第35話 再会

 俺は驚きのあまり声が出ず、雪奈へと手を伸ばす……。


「せ……つな……?」


 雪奈は俺の手を取って自身の頬に添えた。


「はい、雪奈です。お久しぶりです」


 ずっと寂しかった。生まれてからずっと一緒に育ってきた俺の妹……。ほんとはルークと一緒にいるのを見ると殴り込みたかった。ルークの胸に顔を埋めてる雪奈を見ると、胸が苦しくなってとても辛かった。だけどその時の俺は兄として妹離れしないとって自身の気持ちから目を背けた。


 俺はもう26だ。子供じゃない。『兄として、大人として』その言葉で必死に抑え込んでいた。雪奈の為と偽って一人飛び出したは良いものの、荒ぶる感情から目を背けただけに過ぎない。

 そう……結局、子供なんだ。


「兄さんッ……なに……泣きそうな顔してるんですか?」


「お前だって……お前だって同じ顔してるだろ……ッ」


 マーライオン?のような見たことの無い動物の彫像から流れるお湯の音がやけ大きく感じた。


「ねえ、兄さん。あの時は本当にごめんなさい……。私、兄さんを今まで子供のように思ってて……守らなきゃって思ったら周りが見えなくなって、兄さんから安易に信じるなって言われてたのにッ……」


 雪奈の言葉を止めるように抱き締める……耳元で「気にするな」と囁くと雪奈は嗚咽を漏らした。誰かのために行動した結果、取り返しのつかない事になったとしても、償おうとしてるのなら──俺は許せる男でありたい。


 いや、これは体のいい言葉だ。何て言うのかな……妹が泣いてるから許したい、これがしっくりくるな。きっと妹でなければ許せなかったかもしれないから……。


 泣き止むのを待って離れようとするが、俺の手を雪奈の手が離してくれない。雪奈は空いている手で髪留めを外すと自身の後ろに投げた。髪留めがボンッと音を立てて煙になり、数秒のうちに鏡となって姿を現した。ちょうど雪奈を後ろから写す配置だ。特殊加工なのだろうか、曇ることもなく雪奈の綺麗な黒髪と背中を鮮明に写し出している。そして雪奈が真剣な表情で言葉を紡ぐ。


「誤解、解かせてください……」


 誤解?俺が頭の中で?マークを並べていると、雪奈が空いている手で俺の顔を引き寄せてきた。

 え?え?え?ええええ!


「ちょっと待った!……これマジもんのやつじゃッ!」


「何驚いてるんですか?あの時ルークの顔、このくらいしか近づいてませんよ?」


 まだ距離があることに安堵しつつ疑問を投げ掛ける。


「ど、どういうこと?」


「ナーシャさんから聞きましたよ。キス、したと思って離れたんですよね?誤解を解くために今こうして実演してるんです」


 え、でも……このくらい近づける行為なんてもうそれしかなくね?


「あの時、私の頬にはかすり傷があったんです。ルークの自動治癒って実は触れてる相手も僅かながら効果を発揮するらしいんです。もちろん集中しないといけないからこれくらい近づけないといけませんが……。それを踏まえて鏡を見てください。……気付きましたか?つまり、兄さんの勘違いってことですよ?」


 なるほど!そうか!これはドラマでよくある古典的な……いわゆるあれだろ?目のゴミを取っていたってやつだろ?……俺ってバカだ……。


「フフ……兄さんには私を置いていった罰を与えないといけませんね……ン」


 油断していた。自身の勘違いに呆れつつも安心したという気の緩みで、お互いの息がリンクするほど近付いてることに気付かなかった。そして気付いたときにはもう遅く、残りの距離を剣士ジョブの強力な力で引寄せられ……。


  ───チュッ


 唇と唇が重なる。思考停止の後、遅れて意識の奔流が沸き上がってくる。


 なななな!何をッ!?え?え?

 頭が混乱状態に陥ってる俺に雪奈は赤い顔をしながら語り始める。


「ふぅ~。緊張、しますね。実は結構前から兄さんのことは見付けてたんです。だけど、久し振りに会った兄さんは私より背が高くてスタイルのいい女の子に『お兄ちゃん』って呼ばせてましたよね?それを聞いて名乗りにくくなって……っていつまで惚けてるんですか?──お兄ちゃん」


「やめろ!お前がその呼び名で呼ぶとゾゾゾッてなるわ!」


 俺に有効な言葉を選びつつ抗議を無視して語り続ける。


「あの時から胸が痛いんです。嫉妬って言うんですかね?でも兄さんを男性として好きかと自分に問いかけても釈然としないんです。妹として好きか?と問いかけても納得できない自分がいます……」


「そ、それで?」


「実は私も困ってます。やり場のない気持ちってこんな感じなんですね……困った困った。いっそ、禁断の世界に飛び込んでみますか?」


 う、それは……決心が……ちょっと……。そ、そうだ!

 俺は思い付いた先延ばし、いや、逃げの一手を提案することにした。


「俺も同じ気持ちだ……嫉妬してた。兄貴だから妹離れしないとって言い聞かせて逃げたんだ。キスされてドキドキしたけど、女としても好きかもしれないし、妹としての好きかもしれない……わからないんだ。元の世界のこともあるから帰るまでに答えを出そうと思う。……これで良い、だろ?」


 俺の提案に雪奈は少し驚き、そして妖艶な笑みを浮かべて答えた。


「はい、兄さん。……兄さんのそう言うところ、守ってあげたくなっちゃいます……」


 返事以外あまり聞こえなかったが、何とか考える時間は確保できたと思う。チキンかもしれないけど、そう!大人だからこそじっくり考える必要があるんだ。

 そして雪奈がおもむろに手を握り、落ち着かせるように語りかけてきた。


「もうひとつ問題がありますよね?ティアちゃんです。私はティアちゃんが妹になるのは歓迎ですが、ティアちゃんはどう思うでしょうか。18歳でしたっけ?まだまだ難しい年頃ですよね……」


「最初は全てが片付いたら安心できる環境を作って解放するつもりだった。だけど今はかけがえの無い妹なんだ。帰ってきたら二人っきりで話をしようと思ってる」


「ティアちゃんに話をするまでは自室で待機してますので、話したら呼んでください。いいですか?ちゃんと納得するように話してくださいね?」


「わかってる」


「よろしい。じゃあ、お預けだった湯船に入りましょう」


 湯船に浸かった俺達は心なしか前よりも距離は近く、雪奈には至っては俺の肩に頭を乗せてきているため、少しドキドキしつつのんびりと満喫するのであった。

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