第50話 陰謀の開幕

~とある研究施設~


 薄暗い部屋の中央、巨大なラウンドテーブルとその場で唯一の実体である青い髪の男を囲むように緑色の人影が9つ存在した。


「それで、首尾はどうだ?」


 いわゆる上座に位置する席から声をかけられる。白髪、白髭、顔に刻まれた傷と皺……映像越しでも感じる圧倒的な重圧に声が掠れそうになる。


「上々……です。エードルンド家に潜入して現在信頼を得ております」


「ふむ、ならば”テン”よ。なぜマルグレットとその娘を標的から外した?」


 青髪の男であるテンは答える。


「1ヶ月前に魔族がライラ嬢を襲撃しており、警戒が厳しくなっていますので母と娘共に私のスキルが効きづらい状況にあります」


 別の席から声がかかる。


「やはり延期した方がいいのでは?」


「いえ、それが遠征の準備をしているようでして……」


「それは不味いな。だがお主が見つけた新たなターゲットはあの館を早急に落とせるのか?」


「ご安心をマルグレット及びロルフの両名は現在協力者と執務室で何度も協議をしており、ターゲットを失うのは奴等にとって大きな痛手になり、人質としても使えます」


「あい、わかった。だが、時間がかかるようでは次の案で攻めるから覚悟するように。では此度の会合はこれにてお開きとする!”我等、名も無き部隊ネームレスの悲願の為に!”」


 9つの映像が途切れ、その場には青髪のテンと呼ばれた男だけが残された。


「我等の悲願……いや、復讐の為に彼女には悪いが餌食となってもらう」



☆☆☆



 拓真、雪奈、マルグレット、ロルフ、そしてルナ……それぞれの情報を改めて共有した結果、パルデンス内のいざこざをロルフとマルグレットが、そしてパルデンスの北西にある未踏領域に存在するエルフの集落を拓真達が探すこととなった。


 ルナが喋れるようになったこと、そして拓真に見せた夢、それらについてマルグレットとロルフは驚いていたが、ギルドマスターしか知らない情報をルナが知っていたことによりなんとか納得してもらう事ができた。


 現在は遠征の準備の為にそれぞれ別行動を取っている最中である。



☆☆☆



 今の私はただの使用人、そしてターゲットに私のスキル「調合」で作った強力な惚れ薬を飲ませるのが私の目的。女である以上、私の力の前では子猫も同然……それに上にはああ言ったが、すでに子を産んだマルグレットや中等部のライラは正直私の守備範囲外なんだ。冒険者として異例の速度でAランクに駆け上がった彼女ターゲットこそ私が薬を使うに相応しい存在。


 さて、どこにいるだろうか……いた!あの長い黒髪、透き通るような白い肌、人形のような美しい顔立ち、体もそれに比例して起伏に富んでいる。私はここで”幻影薬”を使ってセツナの兄に姿を変えて近付いた。確か、非常に仲の良い兄妹だったはずなのでこれで油断するはずだ。


「よぉ、セツナ!ちょっとお茶しないか?」


「ええ、構いませんよ。中庭に行きましょうか」


 よし!これでエードルンド家を内部から崩壊させてやる。ワン様もきっと満足してくださるはずだ!


 こうしてテンと雪奈は中庭へと歩いていく。


 気付いてないな……当然だろう。声もセツナには兄の声に聞こえてるはずだからな。


「あ、そうだ。森で綺麗な川を見つけたのでそこでお菓子でも食べましょうか」


「え、ああ、そうだな」(彼女のお菓子を食べれるなんて嬉しい限りだ)


 中庭から今度はエードルンド邸の外へと向かい、パルデンス内にある小さな森へと進んでいった。雪奈の言う通り森の中には小さな川があり、座るのにちょうど良い丸太が横たわっていたので並んで座ることになった。


「セツナ、喉乾いたろ?これ飲みな」


 雪奈はそれを受けとるとなんの躊躇もせずにそれを飲み干した。


 薬が効き始めたら姿を元に戻すとするか、”使用した異性に惚れる”効果だから兄の姿でもそれは幻影であろうと使用した私自身に惚れるはずだ。


 しかし、10分経っても効果が無く……何故かテンは強烈な眠気に襲われ始めた。


 この眠気……まさかっ!このビスケットか!?


 テンはスキルで解毒薬を作って急いで飲んだ。


「あら?そんな薬を飲んでどうしたんですか?」


「お、前……俺は兄だぞ……」


 テンの抗議虚しく、雪奈は立ち上がり、そしてニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら刀を抜いた。


「私は一度もあなたの事を『兄さん』と呼んだ覚えはありませんよ?それにこの味は……前に飲まされたやつよりも強力な薬ブルック薬ですね。ですが、以前の私とは致命的に違う点があります」


 いくら解毒薬を飲んでもすぐには効果がでない、テンはゆらゆらと立ち、剣を抜いた。そして雪奈は探偵の様にテンの周りをゆっくりと周回し、刀をヒュンヒュンと回しながら語り始める。


「それは……恋をしたからです!」


「──は?」


「私、多分遺伝子が逆行してるんだと思います。人間は変化を進化として違う遺伝子を受け入れるように出来てます。ですが私は逆行……いや、違いますね。私はただ1つだけが私にとっての進化の形になってるんじゃないかと思ってます」


 そして雪奈は子供でも見切れる速度で刀を振る。テンは当然弾くがそれだけで足はふらつき、倒れそうになる。


「その1つと言うのがですね……『兄』なんです。あら?疑問に思ってますね?何故薬が効かないのかって?私にとってあなたは『異性』じゃないからですよ」


「ふざ……けるな……あんたは女……私は男……だろ」


 そして幻影薬の効果が切れて元に戻る。っと同時にテンは蹴られ、川の水を吹き飛ばしながら対岸の岩に激突した。


「兄さんの姿を蹴るのは心が痛いので効果が切れるまで待ってましたぁ~って、それが素顔ですか、そこそこイケメンですね。さて、こう言う小細工を労するタイプは戦闘タイプのジョブではないでしょう?大人しく投降することをオススメします……と言っても少しだけどこかが無くなってるかもしれませんが」


 まずい、この女イカれてる。確かに、私は部隊ネームレスのなかでは最弱だ、だがこの女は知らない……私が戦闘もできることをッ!


「惚れ薬か媚薬、なんでもいいですが質問です。その薬を飲んだ場合───虫に発情するでしょうか?」


「この女ぁぁぁぁぁぁ!!!」


 解毒完了後、薬で最大強化されたテン……そしてそれを確認した雪奈は白銀の魔力を放出し、両者の本格的な戦いが幕を開けた。

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