■ReView・1943/XX/XX
「……記録は、ここまでですね。あとはこちらに来てからのことみたいです」
そう言って端末をテーブルに置いた後、九重は小さく息を吐いてくすりと笑みをこぼした。
「本当に、あの人は几帳面というかなんというか――こんなに沢山、私たちのことを記録し続けてくれていたんですね」
そんな彼女の隣で、八刀も仏頂面で肩をすくめる。
「細かい人だと思ってたけど、本当にもう。残さなくていいことまで残してるんだから」
「でもそのお陰で色んなコト、思い出せた気がします」
「だね。そんなこともあったなぁ、って」
三七守、六花が口々にそう呟くと、どこか楽しそうに九重も頷いた。
「思い出したいことばかりではありませんけれど。それでも――ここにあるのは全部、私たちの時間です。私たちが、皆が、そしてあの人が、一緒に歩んできた道。きっとこれは、残しておかなきゃいけない記憶。だからあの人は……こうして残してくれたんです」
「……本当に、バカみたいに真面目よね。あの人は。それに頑固だし」
「だけどたまに、面白いよね」
「あと、顔は見えないけど……とっても優しいです」
「『箱庭』でも、来て数ヶ月くらいしたらもう下の子たちには見破られてたものね」
珍しく、気の抜けた笑みを浮かべながら笑って、八刀が続ける。
「……私たちとは違う、ただの人なのに。バカみたいに無理して、強がって。本当、どうしようもないくらいにバカよ、あの人は」
「ええ、それには私も同意します」
肩をすくめながらそう呟いて、小さなため息を吐いて。
「だけどきっと、そんな人だったから私は――好きになってしまったんです」
青い瞳を細めながら、九重の告げたそんな言葉に。
「まったく、惚気は勘弁してよね。もうお腹いっぱいだわ」
と、苦笑を浮かべてみせる八刀。
皆お互いに顔を見合わせながら、くすくすと笑い合って――やがて九重が空を見上げる。
端末を開き始めた頃にはまだ青かった空は、いつの間にか端の方が綺麗な朱色に染まり始めていた。
「……おや、いつの間にかもう、夕方です。随分と長く、読みふけってしまいましたね」
そんな彼女の呟きに、「あ」と呻いたのは六花。
「やっば、今日の夕飯当番私とみーちゃんじゃん!」
「うそ!? ……どうしよう六花ちゃん、わたしも忘れてた!」
「まずいまずいまずい、どうしよ、わたしが材料とか急いで買ってくるからみーちゃんは……お祈りしてて!」
「お祈り!? う、うん! 分かった!」
にわかに慌てふためいた様子で庭園の外へと駆けていく二人。その背に向かって九重はにこにこしながら手を振る。
そんな彼女を一瞥して、八刀が呟いた。
「貴方もそろそろ戻りましょう。『箱庭』の温室庭園と違ってこっちはオンボロだから、冷えるわ」
「ありがとうございます、八刀さん。けどすいません、もう少しだけ。八刀さんは先に戻っていて下さいな」
「けど――」
「もう少しだけここで、先生が帰ってくるのを待っていたいんです」
穏やかな表情のままそう返す彼女に、八刀は少しの沈黙の後、頷いて。
「分かったわ。戻ってこなかったらまた、様子見に来るから」
「えへへ、お気遣いお掛けします」
そんなやり取りの後、八刀もまた庭園を後にする。
白いテーブルのそば。残された九重は一人、少しづつ暗くなり始めた空を仰ぎ見て。
「もう……先生ってば遅いなぁ」
ぽつりとそうこぼした後、テーブルに突っ伏して目を閉じて――
「――早く帰ってきてくれないと私、死んじゃいますよ?」
どこか弾んだ声音のその言葉は、ひんやりとした空気に静かに溶けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます