■1943/11/XX(4)
その日は体育があって、女の子は皆更衣室で着替えた後、運動場で球技の授業を受けていた。
それが終わって昼休み、皆が教室に戻ってきた頃のこと。
私はそこで――あるものがないことに気付いた。
「……マフラーが、ない」
みーちゃんからもらった、大切な青いマフラー。連邦から亡命する時にもずっと離さずにいたそれが――なくなっていたのだ。
更衣室に行く前に教室で、自分のカバンの中にしまっておいたはず。なのに……カバンも他の筆記用具とかもちゃんとあるのに、マフラーだけが見当たらない。
動揺して頭が真っ白になっている私に気付いたのか、みーちゃんが目ざとく「どうしたの?」と訊いてきた。
説明しようとして私が口を開きかけた……その時だ。
「どうしたのぉ、【聖女】サマ。なにか失くし物でもしたのかしらぁ?」
にやにやしながらそう声をかけてきたのはあの子、タルシャだった。
あまりにもタイミングよく言ってきたタルシャに、さすがに勘の鈍い私でも、ひとつの疑いが頭をよぎる。
「タルシャ。まさか――私のマフラー、どこかに持っていったりしてないよね?」
「あのぼろっちいマフラー? なんで私があんなのを持っていかなきゃいけないのよ? ねぇ皆?」
「へへ、そりゃそうだ。……ま、もしたまたまボロ雑巾とか見つけたら、汚いから捨てたりはするけどな?」
いつの間にか彼女の近くにいた取り巻きの男子たちが、馬鹿にするようにそう言って笑う。
すると今のやり取りで何が起こったか察したみーちゃんが、眉間にしわを寄せて一歩前に出た。
「タルシャ……ちゃん。正直に言って」
「……何。貴女には関係ないでしょ」
「関係あるよ。六花ちゃんはわたしの大切な友達だもの」
しっかりとそう言い切ると、みーちゃんはじっとタルシャを睨む。するとタルシャは少したじろいだ様子で「ふん」と鼻を鳴らした。
「友達。人殺しのくせに、よく言ったものね」
その言葉に、肩をびくりと震わせるみーちゃん。……帝政圏の兵隊さんと戦ったことはないけど、みーちゃんはあの亡命の時――連邦の兵隊さんと戦って、殺したって聞いた。
もちろんそれは、生き残るために必要なことだったんだけど。
それでもみーちゃんは、今もそのことを引きずり続けてる。
だから――今度は私が、前に出る番だった。
「みーちゃんのことまで悪く言うのは、やめてよ」
そう言ってみーちゃんを庇うと、タルシャがぎろりと私を睨んだ。
「タルシャ。タルシャが私たちのことを嫌ってるのは、分かるよ。嫌う理由も、分かるし……きっとそれは私たちが口出しできることじゃない。だけど――」
言いながら、胸の奥が重くなってくるのを感じるけど。だけど言わなきゃいけないことだから、私は言う。
「私の大切なものに手を出すのは、やめて。みーちゃんも、あのマフラーも。私にとってはとっても、大事なものなの」
その直後、タルシャの顔色が変わった。
怒っているような、だけど悲しそうな不思議な表情。それからすぐにタルシャは一気に私の方へと詰め寄ってきて――瞬間。
ぱぁん、という乾いた音が聞こえて、私の視界が揺れた。
ほっぺたを叩かれたと分かった時には、目の前でタルシャが泣いていた。
「……大切なもの、ですって。よくもあんたなんかが……!
「タルシャ……」
私が何か言おうとするより先に、タルシャはそのまま教室を出ていってしまった。
残された私たちも、そしてタルシャの取り巻きの男子たちもぽかんとした様子で――すると少し遅れて更衣室から戻ってきたいいんちょさんが、不思議そうな顔をして私に訊ねる。
「リッカよ、何事だ? 今、タルシャがすごい勢いで出ていったが」
「えっと、その……そうだ、追いかけなきゃ!」
はっとして走り出そうとする私の肩を、そこでいいんちょさんが掴んで止める。
「待つがよい。その調子だと、どうもひと悶着あったと見える――ここですぐ走り出そうとするのは主の良いところではあるが、とはいえ今はやめておくがよい」
「でも……」
そう言いかけたところで、けれど私はそれ以上何も言えずに口をつぐむ。
行って、タルシャと何を話せばいいか。叩かれてから頭が真っ白になっていて、まるで何も浮かんでこなかったんだ。
「あ……」
「なに、昼休みが終わる頃には戻ってくるであろう。それまでゆっくり、主も頭とその頬を冷やすがよい」
そう言っていいんちょさんが目配せすると、いつの間にかみーちゃんが自分のハンカチを水で濡らして持ってきてくれていた。
「こんなのじゃ、あんまり冷えないかもだけど……」
「ううん、ありがと、みーちゃん」
言いながら、私はそれを受け取って席に着く。
そうだ、今は待とう。自分に言い聞かせるように、そう思いながら。
だけど――昼休みが終わって次の授業が始まってもまだ、タルシャは帰ってこなかったんだ。
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