第34話 ヴァルキリー

 ライラが向かったとされる方向に向かう。しばらく木と木を飛び移って移動してると、木の無い開けた場所にたどり着いた。


 真ん中にライラとメイドが並んで立っている。現状もっとも怪しいメイドを光学迷彩インビジブルシールで奇襲したかったが、もし違ってた場合ヤバい事になるので普通に歩いて近付いた。


「あら~?たった一人ですか?」


 メイドが不適な笑みを浮かべながらこちらの方を向く。


「ああ、その顔見る限り他は残して正解だったかもな……」


 そして隣のライラもこちらを振り向く……ティアの言ってた通りその顔は能面のように無表情で目は虚ろだった。


「サテュロス様の策略を見破る人間がいるとは驚きですわね。ギルドマスターでさえ呑気な顔で引っ掛かったと言うのに……」


「それは違うんじゃないか?いくらロルフでも加齢臭ぐらいで護衛対象から離れた位置で護衛したりしないだろう?多分あんたを泳がせてたんだと思うぞ。まさか敵の幹部が来るとは思わなかったみたいだがな」


「どちらにしても疲弊させることには成功しましたわね」


「おいおい、タイマンじゃ勝てねえからこんな面倒な計画立てたんだろう?失敗じゃねえか?」


「ギルドマスターに少し埃が付いてるだけでしょう?ここにもその埃が落ちてるみたいですから掃除しなくてわね」


 埃……言ってくれるねえ。確かにロルフに比べたらそう見えてもおかしくない。じゃあせめて埃の意地くらいは見せてやるか。機械剣〈壊〉に手をかけたとき、火柱が遠くで上がった。


「これだから人間は……知らず知らずの内にいつも……」


 そう言ってメイドは苦々しい顔をしている。あれから40分くらいか?きっとコイツはサテュロスが敗れたことを感じ取っているのだろう。


「負けたのか?だったらお前も撤退した方が良いんじゃないか?ライラだけ保護できれば文句はないからな」


「他のメンバーもこちらに来るのでしょう?サテュロス様の撤退を助けるために少しでも人数を減らすことが新しい任務ですわ」


 ……っち。てっきり倒されたかと思ったが、逃げ足だけは速いんだな。俺はナーシャの指輪に魔力を流して機械剣〈壊〉を魔力で補強する。

 対抗するようにメイドが黒いオーラを全身から放出した。……やがて姿がはっきりし始める。現れたのは細身の浅黒い肌をした魔族だった。


「私はメドーナ、あなたの名前は?」


「拓真だ」


 最初は人間をバカにしてる発言が多かったように見えたが、どうやら多少は認識を改めてくれたらしい。そしてお互いの間に一陣の風が吹く。


 やがて息が合うかのように戦いが始まった。メドーナは鋭い爪での連擊を繰り出してきた。俺は合わせるように弾いていく、武器を使わないその攻撃は反撃の隙がない。だとしたら、作ればいいだけのこと。


 ”自作スキル・エリアルステップ”で後退すると敵はすぐに追従してきた。そして爪を繰り出すタイミングで”下級魔術・石壁”を発動した。ザクッと言う音と共に爪が突き刺さる。エリアルステップで回り込んですぐに左手を斬り落とした。


「……ハァハァ……やるわね」


「正直あんたはそこまで強くないな。工作員なんだろう?無理するな」


 メドーナはゆらりと立ち上がっての魔方陣を展開し始めた。そう言えば魔方陣式は色で属性がバレるとアルが言ってたな。闇か……何が起きるか予想のつきにくい属性だな。回避しようと身構えるが何も起きない。


ドンッ!


 俺は何かに突き飛ばされた。すぐにガンッと言う音がしたので見てみるとスノウが光をまとった何かを甲冑で受け止めていた。そこでようやく事態を把握することができた。俺を死角から襲ってきたのは──ライラだ。そして気付かない俺を突き飛ばしてスノウが攻撃を受け止めたのだ。


「スノウがなんでこっちにいるのかはあとで聞くとして、正直助かった。感謝する。それにしても……まさかライラを操るなんてな」


 ライラはメドーナの隣に降り立った。顔は相変わらず無表情だが、こちらに向けている槍は光属性と思われる魔力を纏っており、背中と靴には同じく光属性で出来た翼が展開されていた。


「印術師のあんたくらいならスキル無しでも倒せると思っていたけど、『魔方陣無しの無詠唱』『印術師には無いはずの高速移動スキル』……依頼のときにもらった書類と全然違うじゃない。と言うわけで、ここからはこの戦い方に切り替えさせてもらうわ!」


 再び敵の攻撃が始まった。今度はメドーナとライラも含めたコンビネーションアタック、こちらもスノウとのコンビネーションで対抗した。

 スノウの戦い方を見るのは今回初めてだ。へえ~、雪奈以外にも刀を使う剣士っているんだな……まぁ、武器屋見る限り普通に売ってるしな。


 スノウは縮地が使えるようで俺が攻撃を受けたらすぐにサポートに入り、そして俺はその逆を行った。即席のコンビとは思えないほどの相性で戦局を五分で維持できた。


 この局面において最も猛威を振るっているのがライラの突進スキルだ。それに加えてライラを傷付けるわけにはいかないと言うのも相乗効果を生んでいる。


「この娘は『ヴァルキリー』ってジョブなの。昔パルデンスをたった2人で魔物の大群から守りきったエードルンド家のエクストラジョブ……今はまだ未熟で背中に顕現できる翼は2枚だけど、あなた達くらいなら余裕で倒せるはずよ」


 ライラの一撃が重い、いずれスタミナが尽きるかもしれない。こういうときの必勝は術者であるメドーナを倒すことだが、上手くいかない……。せめてあの突進を封じることが出来れば……。そこで秘策を思い付いた。スノウと俺の相性がいいってことは、あの手が使えるかもしれない。


『スノウ、ライラの突進にワンクッション入れて俺の方に軌道修正できないか?ライラの突進を止める秘策がある。止まったらメドーナを倒してくれ』


 攻防の合間にこっそり耳打ちするとスノウは分かりやすく頷いた。


 そしてそのときは来た。スノウがライラに抜刀術を放ち先端だけを反らした。今だ!


 ”下級魔術・石壁×5” + (全部に水属性付与)


 ドミノのように出現した泥壁にライラは突っ込んだ。4枚突破されたが最後で速度が0になり止まった。……ッ!? 安堵も束の間、腹部に痛みが走った。よく見ると槍は届かなかったが、魔力で構成された部分だけ少し刺さってしまったようだ。甘かったな……ルナの魔力防壁を最後に用意しとくんだった……。


 拘束するために泥に地属性を付与して干渉を行い、元の石に戻した。スノウの方を見ると、ちょうどメドーナを斬り伏せるところだった。見届けたところで腹部の痛みと緊張の糸が切れたのか俺はそのまま眠った。


 ──最後に懐かしい声を聞いた気がする



 ☆   ☆   ☆



 ん?ここは……ハッ!目を開けると白い天井が見えた。そのまま首を横に向けたところでどこかの部屋にいることがわかった。素人の俺でもわかる……家具が全部宿のそれとは格が違う。


コンコン


 ノックされたのでどうぞと促すと入ってきたのはあのメイドだった。ぶ、武器!武器は……。


「タクマ様、私は本物です。どうか落ち着いてください」


「え?そ、そうなの?」


「その節は本当に申し訳ありませんでした!」


 メイドさんが頭を下げる。入れ替わりなのか乗っ取られたのかはわからない。それでもこの人は悪くないと俺は思う。


「精神操作系のスキルを不意討ちで使われたんだろ?誰も防ぎようがないよ。気にしないで」


 メイドさんは感謝を述べたあと、軽食を部屋まで用意してくれてその後の出来事を語ってくれた。話によると俺が気絶したあと、ロルフを含めたメンバーが合流し、手当てをしながらパルデンスに向かったとのこと。道中は特に問題も無かったのだが、目を覚ましたライラは俺の世話を率先して請け負ったと言う。その後、無事に辿り着いて俺はそのままエードルンド家に保護されて今に至るらしい。


 ちなみにライラは学校、ティアはライラの通う学舎に遊びに行ってるらしい。オズマは引き続きここに雇われて外を警護してるようだ。


 夕方になり、風呂に案内された。メイドさんが服を脱がせようとしてきたのでさすがに断った。


 偶然にも脱衣所でスノウに出くわした俺は軽快に話しかける。


「ん?スノウじゃないか!お前も客人待遇なのか?」


 スノウは頷いた。どうやら俺がいると着替えにくいようだ。そりゃそうだろうよ。ま、共に戦った戦友だしな。ここは気をきかせてさっさと入るか!

 豪華絢爛な大浴場にひたすら ほえ~と言う言葉しかでない。


 足音が聞こえる。どうやらスノウもきたようだ。


「スノウ、背中流してくれないか?いいだろ?激戦を生き抜いた仲なんだから」


 俺の言葉にスノウも背後に近付いてくる。俺は気が利くやつだからな、甲冑で隠すほどシャイな戦友の姿を鏡で見るような無粋な真似はしないとも。


 ゴシゴシ


 ああ~気持ちいい~


 カラン


 ん?石鹸を俺の足のところまで落としたようだ。拾おうとすると先に拾われた。え?拾う瞬間に手が見えてしまった。その手は明らかに白く細い手だった。……じゃなくて!今の女の手だろ!ティアがスノウに言って交代したのか?クソ!やられた!


「おい!まさかティアか?男の俺が入ってる……ん……だ……ぞ?」


 振り返ると黒い髪をお団子に結った女性がタオルを巻いて立っていた……。

この女性のことはとてもよく知っている。何せ生まれた時からの付き合いだからだ。そしてこの女性は苦笑いしながら言った。


「あははは、バレちゃいましたか……お久しぶりです。……兄さん」

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