第51話 薬師と剣士 決戦

 何らかの方法を用いてジョブの限界を超えた存在『至る者』、雪奈はこの存在についてある程度は知っていた。本来、薬師はどう頑張っても多少の強化しかできない……にもかかわらず、この戦闘力。


 ガキンッ!


 これだ、初段の雪を何のエンチャントも無しに受けきる膂力……一度体勢を崩されれば一息のうちに追い込まれるであろう。だが、それはこの世界グローリアに来たばかりの雪奈ならあり得た話し。


 雪奈は至る者とは対極に位置する存在。至る者は才能が無い存在が限界突破を果たした者、雪奈はあらゆる面において類い稀なる才能を有している。


 凡人は1(才能)×時間=実力でどう足掻いても絶対数が1だ。だが雪奈は才能の値が倍以上なため少しの時間で常人に対して圧倒的な差をつけることができる。


 雪奈の目算では自身を10とした場合、この男は恐らく6ぐらいだろう。しかし、至る者でなければきっと3だ。雪奈から見たらよく頑張ってる方だ。


 でも、兄さんの姿を使った以上は───倒さなくてはいけない。


 故に雪奈は決意し、そして斬った。男は驚いている……単純な振り下ろし、されどその刀は受けようとする細剣レイピアを避けて胴を袈裟斬りにしたのだった。


「何故だ!確かに受けるコースだったはず……何故だっ!」


「あなたの剣技はただの棒振です。普通の剣士相手なら今の小細工も通用しなかったでしょうね。脳筋さん?」


「うあああああああああッ!」


 雪奈をも超える速度……だが、ブンッ!───当たらなかった。雪奈を見失ったテンは辺りを見回す。


「ここですよ」


 ザシュッ!


「……ぐぅッ!」


 背後から斬られたと振り返ってみると、雪奈は離れた位置に立っている。テンはわけがわからないと頭を振る。すると雪奈は少しだけ鼻を鳴らして疑問に答えた。


「最初に使ったのは『影抜き』っていう私の故郷に伝わる古武術です。刀がすり抜けたように見えたでしょ?ふふ、上手く出来て良かったです♪次に使ったのは『抜き足』です。瞬間移動したように見えたでしょ?実はあの時、子供でも見切れるレベルで動いただけなんですよ?」


 この世界にはない理論ゆえにテンは理解できなかった。そして気付いたらまた雪奈を見失うテン、先程の教訓からすぐに後ろに向けて斬撃を放つテン……しかし結果は変わらず当たらなかった。


 ザシュッ!


「はい、バッテンの出来上がり~!さて、次はこの世界の技でいきますよ?」


「まさかアンタも異世界を越えたのか!?」


 その言葉に雪奈の口角が上がる。


「も」ですか、できれば生かしたいですが正直この方の能力は危険です。私だから良かったものの、ティアちゃんやライラさんに使われると面倒になりますからね。


 数多の小説において、主人パーティをバッドエンドに導いた能力媚薬の実績が雪奈にとって生かすべきでないと言う判断を導きだした。


「教えて頂けませんか?あなたは異世界を越えたといいました。どういうことですか?」


「言うわけないだろ?」


 テンは諦めたように笑ったあと、懐から少し大きめの瓶を取り出して一気に中身を飲み干した。死に際の人間が放つ最後の輝き、それを察知した雪奈は忍冬すいずらの構えを取る。


「今飲んだのは”限界突破薬”私が先日開発した生涯で最高傑作の薬だ。飲めば全ステータスが一時的に倍増するが、1時間と持たずに死ぬ。あんた相手なら使うべきだと思ったんだ。……聞けッ!セツナよ!私の名前は”テン”名も無き部隊ネームレスで10の名を受けた薬師!私の全身全霊を受けとれ!」


 その男は駆けた……天にそびえる月を掴もうと、生涯最後の輝きを以て挑んだ。筋肉は盛り上がり、すでに元の体の2回りも大きくなっている。


 対する雪奈は自然体のまま右手を上に掲げている。刀の周囲を螺旋のように冷気が渦巻き、そして……それは振り下ろされた。


 三日月型の氷の刃がテンに近付いてくる。刃の通った箇所は地面から氷柱が無数に生えており、込められた魔力の密度を物語っていた。


 細剣レイピアで受ければ折れると判断したテンは左腕を犠牲にして”忍冬すいずら”を受け、体で氷柱を破壊しながら最期の力を振り絞って右手を突きだした。


 世界が静止する中、テンの体は縮退しつつ倒れた。


「ごめんなさい、そしてお休みなさい」


 結果的に月へ届くことは無かった。雪奈は顔を右に傾けて避け、単純に右手を突きだして左胸を突き刺した。そして雪奈はあることに気付く。


「あら?左耳が……」


 雪奈の左の耳朶みみたぶに少しだけ傷がついている。すでに霜に覆われた死体に雪奈は語りかける。


「えーっとテンさんでしたか?あなたの攻撃、確かに届きました。安心して逝ってください」


 氷の華を一輪添えて雪奈は近くの木に魔術を放った。


 ”アイスニードル”


 カンッカンッ!


「ほえ~、初級の氷魔術なのに木を貫通するとかヤベエわアンタ」


「お仲間が戦ってる時にあなたは助力もしないんですか?」


 木の裏から現れたのは忍者のような服装をした細身の男だった。


「いや~それはルール違反なんすよ。俺っち達は互いの任務に干渉しない主義なんでね。あ、そうそう。俺っちはナイン、9の名を受けた盗賊っす!テンが失敗したら報告するように言われてるんで、それじゃ!」


「逃がすとお思いですか?」


「逃げ足には自信あるんっすよ」


 ナインは木と木の間を飛び移りながら逃げていく、対する雪奈は最初の10秒程で追い掛けるのを止めた。その瞬間、パルデンス都市内にサイレンが鳴り響いた。


「非常事態の合図……何が起きたんでしょうか?」


 不安を覚えつつも雪奈はエードルンド邸へと帰還するのだった。

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