ざめている男子がため息をつく。


まあ十中八九、恋を「落とした」んだろう。お気の毒になぁ…


「うわ、あいつらめんどくさいね…とっとと返してあげればいいのに…」


「まあ男子同士のノリは私たちにはわからないものだしね…」


「とはいえあれはやりすぎだよ…」


正義感の強い楓がだんだんあのやりとりに嫌気がさしてきたらしい。


こういう時彼女をなだめるのも昔から私の役目だ。





恋は揺らいではいけない。





揺らぎすぎた恋は落し物のように「落として」しまう。


それを面倒な人に「拾われる」とああなってしまう。


落とした人は落とした自覚だけ持ってその日目覚める。


逆に拾うタイミングは様々で彼らの場合学校でたまたま拾ったのだろう。


拾おうと思って拾えるものではないのでだれに拾われるかは完全に運次第だ。


大抵好きな人の縁のある場所に「落として」しまうらしい。


3組の男子にあの面倒な男子がいたのが運の尽きだったな…


たまたまとはいえ同情してしまう。


「ねえ!!そんなに嫌がってるんだからもう返してあげたら?!人の気持ち弄んでる自覚あってやってんのよね?!」


ぼーっと彼らを眺めていたらいつのまにか楓が飛び出していた。


慌てて楓の隣に駆け寄る。


「ちょっと楓!いきなりなにしてんの?!」


「説教よ説教!!見てて本当不愉快だし、こういう人の気持ち考えられない人大っ嫌いなの!!」


女子とはいえそこそこ身長もあって、独特のオーラがある子に急に怒られた男子たちは、一気に静まった。


悪ふざけしてた2人も目を逸らして黙り込んでいる。


「黙ってないで謝りなさいよ。本当に最低よ、あんたたち。」


このなんでも真っ直ぐ口にして伝えることができるのが彼女の長所であり短所でもある。


「楓、言い過ぎだよ?もう少し言い方もあるでしょ??関係ないのに急に怒ってそんなこと言われても誰でも困っちゃうよ。」


「それは、そう、だけど…」


すこし冷静になったみたい。


楓がアクセルで私がブレーキ。


この関係が彼女と仲良くし続けられている要因なんだろう。


「悪かった。」


「いいよ、全然。ちょっとふざけすぎただけだし」


「おれも本当に悪かった。返すよ、いま。」


「うん」


楓に続いて彼らも少しずつ落ち着いてきたようだ。


なんだかんだ解決してしまう楓は本当にすごいと思う。


「…返ったか?」


「ああ、戻った。もうこんなことしないでくれよ?」


返された側も大人でよかった。


穏便に事は終わりそうだ。


拾った恋を返すのは簡単だ。


ただ返そうと少し思い続けるだけでいい。


基本は「落とした」本人が周りに落としたことをやんわりアピールして、それに気づいた人が、自覚はなくても返そうと思い続ける。


いわゆる暗黙の了解だ。


いつも大体それで解決するし、きっかけもなしに突然誰かに恋愛感情を持つわけだから拾った側はふつう自覚するものだ。


だからこれといって大事にならない。


今回は珍しいケースだ。


「楓、私たちももう行こう?もう授業始まっちゃうよ」


「え?!うわ、宿題する時間なくなっちゃった…あー、最悪だ…」


これのせいで私も楓も宿題のことなんてすっかり忘れていた。


「迷惑かけてすまん!悪かった!」


男子たちが楓に謝った。


でも楓はおかまい無しに第2実験室へ向かって歩く。


私も急いでついていくと、後ろを振り返って


「もうしないこと!」


光沢をもったかのような艶を持った長髪をなびかせながら、さっきまでの態度が嘘だったかのように笑う。





私にはないものを持っている楓には、いつも憧れてしまう。


何事にも物怖じしない姿勢、凛とした態度、不思議と人をまとめる雰囲気。


なんだか少しだけ足が重くなった気がする。


でも授業の開始に遅れてしまうことをすぐに思い出し、すぐさま楓についていった。











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恋離れ vivig @cappuccinon

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