第43話 魔功 『変化』
夕陽がスポットライトのように訓練場を照らし、その中央に私と兄さんはいた。
私は兄さんを膝枕の体勢から上体を抱き抱えると、そこへティアちゃんが現れた。
「セツナさん……何してるんですか?」
「お姉ちゃんが抜けてますよ。それに口調も」
「うう……セツナ、お姉ちゃんは何をしているの?」
「よろしい!ほら、兄さん寝ちゃったんですよ。こっちに来てください」
ティアちゃんが肩口から兄さんを覗き込み微笑んだ。私は兄さんの頭を撫でながら語る。
「兄さんは多分嬉しいんです」
「嬉しい?」
「ええ、だから頑張るんです。元の世界では誰にも期待されなかったから……この世界でアルさんやロルフさんから期待されて応えたいんだと思います」
「え、でも」
ティアちゃんの言いたいことはわかる。今、頼もしく見えるからこそ私の話しに違和感を感じるのだろう。
「いつも私に隠れて特訓してるんですよ?なんか置いていかれた気分になりますよ……ま、今回も何か始めてるようですけど」
「忘れてたけど、お兄ちゃんって成功者の少ない印術師なんですよね。ん?セツナお姉ちゃん、何をしてるんですか?」
「兄さんって可愛いところがあるんですよ。こうやって、手の中に指を入れると……ほら!」
兄さんが私の指を握り返してくるのをティアちゃんに見せると、パッとした表情を浮かべて食い付いてきた。
「わあ~~~!可愛いッ!私も!私もやりたい!」
ティアちゃんが空いてる手に触れようとしたとき、兄さんの目がゆっくりと開いた。
「ん……んあ?雪奈?それにティアも……ふぁ~~~~寝た寝た。揃ったことだし、帰るか」
「あう~私もやりたかった……」
「何か面白いことでもあったのか?」
兄さんの問いにティアちゃんがブンブンと手を振って誤魔化している。気付かれたらこれから警戒されてできなりますね。私も気を付けないと!
去っていく兄さんの後ろで私とティアちゃんは互いに目配せして秘密を共有するのだった。
☆☆☆
翌朝、午前中にロルフから手解きを受ける。今回は『停滞』の状態から『変化』を加える訓練だ。
ロルフからは入れ物に魔力を流し込んで型を形成するイメージと言われたが、これについては闘気で訓練してたのが下地となり1時間ぐらいで少しずつ変化を加えることができた。
昨日の反省を踏まえて常時使用状態だった『身体強化の印』はスロットから外して魔力のリソースを全て訓練に費やした。
訓練中、ロルフは何やら考え事をしているようで、それが俺に関係するのだろうことは態度から何となくわかった。
午後のリタの訓練も昨日より余力を残すことができ、満足感いっぱいに下校しようとするとロルフに声を掛けられた。
「夜にマルグレットのところに寄るからセツナちゃん共々予定を開けといてくれんか?ちと話したいことがある」
何だ?この雰囲気は?ほのぼのとした日常を送っていたために、そのピリピリとした空気は久々だと思った。
そして約束の時間、マルグレットの執務室に入るとマルグレットとロルフが並んで立っていた。
「魔功の獲得、見事じゃ。さて、今回呼びつけたのはお主らに確認したいことがあるからじゃ」
ロルフの隣に立つマルグレットがある物を俺と雪奈に突き付けてきた。それは俺達にとって馴染みがある物だった。
元の世界でドラマや映画でよく見かける───銃だった。
その瞬間、雪奈から殺気が溢れてきた。俺も体に緊張が走り、愛用の壊れた剣に手をかけ相手の出方を窺った。生体魔道具のルナも秒を置かずに自動的に装備された。
対面に立つ二人は俺たちの表情を見て頷き合った後、マルグレットが唐突にロルフに向けて発砲した。
パンッ!
発砲された弾丸はロルフに当たることはなく、中空でアイテムボックスに似た空間に吸い込まれていった。
唖然とする俺達に対してロルフは語り始めた。
「今ので確定したな。お主らは──『異世界人』じゃな」
いないはずの勇者がいれば余計な問題が起きると考えて、俺も雪奈もそれを隠していた。だが、何故わかったのだろうか?
「俺達が異世界人だって?どこにそんな証拠が……まさか」
そこで俺はやっと失態に気付いた。
ロルフは確定したと言った。つまり今起きた一連の流れの中に断定しうる要素があったと言うこと。銃弾は中空に消え、そして銃に対する俺達の表情。
「銃……か?」
「そうじゃ。この世界にこんなただの鉄屑に怯える冒険者はおらん。世間知らず、黒髪、銃への恐怖心、そしてティアちゃんが好いている、これだけ証拠が揃っていれば異世界人と断定できると思うが?」
俺達が言い逃れできないようにロルフから徹底的に説明を受けた。月の涙から生まれる月の神子は本質的に勇者因子を持つものに惹かれやすいようになってること。2代前の勇者アルフレッドは元警察官で今ロルフが持ってるのは本人が所持していた物だという。
元の世界の武器はこの世界は使えないらしい。そして複製したとしても威力がパチンコレベルに落ちるとのこと。
「女神が徐々に弱ってることは前にも話したな?そしてお主の勇者とは思えない弱さ、そこから考えるに……無理矢理召喚されたじゃろ?」
確かに、有無を言わさずと言う感じだった。俺が問いに頷くとロルフは頭を抱え始めた。
「2代前の勇者アルフレッドが数年前まで生きていたのは知っておるな?」
「ああ、
「そうじゃ、ちなみに異世界人の見分け方もやつから教えられたんじゃ。やつも前勇者タケシも自分の意思でこちら側に来たと言っておった」
「なるほど……それで俺達をこれからどうするんだ?」
沈黙を貫いていたマルグレットが口を開いた。
「強要はしないが、北の領域の調査を手伝ってほしい」
やっぱりか、いずれはいかなくちゃいけないと思っていた。避けて通れない道だが、ゆっくりレベルを上げてからでもと意識から外していた。
そして俺の腕を握る雪奈の手に力が入るのがわかった。多分、本当は俺を行かせたくないのだろう。
結局俺は申し出を受けることにしたのだった。
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