第69話 エルフの里

 エルフの子供ラティス、彼女の使う精霊術は人間のスキルや魔術とは異なる体系で生み出されており、行使には願いと”祝詞のりと”を使うことが必要とされる。初級や上級等の区分が存在せず、精霊といかに心を交わしているかで威力や術の型が決まってくる。


 ラティスの精霊術は人間の魔術でいうところの中級の威力で、しかも行使速度は初級よりちょっと遅いという破格の強さを誇っている。里に着くまでの臨時メンバーではあるが、高火力のティアに速度重視で中火力のラティスが加わることで未踏領域の探索はグッと楽になった。


 そして探索開始から3時間程経った頃、ラティスが不意に立ち止まった。


「ユウシャ、ラティスの目の前を剣で突っついて」


「わかった」


 ラティスの言う通りにDeM IIデムツーで突き込むと、その空間に波紋が広がって徐々に異なる風景が映し出された。今までの探索でこの付近まで来たことはあったが、まさかこんな仕掛けがあるとは思わなかった。


 現れたのは、無骨な岩山地帯に似合わない森林だった。木々の隙間から建物が見えないことから、まだまだ先があることがわかる。そしてラティスが森の前に立ってこちら振り返って言った。


「ユウシャは精霊樹ユグドラシルに認められてしまってるから無理矢理通れる」


 ラティスはまるで自分の事のようにえっへんと胸を張っている。残念かな、この面子相手にそれを強調しても分が悪い。勝てるとしたらライラくらいなものだろう。


 無難な会話をしながら一瞬だけラティスのソレとライラのソレを見比べていると、ライラがズンズンと歩いてきて威嚇するように槍を地面に突き立てた。


「タクマさん、女性って男性が思ってるより視線に敏感なんですよ?次からは注意してくださいね?」


「……はい、すみません」


 オズマはクックと笑い、ティアは頭を抱え、ラティスは?マークを浮かべている。雪奈は、というと……腕を組んで下から持ち上げるようにして、恍惚な表情を浮かべて俺を見ていた。


「兄さん、もし後で時間ができたら私のむ───」


「よし!この先に進むぞー!俺に続けええええ!」


 直感的に変な事を言われそうだったので、俺は全力で先陣を切ってエルフの森に突入したのだった。


☆☆☆


 突入から30分、歩けど歩けど同じ景色ばかり……ゲームでお馴染みの迷いの結界でもあるのではないか?っとラティスに尋ねたが、結界はあれだけとのこと。


「しかしエルフもよく考えたもんだな結界で魔物が来ないようにするとか。いや、その環境で生き抜くために開拓するのはむしろ当然か」


「今まで一度も突破されたことはない。けど、たまに人間のお爺ちゃんが結界の近くまで来たことがある」


「そういえば、そこそこな頻度で調査してるって言ってたな」


「そのお爺ちゃん、泣きながら魔物を蹂躙してるから何かあったのかな?っていつも思ってた」


「そいつの名前は多分ロルフっていうんだ。目的はレベリングもあるだろうが……本命は憂さ晴らしか」


 ラティスとそんな会話をしながらさらに1時間歩いたところで、ようやく木造の建物が見えてきた。


「あれがエルフの里か?」


「そそ、今から長老に話してくるから待ってて」


 待つこと5分ほどでエルフの長老らしき人物が現れた。長老と言いつつもラティスと同じ金髪ロン毛で輪郭の整った美男子だった。


「あなた方は人間かな?どんな用でここまで来たかわからないが、私の娘を連れ戻してくれたことは感謝する」


「俺達もここに用があったからな。全然OKだ」


「ふむ、とりあえず私の屋敷で話しを聞こうじゃないか、着いてきなさい」


 俺達は長老のあとを追って里の中へ入った。里の建物はシンプルな木造建築が主で、物語のようなツリーハウスは存在しなかった。エルフといえば基本排他的で人間を見下す印象だったが案内される道中、敵意をもった視線は感じず、お辞儀をする人が多くて思いの外暖かい種族だと感じた。


「ハッハッハ、それは思い違いをしている。私もラノベなるものを読んだことがあるが、我らは長寿だぞ?あんなに気を張って生きていたら精神が持たんだろう」


 屋敷に行く途中、雑談をしていたら長老がそういってきた。どうやら歴代の異世界勇者がこちらで執筆したラノベは、なんの意味も成さないらしい。


「さて、着いた。ここが私の屋敷だ」


 さすがに他の建物よりふた回りほど大きい。そして長老が扉を開け、中へどうぞと促す。それに従って中に入り、次に食堂まで案内された。


「さあ、座ってくれ」


 全員椅子に座ると、ラウンドテーブルの上座に座った長老が口を開く。


「では私から自己紹介しよう。私はエルフ族の長老でオラフという。愚かな娘を連れ戻してくれたこと、感謝する」


 そして順に自己紹介を始める。


「俺は拓真、なんかその……一応勇者らしい」


「私は雪奈、こちらの男性のつ、つ、つ……妹です!」


 雪奈……最近言動がおかしくなったな。お兄ちゃん悲しいぞ。


「ティアです。タクマお兄ちゃんの妹で神子をしています」


「ライラです。タクマさんのご助力と友人を助けるために同行しています」


「俺はオズマだ。親父をた───」


「なるほど、ではこのパーティのリーダーはタクマ、君なんだな?」


「ああ、そうだけど」


「ここに来た理由をお聞きしても?」


 オラフは真剣な眼差しで聞いてきた。ここが正念場というやつだろう。エルフ族の協力を得るためにこちらも真剣に答えないといけない。嘘や誤魔化しは一切なしだ。


 俺はこれまでの経緯を説明し、最後に協力を求めた。


 オラフは目を伏せて考え込む、長い熟考の末に顔を上げたオラフは神妙な面持ちで語る。


「そうか……もう女神の結界は持たないか。そして人間の王がいるあの都市が戦争に、か」


「協力は無理、なのか?」


「無理、というか……私たちに協力する理由がない。女神の封印の崩壊、世界縮小現象、どれも我らエルフにとって驚異ではない」


 驚異ではない……どういうことだ?


「我らは新たな世界に移住するからだ」


 苦難の末にたどり着いたエルフの里、穏和な種族に安心しきった拓真はオラフから聞かされた計画に戸惑いそして──。

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