■1943/11/XX(2)
で、早速何から書いていこうかと思うんだけど――とりあえず、まずは学校のことかなって。
帝政圏に来てから、先生のおかげで「学校」っていうところに通えるようになった私たち。
最初のうちこそ急に大勢が転入してきてすごーく怪しまれたりもしたんだけど……そのへんは「戦争で犠牲になった貴族の子供たち」だっていうふうにティーさんが言い訳してくれたおかげでなんとかなったみたい。
学校には私たち以外にもいっぱい、同じくらいの子たちがいて、だから私たちも年齢別に(って言っても本当は学校の他の子よりも全然年下なんだけど)いくつかの学年に振り分けられることになった。
別々の学年、別々のクラス。幸い私はみーちゃんと一緒だったけど……だけど他の子と離れることになったのはけっこう残念だった。
【聖女】じゃない他の子たちは、いきなり来た私たちによそよそしかったし。私たちも逆に、皆と何を話せばいいのかとか全然分からなかったから。だから学校に通って最初のうちは、正直あんまり行きたくないなぁとか、そんなふうに思うこともあった。
だけど――だけど、幸いそう思ったのは最初のうちだけだった。
皆、なんだかんだで私やみーちゃんのことが物珍しかったみたいで。「その腕、どうしたの」とか話かけてきてくれたり、目が不自由で困ってるみーちゃんのことを助けてくれたりして。
そんなことがきっかけで友達もできて、私もみーちゃんも、すっかり学校に行くのが楽しみになってた。
他の【聖女】の子たちも同じで、皆なにかしらうまく学校に溶け込めるようになっていたみたいだった。
あの日、「私たちのこと」がニュースになるまでは。
……くー先輩が連邦に連れていかれそうになって、それを皆で助けに行って。それから先生が捕まって……「聖女計画」の内容が帝政圏中に公表された。
ラジオとかでも、毎日みたいに私たちの話が聞こえてきた。「専門家」っていう人が何人も、私たちのことを色んなふうに言っていた。
「大量殺戮兵器をのうのうと野放しにするべきでない」って言う人もいたし、逆に「彼女たちは利用されていただけだ」って言ってる人もいた。
当然そう簡単に答えが出るような話じゃないから、とにかく色々な意見が出て――最初のうちはしばらく、私たちは学校に通えなくなった。
ティーさんが言うには、「危険だから」って。聖女に恨みを持つ人は大勢いるから、今はなるべく外に出ないようにって言われて、お買い物とかをするにも帝政圏の兵隊さんが護衛につくようになった。
せっかく学校に馴染めるようになったのに残念だなぁって思ったりもしたけど……ティーさんの話もなんとなくは分かったから、そこから一ヶ月くらいはそんなふうに暮らしてた。
だけど意外だったのは、それが一ヶ月くらいで済んだっていうこと。
先生やティーさんが、持っていた情報や記録を新聞社とか出版社に回してたらしくて――その内容が公表されたのをきっかけに、私たちはすっかり「人殺しのバケモノ」じゃなくて「カワイソウな子供たち」になったからだ。
街を歩くのにも護衛はいらなくなって、街の人たちもまた前みたいに接してくれるようになった。学校も、また通えるようになった。
だけど――全部が全部、うまくいったわけでもなくて。
■
「ふあぁ、やっと終わったぁ。眠かったぁ」
放課後の教室。授業が全部終わって大きなあくびをした私に、隣の席のみーちゃんが苦笑いした。
「六花ちゃんってば。授業中も寝てたじゃない」
「そんなことないよみーちゃん、ギリギリ起きてた、ギリギリ」
「うそ。口のところ、よだれついてる」
「えっ、ホント!?」
慌てて口元をハンカチで拭く私。するとそんな時、少し前の方の席から別の子が私たちの方へとやってきた。
一房だけ金色の混ざった珍しい黒髪を後ろでまとめた美人さん。見知った顔だ。
「ふふ。リッカ、ミナ――今日も二人とも、実にあっぱれな睡眠学習っぷりであったな」
「あ、いいんちょさん。……って、みーちゃんも?」
「…………」
私が目をぱちくりさせながら見ると、みーちゃんは恥ずかしそうに俯いて沈黙していた。あ、耳まで赤くなってる。
そんな私たちを観て面白そうに笑うと、いいんちょさん――イリスというのが彼女の名前だけど、クラス委員長なので私はこう呼んでいる――は腕を組んで続ける。
「いやしかし、大したものだ。あんなに寝て過ごしててもしっかり授業についてこれている……どころか、ミナの方は学年でもかなり上なのだからな」
「みーちゃんはうちでも沢山復習とかしてるから!」
「そ、そんなことないよ……」
慌てた様子で首を横に振るみーちゃん。ぱたぱたとツインテールが揺れて、ウサギの耳みたいで可愛い。
そんなみーちゃんを微笑ましげに眺めながら、いいんちょさんは微笑をたたえたままこう続けた。
「これも、【聖女】だからというやつなのかの」
「ううん。私たち、小さいうちから必要な知識は頭に直接入れられてたみたいだけど……学校で習うようなことはほとんど知らなかったし、関係ないよ」
「なるほど、そういうものであるか。失礼した」
顎に手を当ててうんうんと頷くいいんちょさん。隣でみーちゃんはなんだかヒヤヒヤした顔をしていたけど、いいんちょさんはこういう人なのだ。
常に自信満々で、妙に偉そうというか、変な喋り方で。だけどとにかく素直っていうか、あけっぴろげで――だから皆が思っても言わないことをどんどん言ってくる。
最初のうちは私もびっくりしたけど、この半年でこういう子だっていうのは分かってるからもう慣れっこだ。
「よく考えてみれば、【聖女】だからって皆成績優秀なんだとしたらリッカの成績が説明できんからの」
「むぐ……」
そんないいんちょさんと私とのやり取りを見て、くすくすと笑うみーちゃん。
……例の一件の後、私やみーちゃんがクラスにまた溶け込めるようになったのは、いいんちょさんがこういう人だったからというのもあると思う。
学校に戻ってきた私たちに開口一番「二人は実際に戦場に出たことはあるのか?」って訊いてきたのは今でも覚えてる。
あれで皆が気にしている部分をどんどん訊いてもらえたおかげで、私たちも私たちのことを皆に知ってもらえた。
そのことがきっかけになって、今では表立って学校で私たちに何か言ってくる人はいない。
……あくまで「表立っては」だけど。
「――六花ちゃん!」
ふとぼんやりしていたところで、みーちゃんのそんな声に気付いて私ははっとする。
するとほぼ同時に、どん、と頭が強く揺さぶられるような衝撃があって……私は気付いたら、椅子ごと転がっていた。
痛みはない。というか、私の場合は聖痕症候群の影響で「痛み」っていうのを感じたことがないんだけど――ともかく、だから私が感じたのはただ強い衝撃。
顔を動かすと近くには、大きめのボールが転がっているのが見えた。たぶんこれが飛んできたんだろう。
「リッカよ、頭を動かすなよ。血が出ている」
「血……あぁ、ほんとだ」
おでこを触ると、ぬるりとしたものが触れた。痛みがないから分からないけど、結構な勢いで当たったみたいだ。
「どうしよう、どうしよう、六花ちゃんっ……」
「大丈夫だって、みーちゃん。このくらいかすり傷だから。それより――」
言いながらボールの飛んできた方向を見る。
教室の出入り口近く。そこに、こっちを見てにやにやしている子が何人かいた。
男の子が三人と、女の子が一人。女の子は私の視線に気付くと、「あ~あ」と大げさな声を上げた。
「ごめんなさいね、【聖女】サマ。手が滑ってボールが飛んでいっちゃったのよぉ。わざとじゃないの、許してくれるぅ?」
「……タルシャ。お前という奴は――」
私が何か言うより先に彼女を見返すいいんちょさん。だけどその服の裾をひっぱって止めながら、私はその子……タルシャという同級生に向かって頷き返す。
「わざとじゃないなら、大丈夫。私、石頭だし」
「……あっそう。なら良かった」
するとタルシャはなんだかとても怖い顔をした後で、すぐに他の男子たちを連れて教室を出ていく。
しんと静まり返った教室にはまだ少しだけ落ち着かない空気が漂っていたけど、すぐにまた皆雑談に戻り始めた。
煮え切らない表情をしてくれているいいんちょさんに、私はこっそり訊ねる。
「私、タルシャに何かしちゃった……かな。あんまり話したことないから、タルシャのことよく知らなくて」
そんな私の問いかけに、いいんちょさんは肩をすくめながら頭をかいた。
「彼女の家は、軍人の一門なのだ。彼女の兄君も今回の戦争に行っていたのだが……戦死されたという話でな」
「戦死……」
「【聖女】に、殺されたと言っていた」
その言葉に、私もみーちゃんもさすがに口をつぐんだ。【聖女】に殺された――それはつまり、前線に出ていた一番からくー先輩までの誰かが、彼女のお兄さんを。
ざわざわとしたものが胸の辺りに渦巻いて、重い。「痛い」というのは、こんな感覚なのかもしれなかった。
そんな私たちの様子を見てとったのか、いいんちょさんは安心させるような微笑を浮かべる。
「別に、そのことでお主らが罪悪感を覚える必要はない。主らの姉君たちが悪かったわけではなく……ただお互いがお互いの
いつもずいずい来るいいんちょさんにしては珍しく、気遣うような物言い。だから私もみーちゃんも、これ以上引きずっちゃいけないと思って頷いた。
「どうする、二人とも。なんなら余の方から、タルシャには一言言っておいても……」
「大丈夫。ありがと、いいんちょさん」
そっとみーちゃんに目配せすると、そこで私たちは席を立った。
「待つがよい、せめて医務室に行った方が」
「私たちはあんまり医務室行かないようにって言われてるから。……大丈夫、うちに帰って手当してもらうよ。ありがとね、いいんちょさん。また明日」
そう言い残して、私たちは逃げるように教室を出る。
赤と青が混ざった夕日の色みたいに……なんだかはっきりしない、もやもやした気持ちだった。
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