第36話 マルグレットの講師勧誘

 風呂のあと自室で待機してるとメイドさんがやってきて執務室に通された。正面の執務机には紙の山があり、座っていたのはライラのお姉さんらしき人が座っていた。ウェーブがかったオレンジの髪を肩のところで切り揃えており、元の世界だったらモデルとしてもやっていけるほどスレンダーな女性だった。親類と断定するに充分過ぎる要素だ。


 彼女は俺を値踏みするように見据えている。会話が無いので恐る恐るこちらから話し掛けてみた。


「あの、ライラ様のお姉さまでしょうか?」


「え?……ップ、ハハハハハハ!」


 そんなに面白いこといっただろうか?いや、異世界だからこそツボる要素があったのかもしれない。


「いやいや、社交辞令抜きに女を殺しに来る台詞を言われるとは思わなかったのでな。失礼したな。私は『マルグレット = エードルンド』ライラの母親だ。姉と言ってくれたこと、素直に嬉しいよ。雰囲気イケメンのタクマ殿」


「雰囲気イケメンですか……ありがとうございます?で良いのかわからないですが。それで……何かご用件でも?」


「ライラとティア殿が帰ってくる前に改めて話しておこうと思ってな。ライラを助けてくれてありがとう。そして家の不手際で負傷させたこと、すまなかった」


 マルグレットが感謝と謝罪を口にして頭を下げている。その姿に俺は認識を改めざる得なかった。貴族や俺の上司だった人は往々にしてブルックのような人間ばかりだと思っていたからだ。


「頭を上げてください。冒険者として受けた依頼ですので負傷は覚悟の上です。それに今回のイレギュラーはホントに避けようがないですから……」


「謙虚なその性格、気に入った。君にはライラの婿になってほしい限りだ。君のことだ。相手の一人や二人いることだろうから強制はしないさ。なんならライラは3番目でもいいぞ?」


「さすがに本人のいない間にそういうのを決めるのは好きじゃないんです。それに11も離れてますし……ロリコンって言われそうで……」(主に雪奈に)


「終末の獣の驚異が去ってから人間同士の小さな戦が頻繁に起きている。つまり貴族も数は減少傾向にあるのは知ってるだろう?しかもヴァルキリーの因子のおかげでうちは女系でね。下手すれば40以上のおっさんと結婚しなきゃならん。それに比べたら無いような差じゃないか?」


 確かに年齢だけでいうならそうだけど、現在進行形で居候させてもらってる身としては断りにくい……。貴族関係の血にまみれた争いとか勘弁してほしいし。そうだ、この方向で断るとするか!


「俺は貴族じゃないので礼儀作法もわからないですし、争いとかも勘弁してほしいので……」


「貴族会で認められるほどの功績を挙げれば作法なんて気にされないさ!争いの回避方法も私が直に手取り足取り教えるよ」


 て、手強い。恋人がいるってのは最初の段階で潰されてるし……ヤバイ。詰んでないか?せ、雪奈~助けてくれ~

 マルグレットは拓真の苦悶に気付いたのか手を叩いて笑いながら言った。


「タクマ殿、悪かった。冗談だ。もちろん婿にほしいのは本当だがね。これから時間をかけてその気にさせてみせるよ。ただホンの少しでいい、ライラにも目を向けてほしい、あれはわりと君のことを気に入ってるからね」


 うん、なるべく早く理由をつけてここを出よう。そもそもここに来たのはBランクになって封印保全依頼を受けることだ。もちろんこの世界の事情をロルフから聞いた時点で封印を調査する意味も無くなったが、どうせなら実物を見てみたいからな。考え込んでいるとマルグレットが机の上に一枚の紙を出した。


「タクマ殿はBランクを目指してるとティア殿から聞いてな。今回の報酬に追加で昇格をプレゼントしようと掛け合ってみたんだ。ロルフが魔道女学院に1週間講師として行くことになってるからその補佐をすれば特別措置として昇格してくれるそうだ。よかったな」


「ご配慮、ありがとうございます」


 Bランクに上がるのにそんなに急ぐつもりは無いんだけどな……ロルフの補佐か。嫌な予感がするのは気のせいか?正直断りたかったけど、あれも嫌、これも嫌って我が儘言ってるとマルグレットの機嫌を損ねかねないのでこれは受けることにした。

 紙を受け取った時、ギィィィィと言う大きな扉が開く音が聞こえてきた。


「ふむ、どうやらライラ達が帰ってきたようだ。これから夕食にしよう。すまないがスノウ君を呼んできてくれないか?スノウ君の部屋は君の部屋の隣だ。よろしく頼むよ」


 マルグレットが退室するとメイドさんが俺の部屋まで案内してくれた。そのまま雪奈を呼んでくれればいいのにと思ったが、頼まれ事なので俺は仕方なく隣の部屋のドアを開けた。


「おーい、雪奈いるか?これから夕食……」


 光景に絶句した。ティアが着替え中だった。そして思い出す、右隣か左隣か聞いてなかったことを……。


「きゃあああああああああああッ!!」


「悲鳴が聞こえましたが、どうかしましたか?」


 悲鳴が聞こえたあと雪奈が入ってくる。こうして事前準備なしで面通しすることになった。

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