第20話 絡み酒と無自覚な嫉妬

 ゴブリンキングと戦ったあと、私はギルドマスターに食事会に誘われた。

 兄さんは病欠のため欠席、理由は当然賞金首対策のため。ギルド会館内部は確かに不可侵領域だが、ここルクスにおいては怪しいと兄さんが言っていた。


『いいか。ここのギルドマスターは騎士団長アルスが兼任している。王政の盾が携わっているギルドなんて罠があってもおかしくないだろ?食事会は悪いけど雪奈一人で行ってくれ』


 兄さん……少し心配しすぎではないでしょうか……?騎士団であるなら規律はしっかりと守ってそうですが、兄さんの頼みなので仕方ありません。その代わり今夜は兄さんでリフレッシュさせてもうこととします!


 来客用の部屋に通されて10分ほど経ったところでギルドマスターが入ってきた。


「君がセツナ君だね?私はフォルトゥナ騎士団の長アルス = アレマンだ。そしてこちらが副団長のルーク = プルーストだ」


「紹介に預かりました。ルークです。ところでタクマ殿がいないようですが?」


 どうしてギルドの用事に教会の騎士である副団長を同席させるのかわからないですが、不信感を与えないように話さなくては行けませんね。


「すみません、兄さんは先の戦いで毒を受けたため療養しています」


「おお、そうでしたか……お会いになれなくて残念です。では彼にはまたの機会に食事でも誘うことにしよう!では本題だがこの度の迅速な活躍、我々ギルド一同感謝しております。あれだけの数のゴブリン、そしてゴブリンキング相手では近隣の住民と駆け出し冒険者に被害がでてたことでしょう……本当に感謝しております。ささ、どうぞお食べください」


 雪奈はステーキをフォークで一口食べる。

 うん!おいしい、兄さんに持って帰りたいな……。この紅茶もすごく美味しい!!


「もぐもぐ……私たちも冒険者として当然のことをしたまでです。う~ん!これ本当に美味しいですね!……ん?ルークさん、どうかしましたか?」


 箱庭騎士と陰で言われているルークがこちらをじっと見ていたので気になった。


「どうした?ルーク、いくらセツナ君が綺麗でも失礼ではないか。見とれていたのか?」


 ルークは背筋をピンと伸ばして真っ赤になりながら否定する。


「え?ああ、いや……セツナ殿の髪が綺麗で……ではなくっ!セツナ殿のお兄さん、タクマ殿も髪が黒いのですか?」


「はい。それがどうかしましたか?」


 豪快に笑いながらアルスがルークの背中をバシバシと叩きつつ言った。


「ルーク!照れとるな!お前は王城で司教のトーマスに大事に育てられたからな!女性に免疫がないのだろう!ハハハハハ!」


 ……アルスさん、お酒がだいぶ回ってきたようですね。絡み酒にならなければいいけど。ルークさんは苦労してそうですね……。


「セツナ殿は長い黒髪がとても綺麗で……私は何を言ってるのだろう……とにかく、黒い髪の人を見るのは初めてで、気分を害されたのなら申し訳ない」


「いえいえ!ルークさん、女性は褒められるとやっぱり嬉しいものです。なので……ありがとうございます」


 最上級の作り笑顔を浮かべるとルークの顔が真っ赤になって俯いた。それを見たアルスさんは別の意味で顔を真っ赤にしながら豪快な声で語り始めた。


うぶだな!今の時代黒髪は珍しいが、遠縁に勇者の血が混じるなんて割りとあるじゃないか!ハハハハハ!」


 うん、そろそろ絡まれそうですね!ここらへんが引き際でしょうし、退散するとします。


「そろそろ、兄さんの状態も心配なので帰ります。今日は本当にありがとうございました」


「そうかそうか!それは仕方がないですな!ルーク、送ってやれ!」


『ではセツナさん、これ以上絡まれる前に行きましょう』


 ルークに送ってもらい、宿屋が近くなったところで神妙な面持ちで話しかけられた。


「セツナさん、先程は失礼しました。南方都市国家で領主の息子が殺害され、その賞金首が黒髪だったのでタクマさんを疑ってしまいました!セツナさんのようなお優しい方がいるのにそんなことしませんよね?なのに……本当に失礼しました!」


 ドンピシャ!!!兄さんが言う通りこの人、鋭いですね!ボロがでる前に帰らなくちゃ!


「お気になさらず!どうか顔を上げてください。……では、もう目と鼻の先ですのでここまでで……」


「ありがとうございます。あっ……セツナ殿、少し顔に触れますね」


 ルークがセツナの顔を覗き込むように近づけたあと、右頬に添えられた手から暖かい仄かな光が包み込んだ。


「すみません、顔に擦り傷があったもので……知ってるかもしれませんが私のスキルの中に『自動回復』というものがあります。実は触れてる対象にも効果があるんですよ。おかげで綺麗な顔を治すことができました」


「ルークさん、ありがとうございます。ですが、みだりに女性に顔を近付けたりしてはいけませんよ?ビンタを喰らっても文句は言えません!……プッ……フフ……」


「セツナ殿?笑わないで下さいよ!」


 その場を穏便に済ませるために、ちょっとした冗談であしらった雪奈は宿屋に帰宅するのであった。


☆     ☆     ☆


 俺は雪奈が前回のようなことになってないか不安で、ギルド会館の向かいの家の屋根から見張っていた。


 さすがにギルドマスターが手を出すとは考えられないが、念のため見張るとしよう。……雪奈、美味しそうなステーキを食べてるな……。ぐぅ~~~~

 腹も鳴ってきたし、そろそろ帰ろうかな。なんか思ったより大丈夫だし。

 ん?雪奈がでてきた?意外に早かったな。ルークが送るのか。


 拓真は二人の後を追うようにコソコソと移動する。そして、宿屋が近くなった頃に雪奈とルークが談笑を始めた。

 二人を見守っていた拓真は次の瞬間に驚愕することになる。

 ルークが雪奈の顔に自分の顔を近付けて、雪奈の右頬に手を添えて数秒…… この数秒は拓真の心に深い絶望を叩き込んだ。


 !?……おいおい。なんでソイツとキスしてるんだ?なんか楽しそうに笑ってるし。

 そう……だよな。雪奈もそろそろいい歳だもんな。あれだけのイケメンなら仕方ないか……。あ~あ~……俺も妹離れしないといけないのか……。

 思ったよりメンタルにくるな。はぁ~胸が痛い……。俺、どうしたんだろ……雪奈が県外に就職して彼氏ができたって報告聞いたときはそんなに辛くは無かったんだがな……。その時は兄として負けた感じが強かったけど、今はちょっと……痛すぎる。


 拓真はそっと屋根から自室に戻ってベッドに籠るのであった……。

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