第68話 エルフの子

 朝起きると何故か金髪の子供が戻ってきていた。


「なんでだよ。てかアンタ誰だよ……チッ、みんなに見つかる前に隠さなきゃいけねえか」


 幸いにもみんなまだ寝てる、コイツもまだ寝てる。唐草色の服にレザーの胸当ても着けている。故に案件は発生していないことだけはわかった。多分、いや確実にこの子はエルフだ。見た目はライラと同じくらいだが、例に漏れず俺なんかよりも遥かに長く生きていることだろう。


 お姫様抱っこして再びライラの寝袋へ向かう……しかし、運命とは残酷なものでスキンヘッドの男がムクッと起きてしまった。


「よぉ、タクマ。ソレ……どうした?ティアとの子供か?」


「聞くな、深夜起きたらいたんだ。それと、ティアとはそういうことはしてない」


「いや、青い目してんじゃねえか。絶対そうだろ」


 青い目?抱えてるエルフの子を見るとすでに起きていたのか、無垢な眼差しでこちらを見上げていた。


「あ、ほんとだ。青い目だ……じゃなくて!耳見ろよ!ちげえだろ!」


 俺の抗議を無視しているのか、オズマが俺の後ろを指差していた。ギギギっと機械のように振り返ると、ティアが腕を組んでジト目を向けてきた。俺の声に起きてしまっていたようだ。ちなみに、雪奈は何故か会話に加わらず黙々と寝袋を片付けて朝食の用意を始めていた。


 目の前の義妹は俺に直球で質問をしてきた。


「その子、誰?」


「お、俺だって知らねえよ!なぁ、アンタはどこから来たんだ?名前は?」


 話しを聞くために地面に下ろして向かい合った。


「ラティスはユウシャを探しにきた。精霊さんがここだって教えてくれたのです」


 オズマがそれを聞いて吹き出した。俺が勇者という柄じゃないと、そう言いたいのだろう。


「とりあえずはタクマとティアの子じゃないみたいだな」


「私とお兄ちゃんが子供作ったら、黒髪の子供になるから絶対違う。それに───」


 ティアの話しによれば、神子と勇者の子は絶対に黒髪になり”アイテムボックス”を継承してしまうとのこと。ただ、2世代以降は継承確率が半分になっていくので、アルフレッドに実子がいたとしてもほぼ絶滅しているらしい。


 そしてラティスと名乗る少女は勇者を探しに来たらしく、ライラお手製の洞窟に俺のスキルでの隠蔽も、精霊の力を使えば簡単に看破できたそうだ。


 簡単な話し合いの最中、雪奈がテーブルをドンと置き、朝食の用意ができたと言ってきた。朝食と言っても、この世界は勇者が来る度に産業革命が起きていたので、レトルトのカレーのような物を温めるだけなのだ。というか、ほとんど向こうの料理をこちらで再現したものが多いから食に関しては異世界に来た気がしないんだよなぁ~。


 配膳をしながら雪奈はラティスに話しかけていた。


「ラティスちゃん、朝食ご一緒にどうですか?あ、エルフって肉を食べない作品もありますが、大丈夫ですか?」


「うん、ラティスは好き嫌いしない。ここに住んだら、そんな事言ってられない」


 先の大戦により数が激減した種族は表舞台から姿を消して、それぞれ隠れ住んでいるという。エルフの選んだこの土地は常に高レベルな魔物に闊歩しているため、四の五の言ってられないのだろう。


「セツナお姉ちゃん、なんで冷静なの?ライラちゃんと同い年くらいの見た目だけど、出るとこ出てるからね!? これ以上増えるのは困るんだけど?」


「ふふ、ティアちゃんはまだまだですね。私くらいになるとメス猫かそうでないかくらいすぐにわかるんです。彼女のそれはただの好奇心ですよ」


「うぅ~、まぁ何となくだけど、わかった」


 口数の少ないラティスは黙々と食べている。そして朝食の途中でライラも目が覚めてその輪に加わる。話しによれば、昨日はとても寝苦しかったそうだ……南無。


「それで、なんで俺を探しにきたんだ?」


「ホントは違う、結界の外に出たかったから隙を見て出てみた。だけど帰り方がわからなくて……精霊に聞いたら絵本のユウシャがこの地に来ていると言った。だから探した、思ったより時間かかったし、魔物が強かった」


 ふむ、もしかしたら思ったより早くエルフの集落に行けそうだな。


「つまり、俺ならその結界を突破できるから手伝って欲しい、そういうことか?」


「そう、ラティスも手伝うから」


「よっしゃ、決まりだな!俺達もちょうどエルフに用があったからさ、これからよろしくな」


 簡単に挨拶を終えて俺たちは再び未踏領域攻略を再開した。


 そして1時間後くらいにガーゴイル3体と、ベヒーモス1体に出くわしてしまった。道の前と後ろを挟まれた陣形だった。ガーゴイルはすでに慣れているので余裕だが、ベヒーモスはまだ2回目くらいだった。


「ラティス、ガーゴイルする。だからベヒお願い」


「いやいや……大丈夫なのか?」


「うん、大丈夫。ここに来るまであれくらいならいけたから」


 確かに、俺たちを見つけるまでラティスはここを通ってきたはずだ。ということは、あれを単騎で撃退できる強さということだ……エルフって実は物凄く強い?


 念のため、ラティスをすぐにカバーできるような作戦を考える。ベヒーモスだが、実はこの場限りの秘策がある。右は壁のような岩山、左は奈落……そしてベヒーモスは鈍重で小回りが利かない。道幅が最も狭い地点に到達したとき、その秘策は成功する。


 俺は保険だけかけて指示を出す。


「オズマは最初にくる俺への一撃を気合いで防いでくれ。雪奈は万が一の事を考えて俺とラティスの中間距離で待機、ティアはラティスの援護だ」


「むぅ~~、ラティス援護いらないのに~~」


 むくれるラティス、実力が定かでは無いのでここは我慢してもらうしかない。


 エリアルステップを使わずにオズマと共にベヒーモスへ接近する。黒くねじれた角が頭上から迫ってくる。オズマは言う通り全力を以てそれに挑んだ。


「無茶いいやがるぜーーーーー!熱血っ!気合いっ!ど根性のぉ~~”ギガントスマッシュ”!!」


 奇妙な咆哮と共にオズマの全身が赤いオーラに包まれ、下から上へ向けて大剣を振り上げた。本来なら振り下ろす方が断然有利なのだが、レベル50を超えた時にゲットした大剣スキルにより膂力が超強化され、ベヒーモスの黒き角を押し返す程に至っている。


 紫色のモリモリ筋肉を有するベヒーモス、大きさは日本の牛の約10倍。その体躯にふさわしい凶悪な角が2本、これだけのものを有してなお、押されていることに敵自身も驚いていることだろう。


 オズマの作ってくれた隙を無駄にしないために俺は奴の足元にDeM IIデムツーを突き立てた。そして月の石を外し、赤の魔石にチェンジして全力で”反撃剣リベンジソード”を使った。


 地面に突き立てた剣は発光し、爆発する。すると、ベヒーモスの足場は徐々に崩れ始め、奈落へと落ちていった。


 剣が物質的衝撃を受けると爆発する。それが反撃剣リベンジソードの効果、本来なら鍔迫り合いで敵に大ダメージを加えるものだが今回は足元を崩すのに使った。


 よし、上出来だ。オズマとハイタッチしてラティスの方を見る。


 迫り来るガーゴイルに動じず、両手を天に掲げて唱えていた。それは魔術詠唱でも魔方陣による魔術でもない。ただ、自然に語りかける祝詞のりと


「精霊さん助けて”天空より降り注ぐ水ヴァッサーファル・フィルマメント”」


 青い光の粉のようなものが現れ、収束し、顕現した。初級魔術より遅く、されど中級魔術より遥かに早い精霊術。3本の水柱が現れ、ガーゴイルを包み込むように呑み込み、バキバキと音を立てながら水圧で圧縮した。


 小雨が降る中、ラティスはこちらを向いてVサインをする。それを見た一同は周囲の湿度に反して乾いた笑いしか出てこなかった。

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