■プロローグ//1943/11/YY(1)

 誕生日を祝う、という習慣を「箱庭」に持ち込んだのは誰だったろうか。

 思い出してみるとそれは例によってあの「一桁台」でも特段変わり者だった四月姉さんだったかもしれないし、あるいは読書狂の三次姉さんか、もしくは何かにつけてお祭り好きだった七奈那だったのかもしれない。

 ともあれ今は無きあの「箱庭」においても――外の世界で暮らす子供たちと何ら変わらず、私たちは「誕生日」を祝っていた。

 もちろん贈り物なんてなかなかできるわけではないし、そもそも当時はもっと沢山の【聖女】がいたから、皆がそのたびに贈り物をし合っていたら大変なことになってしまう。

 だからただ、「おめでとう」と言い合うだけ。あるいはその日だけは誕生日の子にいつもより少しだけ、余分に優しくする。

 そんなふうにして、私たちは私たちの誕生を祝い合っていた。

 ――今にしてみればそれは諸手を挙げて喜べるようなものか、分からないけれど。


     ■


 私ことA-008「八刀」はある計画を進めるべく、朝食を済ませて早々に「家」――私たちの孤児院を出て、朝霧で視界の悪い街を歩いていた。

 手には、「抑止剤」と呼ばれる特殊な薬液が仕込まれた銀の指輪。聖痕症候群の進行を抑制する一方で「秘蹟」はほとんど使えなくなるため、日常生活レベルで【事象視】に頼っていた私にとってはいささか不便な部分もあったが……とはいえ以前に比べれば視力もマシにはなってきたので痛み分けといったところか。

 少しばかり使い物になるようになってきた目の補助として、以前よりも分厚くなった眼鏡。

 少し歩くたびに曇るそれをそのたびに拭きながら、待ち合わせの場所まで向かうと――霧の中に一人の男が立っていた。

 背丈は先生と同じくらいか。黒革のフロックコートを基調として全体的に目立たない装いだが、首元にだけは枯れ草色のスカーフをアクセントとして仕込んでいるところになんとなく自己主張を感じる。

 頭は短めながらつんつんと尖った金髪で、顔立ちはなかなかに精悍。いかにもな伊達男といった風貌の青年――彼こそが私の待ち合わせ相手だった。


「……お待たせ、したかしら」

「いいや、今来たところさ」


 いかにも普段から言い慣れていそうな様子で人懐っこい笑みを浮かべて見せると、彼――カイは私に向かって恭しく手を差し伸べてみせた。


「さ、お嬢さん。お手を」

「……いや、一人で歩けるわよ。さすがに」

「君の目はまだ本調子じゃないんだろ? こんなとこでコケて膝でも擦りむいたら後であの調律官に怪しまれるぜ?」

「う……」


 他の【聖女】たちはいちいちそんなことは気にしないだろうが、「あの人」はそういったことに目ざとい。

 とはいえ、あの人にバレたところでそれだけならば別に構わないが――恐らくそうなれば彼女の耳にも届いてしまいかねない。

 今回のミッションを完遂するにあたって、それだけはなんとしても避けたかった。


「……仕方ないわね」


 そうぼやきながら、私は差し出された手を軽く握り返して。


「このロリコン」

「ばっ、そういうアレじゃねえよ!?」


 少しばかりの仕返しとばかりに告げた言葉がいたく刺さったらしく、カイは傷ついた顔で呻いた。

 そんな彼の様子に少しばかり溜飲を下げながら、私は彼の手を引いて笑う。


「さあ、行くわよ。カイさん」

「その名前で呼ばんでくれ。これでも色々と厄介な身の上なんだ」

「じゃあ、なんて呼べばいいのよ」

「んー、あー、ええと……エイプリル2、はダメだし……あいつがスケアクロウなら――」


 なにやら腕を組んでぶつぶつ呟いた後、彼ははっと顔を上げ、


「じゃあ、『レオン』で」

「何がどうなってそうなったのか分からないけど……分かったわ。レオンさん、その――今日は宜しく、お願いします」


 素直に頷いて頭を下げた私に、カイ――もといレオンは「おう」と己の胸を叩いてみせる。


「君のご友人の誕生日プレゼント、だっけか。あの鉄面皮女から直々に頼まれたしな。ザ・モテ男たるこの俺がしっかり選んでやるよ」

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