第101話 伝説の到来

 俺達はライラにナインの相手を任せて先に進んだ。


 貴族特区を進み、ナーシャの家の辺りに着いた。武家の名門故に屋敷には傷1つ付いてはいなかった。


「タクマさん!」


「ナーシャ、無事みたいだな」


「はい、父様と2人でなんとか屋敷だけは守りきれました」


 ナーシャの着ている白いドレスアーマーは所々傷付いていて、戦いがどれほど壮絶だったかが窺えた 。


「やっぱりタクマさん達は王宮に向かうのですか?」


「まぁ、その為に戻ってきたからな」


「本当は付いていきたいのですが、私では足手まといになることはなんとなくわかります。ですから、ここで襲われる貴族達を守る事に徹します……」


「悪いな……全部終わったらまた戻ってくるからさ」


「はい、いつまでもお待ちしております」


 "金獅子の双刀"を保有するナーシャはそこらの敵なら勝てるかもしれない。だが、"至る者"はただ強いだけで勝てるような相手ではない。


 俺自身、悔しい思いをしながら先に進むことにする。



 貴族特区の端、つまりはいよいよ王宮へ入るのだが……。城門前に差し掛かったところで全員が足を止める。


「兄さん、待ち伏せされてますね」


「ああ、絶好の位置取りだな」


「私達の動きが読まれていたと言うことでしょうか?」


「居住区を攻撃しなかったのは敵の追撃をこの城門のみに絞るため、そういう理由もあったのかもな」


 王宮への城門は一般居住区、貴族特区、そして冒険者地区と3ヶ所ほどあるが、名も無き部隊ネームレスは商業区から貴族特区のルートで王宮を攻めた。


 その2つの地区は基本的に貴族の関わっている悪の温床と言っても過言ではない。中央都市国家の貴族と王族に恨みを抱く名も無き部隊ネームレスが狙うのは当たり前と言えば当たり前だった。


 一般居住区と冒険者地区からの入口を何かしらの手段で塞いでしまえば、敵の追撃は貴族特区だけに限定される……なるべく民に被害を出さないように、そして効率的にという一石二鳥を狙った見事な策と言える。


 城門前の大広間、敵がいるであろう箇所に自作スキルで作った"グレネード"を投げ込む。


 ドゴォーン!


 闘気はすでに散布済み、敵の居場所なんて見えているし、今の攻撃で無傷なのも当然わかる。


「戦うなら戦うでさっさと出てこいよ! こっちは時間がないんだ!」


 魔術障壁を展開し、その中には一般人とは明らかに雰囲気の違う4人組がいて、こちらを嘲笑するような視線を向けてきた。


「黒髪の男と女……お前がタクマか?」


 北欧風の白い服を着た体格の良い大男が前に出てきた。武器は持っていない、いや……両腕の黒いガントレットが武器かもしれない。つまりはオズマタイプ肉弾戦特化ということか。


「知ってて聞くなよ。アンタらが世界の中心に総攻撃仕掛けると聞いたから、急いで戻ってきたんだ。どうせここにいるのは時間稼ぎなんだろ?」


「なるほど、エイトダグラスは敗北しただけでなくお前達に情報まで流したのか。その通り、ここを通る人間……特に黒髪だけは絶対に通すなと言われている」


「じゃあさっさとかかってこいよ。さっきも言ったが、時間がないんだ」


「ふむ、戦前の問答くらい大丈夫だろ。そんなに余裕がないと勝てるものも勝てないぞ? もっとも、幹部4人がここにいる以上、そうなっても仕方ないがな」


 大口叩いたはいいが、ダグラス1人に苦戦した俺達に4人相手はかなり厳しい。ライラの時みたいに1人残して先に進むこともできない……もしかして、詰んだか!?


「どのみち死ぬんだ、自身を倒す相手のことくらい冥土の土産に教えてやろう。我はセブン、ジョブはモンクなり!」


 モンクと名乗るセブン、俺達の世界でモンクと言えば武闘僧のことだ。俺の予想通り、肉弾戦が得意なジョブだ。


「あたしはシックス、ジョブは符術師よ」


 符術師と名乗るシックス、黒いアオザイを着て6枚の符で扇のように口許を隠している。


「……ファイブ、ジョブ……死霊術師……」


 死霊術師と名乗るファイブ、ボロボロの黒いローブを着ていて陰気が冷気のように漂っている。


「うちはフォー、ジョブは棒術師ね!」


 棒術師と名乗る女、フォー。雑兵と同じ名も無き部隊ネームレスの黒い制服を着ている。俺の経験上、この1番弱そうなタイプが1番侮れない。


 至る者は弱ければ弱いほど限界突破後の伸び率が凄まじい。完成されたジョブと違って魂のキャパシティが余りまくっているからだ。


「くく、どうしたタクマ。仲間が死ぬかもしれない未来でも予想したか? 目に迷いが見え始めてるぞ?」


 セブンの指摘は当たっていた。この中の誰かが欠けるかもしれない……そんな未来を少し考えてしまった。それがジワジワと毒のように心を蝕んでいく。


 紋章術はワンと戦う時に使うから残しておかないといけない、紋章術抜きでこの4人を圧倒できる方法なんてあるわけない……。


 敵は攻撃体勢に入った。一気に仕掛けてくるらしい、当たり前か……エルフの時のように決闘ってわけじゃないからな。


 背後のみんなを見るとみんな一様に覚悟を決めた顔をしている。


「兄さん、ここが正念場です。ここで彼らを倒せば敵は多くの幹部を失います。嫌なことは先に終わらせておきましょう」


 雪奈は勝つことを疑っていない。


「お兄ちゃん、自分の身は自分で守れるよ? それに、お兄ちゃんに見せてない戦い方を見せる機会だと思ってる。期待してて!」


 ティア、ごめんな。実はこっそり練習してるの見てたんだ。──でも勇気が湧いたよ。


「タクマ、あの筋肉は俺と語り合えそうだ。あれは俺に任せてくれ」


 ……あ、うん。まぁ、そのつもりだったけどな。


「みんな……厳しい戦いになるけど、いくぞ!」


 と、双方が戦闘を始めようとした瞬間。遠くから巨大な炎の剣が数本飛来してきた。


「ふぉふぉふぉ、ワシを忘れてもらっては困るな」


「あたしも執務ばかりで腕が鈍ってるからな。久々に動いてみるか」


「……なんでアンタらがここにいるんだよ!!」


 かつて中央都市国家の侵略を凌いだ2人が上空から下りてきた。8枚の光の翼を広げた赤髪の女性と、豪華なローブに身を包んだ賢者のような老人……マルグレットとロルフだった。


「自国の守りに徹すると我等は思っていたがな……」


 セブン達は西方最強の到来に苛立ちを覚えている。


「ここが落ちれば世界経済は大混乱に陥り、来るべき日に戦えなくなる。人間も捨てたもんじゃないじゃろ?」


「あたしは息子タクマの窮地に駆け付けただけさ。……さて、タクマ君、ここはあたし達に任せて先に行きな!」


「いや、だがたった2人で──」


「そのたった2人でパルデンスを守りきったんだよ、あたし達は。この間、息子になると言っただろ? 母親らしいことをさせてくれ」


「──わかった。ライラが後から来るからそっちにも顔を見せてくれ、じゃあな」


 敵の脇を抜けて先へ進む。


「させないよ!」


 シックスが符を飛ばしてきた。それがオズマに当たりそうになる。だが、それは光の槍に叩き落とされてしまう。


「おいおい、西方最強の2人を無視なんていい度胸じゃないか。ほらほら、呆けてないで防いでみなよ! "シャイニングランス・ゼロ"!!」


 マルグレットが地面に槍を突き立てると地面から光の槍が無数に出現した。


「──くっ!!」


 符術師の太ももを光の槍が貫いて地面に手を着いている。


「マルグレット! ワシの足元に槍が出てきたのは何故じゃ!」


「あ、すまんすまん。うちの女子生徒に良い土産話が出来ると思ったらツイ、な」


 セブン達は距離を取ってシックスに回復を施している。その表情は先ほどの俺と同じものだった。今度は自分達が狩られる側に回った事を理解してしまったようだ。


「じゃあ、今度こそ行くよ」


「弟子よ、必ず生きて帰るのだぞ?」


「ロルフ、アンタの弟子になった覚えはないよ」


 そう言って俺達は王宮へ進んでいった。


 ☆☆☆


「──っらぁ!」


 マルグレットがセブンの拳撃を槍で捌き、フォーの棒術をロルフが"素手"で防ぐ。


「ところでロルフ、手痛くないのか?」


「ふぉふぉ、少しだけ痛いのぉ」


「さっきからその娘、顔を真っ赤にしながらスキルを連発してるぞ?」


 フォーはひたすら棒術でロルフに攻撃を繰り出す。合間合間にファイブ死霊術師によるゾンビ攻撃が来るがロルフに触れた途端に消し炭になっている。


「確かにこの娘フォーは強い、ギルドマスターにもなれたかもしれん。じゃがのぉ……魔術師は近接はできないはず、そう思って今のこの結果を受け入れず、焦りすぎておる。至る者はあり得ない事の体現者、自身がその存在なのにワシの力に動揺するようじゃあ、まだまだじゃな!」


 飽きたと言わんばかりにフォーを蹴りで吹き飛ばす。ロルフは魔功で炎の魔力を血管に流し込んで超ブースト化していた。


 マルグレットはセブンの秘奥義ミスティックアーツをセイクリッドヴァレスティで相殺する。


「バカな! 秘奥義ミスティックアーツをただのスキルで相殺するだとぉっ!?」


「さすがにスキルで防ぐのは無理があったな、手がめちゃ痛い」


 相殺しきれなかった衝撃はマルグレットの手に向かって痛めてしまった。


「下がってセブン! 秘奥義ミスティックアーツ・"不知火"!!」


 回復したシックスが隙だらけのマルグレットに秘奥義ミスティックアーツを放つ。地獄の炎を符術で再現して敵を燃やす技。マルグレットは紫の火柱に包まれる。


「……下がれ、秘奥義ミスティックアーツ・"黄泉送り"……」


 間髪入れずにファイブが地面から大量の骸骨を出現させて巨大な骸骨門を作り出す。門から闇の光が溢れてマルグレットに直撃する。


「最後! 秘奥義ミスティックアーツ・"轟破崩撃"!」


 戦闘不能に追い込まれたはずのフォーが最後に光で出来た巨大な棒でマルグレットを叩き潰した。

 それを見たロルフは"あちゃー"というジェスチャーをしている。


「……や、やったか!?」


「お主ら……覚悟しといた方がいいぞ?」


 土煙が晴れ、そこには槍を杖のようについたマルグレットが立っていた。さすがに無傷とはいかなかったようで、頭部から血を流してロルフを睨んでいた。


「覚悟するのはお前だロルフ、夏期のボーナスは無しだからな?」


「何故じゃぁぁぁぁぁっ!」


「棒術の秘奥義ミスティックアーツはお前が妨害するのが当たり前だろ! さすがのあたしも痛かったぞ!」


「あー、すまん。お主の"聖鎧パッシブスキル"がどこまで持つか、ちょっと興味があったんじゃ」


「……冬期も無しがいいか?」


「……すまん、あとはワシが相手するからそれで許してくれ」


 ロルフはセブン達の前に立つ。


「さて諸君、上を見てくれ」


「──な、ん……だ。あれ……?」


 全員が見上げるとそこにあったのは巨大な炎の剣が一本、顕現していた。


秘奥義ミスティックアーツ・"熾天之剣ヴァーミリオンブレイド"じゃ。今から落とすから耐えてみせよ」


 セブン達は秘奥義ミスティックアーツでロルフの熾天之剣ヴァーミリオンブレイドを迎え撃つ。


「お前、優しいな」


「なんの事じゃ?」


「あれに込められた魔力は丁度4人の魔力出力を足したくらいだろ? 秘奥義ミスティックアーツを2度に渡って全力で放てば防ぎ切ったとしても魔力0で戦闘不能。それを狙ってるんだろ?」


「奴等の目は復讐のためなら死んでも構わないという目をしておる。あれを防げる程の全力を出しきったら"生きたい"という気持ちが生まれてもおかしくないじゃろ? そこでようやく罪を償わせる事が出来るんじゃよ」


 目論見通り、全力を出し切ったセブン達はパタリと倒れた。そしてガシャガシャと金属音を鳴らしながら騎士達が駆け付ける。


「こ、これは西方のロルフ様、マルグレット様! どうしてこちらへ?」


「勇者タクマから救援要請を受けたから来たんじゃよ」


「勇者……タクマ?」


「知らんかったのか? この間召喚されたんじゃ。まぁそれよりも、あやつらをしっかり封印して捕縛しておいてくれ」


「──ハッ!」


 セブン達は封印処理を施されたあと、騎士達に連行された。騎士の中で勇者の話しが聞こえ始めたため、ロルフは無事に噂を広めることができたと、酒を呷りながら微笑んでいた。

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