生まれ変わって
「うわあああああああああ!」
わるい、悪い夢を見た。自分史上最悪な夢。突然現れた頭のイカれた幽霊女に腹部を刺されて死ぬ夢。最悪だ。
手はもう赤く染まってなんかいないし、バッと服を捲りあげても腹部に傷なんかありやしない。筋肉もついていないだらしない腹が見えるだけで。……ちょっと空しくもあるけど。まあおいといて。あの夢は、本当に生きた心地がしなかった。腹をさすりながら思い返すだけで、背筋がぞっとする。
いやにリアルな夢だったし、本当に最悪な夢だ。いくら平凡的な日常に飽きたからってあそこまで非日常を求めているわけでもないわけで。妄想でもあそこまでしたいとは思ったことは一度もない。いや、もう見ているんだから深層心理では思っていたのか? そうだとしたら私はかなりヤバイヤツでは。それでも、
「夢でよかった」
「夢じゃありませんけど?」
焦点の合わぬ目をした女がこちらを見た。
夢で見たあの女。私を容赦なく突き刺した女がこちらを見て、笑っている。腹部の痛みが蘇るようで。ヒュッと息が詰まる。
「うわっ、えっ、なんで」
「あなたを許しますって言ったじゃないですか」
「は? 許すってなにを」
女は座り込んで、わざわざ目線を合わせてくる。よくわからない不快感と焦りと恐怖感で、汗が出てくるし、ガタガタと情けなく身体が震えていた。ガチガチ、とかみ合わない歯がうるさく音を立てている。
女は、先程の悪夢のように、喋り続けた。いや悪夢じゃなくて現実だった?
「ねえ、ねえ。聞いていないでしょう。」
「……あ、あ」
「あなたが!飽きたとか言うから! こっちはわざわざ新しく世界を用意したんですよ!」
「わ、私は、飽きたなんて、」
「言いました!」
「言ってない、です。こんなの求めてません! もう死にたくありません!」
なんとか言葉を絞り出す。女は呆れた顔をして、言葉を放つ。
「もうね、取り消せないんです。あなたにはこちらの世界での、勇者として転生してもらったんで。頑張って天寿を全うしてもらいますよ」
――――勇者として転生?私が?
女の言葉を理解できない。
勝手な判断で殺されて、異世界転生されて、私に勇者をしろと?本当に意味がわからない。なぜ?
「いやです」
女の手にある包丁がキラリと光る。いつの間に。
スッと目の前に出される鋭い刃物は、先程私の腹を抉ったのと同じ物であった。雑に拭ったのがわかるように、所々に血が残っているのが見受けられる。これは私の血液なのかもしれない。
そう考えた瞬間に、堪えきれなくなって、戻した。喉が熱い。吐瀉物が辺りに広がって、あの特有のツンとした臭いが鼻を突き抜ける。
「……汚い」
女は笑って、包丁を振り下ろす。
「汚いよね」
引き抜いて、再度、振り下ろす。
吐瀉物に血液が混ざる。肩が熱い、熱くて痛い。また、私は死ぬのか。
「あっ。」
いつかのアニメで見たようなエフェクトと共に吐瀉物も血液も消えていく。ついでと言わんばかりに痛みも消えていった。
「さて、さて。勇者様、この世界での役目を果たしましょう」
「…………」
「許してあげます」
「…………」
「さあ、さあ! 勇者様、どうかこの、退屈でない危機感に溢れた世界をお救いください!」
ドン!と突き飛ばされる。
さっきまであった床はもうなくて、少しの浮遊感が、トドメを刺す。私は青空を落下していく。必死に手を伸ばしても、もうどこにも届かない。ただ落下していく哀れな男と化していた。
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