第100話 忍者ナインとヴァルキリー

 タクマさん達が王宮の方へ向かう。今は時間が惜しいから先に行ってもらった。だけど、それは理由のうちの1つに過ぎない。


 忍者のナイン、パルデンスでリタと行動をしていた男。黒装束で目元からでしかその様子は掴めない……だが彼の目は何か使命に燃えてるようなギラギラとした目付きだった。


「いや~麗しい友情っすね~。俺っちがテン、いや、リタをかどわかしたって思ってるんでしょ?」


 リタはクラスでも大人しい性格だった。セバスチアンワンだって執事の頃はいつも笑みを絶やさず悪戯好きな私を優しく叱ったりしてくれた。


 ──だから私にはあの二人があんな事をするとは思えなかった。


「リタはあんな事をする人間じゃありません! 自分からテロリストになるだなんて──」


「リタがオルビス村出身なのは君も聞かされてるでしょうに……こちら側に残ったリタと俺っち達が合流したらどうなるか、予想できるでしょ?」


 正確には中央から監査に来ていた下級貴族とリタが生き残った。下級貴族は災害壁が近付いてることに真っ先に気付いておきながら逃げ出した為に助かり、リタは姉の結界で運良く生き残った。


 結果、統括都市であるパルデンスは救助に遅れ、中央は貴族から情報受け取った後、パルデンスを攻めた。救助が遅れた恨みは十分にある、だけどそれは時間が解決すると私は思ってる。


「時間が解決する──なんて思ってるでしょ? 災害壁調査隊とワンさんは見ていた、誰か1人でも生かそうと、火傷を負いながら結界を張るリタの姉の姿を……。俺っち達は守られながら見ているしかなかった、だって補助系の魔術なんて誰も使えなかったから……」


 ナインに心を見透かされ、更には想像を大きく越える惨状を語られた私は、槍を持つ手が震えた。


「簡単に解決するなんて思ってんじゃねぇよ! 甘いんだよ! レベルだけは近付いたみたいだが……修羅場の数はちげぇよ! 良い機会だ、人生の厳しさを教えてやるよ」


 苦無くないをナインが構える。こちらも気圧されてる場合じゃない。気持ちを振り払うように先手を仕掛けた。


「"エーテルストライク"!」


 背後に展開した光の翼で加速して刺突攻撃を繰り出す。


「"土遁・塗り壁"」


 ナインは自身の前に土で出来た壁を作り出した。


 タクマさんがよく刺突攻撃への対策に土系魔術の壁を用いている。パルデンスにいた頃の私なら突破に時間がかかってたはず、だけど今の私ならこの程度の壁は障害にならない!


 ──ドプっ!


「──え!?」


 槍が壁にめり込んだまま速度を殺されてしまった。


「君は2度も同じ手に引っ掛かるんすねぇ。それは泥の壁だから破砕は不可能っすよ」


 覚えてる、1度目は洗脳された私が放ったエーテルストライクを同じ手でタクマさんが防いだ。

 忘れたわけではなかったが、同じ事をできる人間がいるとは思っていなかった……。


「速度が死んだヴァルキリーなんて、脅威じゃないっすねぇ。──"風遁・烈風"!」


「……くっ!」


 距離を取ったナインはこちらに向けて新たに風属性のスキルを放ってきた。

 攻撃から逃れようとするが、体が酷く重い。自身の状態を確認してみると、付着した大量の土が固まって地面と結合していた。


「嘘……泥が固まって!?」


「風と土のコンボっす。てかそれで強ジョブっすか、案外呆気ないっすねぇ」


 ナインは近付いてきて私の首に苦無を当てる。


「赤ん坊に刃物を持たせても、素手の大人には勝てないんすよ。うーん、子供に現実ってものを教えるのは気持ちが良いっすねぇ!」


「……私はただ、リタの目を覚まさせたいだけなのに」


「君に彼女の何がわかるっていうんだ?」


 苦無が少し食い込んで鎖骨辺りに血が流れ始めた。


「わかるわ! いつも花壇の水やりをしていた、誰も気にもとめないのに真剣だった。私が教科書を忘れた時も一緒に見せてくれたりした。だから友達になりたいって、そう思って──」


「だからリタに声を掛けまくった。当たりかな? 復讐の力が欲しい彼女は、村では優秀でもパルデンスでは下の方だ。取り分け、君の存在は彼女の自信を突き落としただろうね、そんな君から声をかけられて、果たして友達と思えるだろうか?」


「それは──」


 パルデンスの中にある魔術学院のほとんどは実力主義だ。もしかしたら私に劣等感を抱いていたかもしれない、いや本当は……。


「もしかしたら、君が権力者の娘だから優しくしたのかもしれないよ? 多少なりともパルデンスに恨みはあるから、隙を突いて狙っていたのかもしれないなぁ」


 そう言う人は周りに大勢いた。勿論、私はそれらを嗅ぎ分ける能力も身に付けている……。だけど、本当に友達だったら、相談してくれたかもしれない。


「君みたいな育ちの良いお嬢様から友達と思われる……優しさの押し付けに感じる人だっているっしょ」


 ナインの言葉が胸に突き刺さる。何のためにここまで来たんだろ、そんな言葉が心を支配する。

 そんな私の前に綺麗な花弁が舞ってきた。ナインの風属性のスキルの影響かもしれないがそれは確かに私の前を舞っている。


 ──リタの育ててた花と同じだ。


 何度か手入れを手伝った、あの時笑いあった笑顔は本物だと思う。優しさの押し付けでも何でも良い、向こうが逃げるなら追えば良い。


 自身を取り戻した私は前の私よりも真っ直ぐ進める気がした。



「別に……利害があろうと無かろうと、間違ったら正しに行くし、友達と思ってないなら、そう思うまで接する!」


「わがままで真っ直ぐだなぁ」


「私には変化球はできないから、この槍みたいに真っ直ぐ進むのが取り柄なんです!」


 だから──。


「とりあえずあなた達ネームレスをぶっ飛ばして、リタを連れ帰ることにするわ!」


 レベル100なんてとうに超えている。だからお母さんに出来て私に出来ない筈がない!


 ──足りないのは真っ直ぐな気持ちだけ!


「俺っちに勝てるとでも?」


 苦無を首に当てられて少しでも動けばすぐに殺される。でもナインは殺せない、エクストラジョブの絶対的強さの前に敗北するから。


「──"神罰執行形態ジャッジメント・モード"」


 全身から光の魔力が溢れ出してナインを泥ごと吹き飛ばした。背面の翼は6から12に増えて総数はお母さんを超えた。


「はぁ……若いのはここぞって時に覚醒するから嫌になるっすね。それ、"秘奥義ミスティックアーツ"か」


「はい、ですからお願いがあります。多分私が9割の確率で勝ちます……だから降参してください。ちょっと加減が難しそうですから」


「断る、男にも退けない時あるっすから」


 ナインはそう言って札を6枚空中に投げた。投げられた札はナインを囲むように浮遊している。


「"六道輪廻"」


 虹色のオーラがナインを包み込む。名も無き部隊ネームレスは全員、秘奥義ミスティックアーツを使えるはずだから驚きはない。


 互いに全力での攻撃、多分次が最後の1合となるはず……。


 上空に光耀く槍を出現させる。私の最高のスキル、セイクリッド・ヴァレスティより高密度な巨大な槍。対するナインは超バフ系らしく腰を落として加速の体勢に入っている。



 そして私は秘奥義ミスティックアーツを放つ。


「──"最後の審判ラストアーク"!」


 ナインは虹色のオーラを両手の苦無に集中させて槍とぶつかり合う。


「ぐぅぅぅぅぅっ! この程度、あの地獄に比べたらっ!!」


 ナインは押され続けて地面に足を着く。


「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 ナインが叫んだ次の瞬間、着弾した光の槍が爆発して巨大な光の柱を形成した。


「もう、立たないで下さい。騎士団の増援も時期に駆け付けます、残念ながらあなたに勝ち目はありません」


 巨大なクレーターの中心で、ナインは僅かに残った虹色のオーラを苦無に灯してふらふらとこちらに向かってくる。もう、私の言葉すら耳に入っていない、気力だけで立ってる状態だ。


「"パニッシュメント"」


 ヴァルキリースキルで1番最初に覚えるスキル。空気を振動させて槍の内側にいる敵を吹き飛ばす非殺傷の攻撃、それを受けたナインは後ろに倒れて虹色のオーラも粒子となって消えた。


 偶然かもしれない、先程の花弁が手のひらに落ちてきた。手に取ると、光とは違う何かの粒子が付着していた。


「これって……闘気!?」


 本来ならタクマさんの手元を離れた闘気は時間経過と共に世界に還る。それなのにどういうわけか、私を花弁で勇気づけて勝利に導いてくれた。


「──ありがとうございます、タクマさん」


 ライラは花弁を胸に、聞こえないと知りつつも拓真に感謝の言葉を口にしていた。

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