第42話 魔功 『停滞』

 翌朝、朝食を取ってエードルンド魔導女学院に向かう。初日は校内を案内してもらったり、覗きがバレて隠れたりとやることがあったのだが2日目からは午前中は暇になってしまった。


 と言うのも実技はほとんど午後から始まるからだ。そこでロルフからの提案で俺の強化実習を行う事になった。


「まずは基本的な事からじゃ。これを見てみろ」


 そう言ってロルフが掌で拳くらいの大きさの炎を作り出した。


「その魔術がどうかしたのか?」


「どこまでも物を知らん男じゃ……」


 ロルフがそう言って呆れた顔をしている。


 仕方ないだろ!俺は異世界人なんだからよッ!と言うわけにもいかないので、大人しく言うことを聞くことにした。


「魔方陣式の魔術も詠唱式もどちらも共通して言えることは『一度発動すると止まらない』と言う事じゃ。にもかかわらず、ほれ!この様に掌で停滞させることが出来ておる。……これが『魔功』じゃ」


「発動を遅らせる事が魔功なのか?あまり優位性を感じないけどな」


「違う違う!魔力注入チャージの段階で手を加えて魔術の本来の結果を変える事が魔功じゃ。この場合は『停滞』と言う結果に変えただけじゃ」


 うーん、難しい。そもそも下級魔術しか使えない俺には多少結果を変えたところでそんなに強化されない気がするのだが。


「む!その顔は使えない技術と思っとるじゃろ?例えば、こんな風に変えれば割りと貫通力が増したりするんじゃ」


 ロルフの掌に停滞してた炎の玉が次第に円錐形になり始めた。


「お!興味が湧いてきたようじゃな。次はこれじゃ」


 今度は円錐から三日月の様な形に変わった。


「この形状なら苦手な属性である"下級魔術・アクアウォール"にも切れ目を入れる事が可能なんじゃよ?」


 確かに、ロルフの言ってる事は的を射ている。戦術的な可能性を見せられた俺はやる気になった。


「じゃ、まずは魔力を込める」


 俺は掌で魔力を込め始める。


「次が問題じゃ、自身に鍵を掛けるイメージで発動を止めるんじゃ」


 言われた通りにやってみる。……が、一瞬だけ止まったものの炎弾が発動してしまい、訓練場の壁に当たって消えた。


「ふむ、一瞬だけできたようじゃな。色々イメージを変えながらやってみると良いかもしれん。ワシがイメージでする時は、嫌いな物を食べたときに『オエッ!』ってなるのを必死に止める感じじゃな」


「いや、そっちのがわかりにくいわッ!もう鍵のイメージで練習するよ……」



 そして何度も練習するうちに午後には何とか『停滞』させるところまで出来るようになった。正確に数えたわけではないが、大体300回くらい練習した気がする。

 いくら低燃費の印術師でもあれだけ魔術を行使すれば魔力が枯渇寸前になり、フラフラの状態でリタの訓練に付き合うことになった。


 おかげでリタとの訓練では苦戦を強いられ、何発か重い一撃を受けてしまった。




 訓練も終わりほとんどの生徒が帰ったあと、俺は訓練場のど真ん中で大の字になっていた。そもそも俺は生徒ではないし、放課後に自主トレするほど殊勝な精神も持ち合わせていない。


 別に立てない訳じゃない。冷たい床の温度を背に受けてセンチメンタルな気分に浸りたいだけなんだ。まぁ、初めての魔力切れで疲労困憊と言うのも原因の1つではある。


 不意に、俺の視界に黒い影が差してきた。逆光で最初は誰だかわからなかったが、俺の頭を持ち上げて膝に乗せてくれた辺りで正体がわかった。


「兄さん、お疲れですか?」


雪奈せつなか。正直疲れたな……膝枕、ありがとう」


「いえいえ、久しぶりに兄さんと一緒にいたかったので」


 確かに、エードルンド家では食事の時に顔を会わせるが、お互い慣れない環境で疲れているため、すぐに就寝していたのだ。ゆっくりとした環境で二人っきりになるのは風呂で洗いっこした時以来かもしれない。


「随分遠くまで来ましたね」


「まぁ、そうだな。南のメルセナリオから中央のルクスに来てそこから西のパルデンスだもんな」


 雪奈は俺の手を握り、余った手で俺の前髪を優しくでている。彼女は慈愛に満ちた表情で優しく見下ろしていた。


「兄さん、もしも帰れなかったらどうします?」


「そうだな、ある程度は知識も必要だろうが、ここの講師をしながら雪奈とティアの3人でのんびり暮らすのも悪くない」


「兄さんは良い指導してますものね。おかげでリタさんかなり強くなった気がします。ちょっと妬けちゃいます」


「嫉妬する雪奈ってなんか新鮮、それだけでも異世界に来る価値はあったな」


 雪奈は「もうッ!」と言いながら頬を少しつねってきた。


「ところで、ティアは……どうしてる?」


「ティアちゃんは図書室が気に入ったみたいで1時間くらい本を読んだらこちらに来るって言ってましたよ?」


 ああ、なんか雪奈の声がブレて聞こえる…………。そして疲れからか、物凄く瞼が重く感じてきた。

 答えようとする俺の声は非常にゆっくりと、そして簡素な返答になった。


「そう、か……すぅ……すぅ……」


「……ん?兄さん?……寝ちゃったんですね。可愛い寝顔、ティアちゃんが来るまで久しぶりにをやりますか」


 その後、ティアが合流するまで俺は深い眠りに就くことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る