第16話 中央都市国家ルクス

 この世界は基本的にゲームの十字ボタンのように人が行き来している。中央都市国家を経由せずに他の国家に行くことはできない。

 世界の中央に凛然と存在する『ルクス』は、最強のフォルトゥナ騎士団を保有している。

 その強さは国を相手に1対1で余裕で勝つことができ、2国相手であれば辛勝できるほどに強すぎるのだ。

 それ故に、他の国家の代表が『領主』であるのに対して、中央都市国家だけは王政を用いている。

 ギルドは存在しているが、この国家のみギルドマスターを騎士団長が務めている。



☆      ☆      ☆




 宿屋のマスターがくれた支援袋のなかには、食べ物や魔道具のテント、そして各都市へ行くための通行証も中に入っていた。


「ふう……全然似てないな。この分なら変装なんてしなくてもいんじゃないか?」


 壁に張り付けてあった手配書を剥がして雪奈に聞いてみた。


「兄さん、100万Gですよ?半年は遊んで暮らせますよ?警戒はするだけしたほうがいいんです」


「ニャー」


 雪奈の言葉に人造魔道具であるルナも同意する。だいぶ餌付けされたな……この間まで敵扱いだったのに。


「ずっと警戒して疲れた。今日は宿で休むことにするぞ」


 ルクスに難なく入国したあと、手頃な宿に泊まることになった。

 そして部屋で手紙を書いてると後ろから声をかけられた。


「何を書いてるんですか?」


 雪奈が肩口から覗き込んでくる。


「ゼト達に手紙を書いてるんだ。ほら、俺たちが急にいなくなって迷惑かけただろうからな。それよりも何か手頃なクエストを受けてきてくれないか?Bランクにならないと封印調査の依頼が受けれないからな……ランク上げ、雪奈にも手伝ってもらうからな?覚悟しろよ?」


「はい!お任せください!では必要な物資もついでに買ってきますね」



 雪奈が出ていくのを確認して俺は一人考察する。

 現状で帰る手掛かりになりそうなのは各所の封印だ。前勇者が悪神を倒してその後、裏切った魔族を北の大地ごと封印するのは少し変だ。俺だったら連合軍をそのまま魔族討伐に向かわせて殲滅させる。

 そして歴史では勇者が封印したことになっているが、いくら女神の加護チート持ちでもそこまでの力は無いんじゃないかと俺は考えている。

 というのも、女神は今まで悪神のみ封印していたからな。それでいっぱいいっぱいだったから、勇者に頼る必要があったんだろ?


 もしかすると……女神と勇者が共同で北をまるごと封印してるんじゃないか?そうせざる得ない状況でも起きてるんじゃないか?


 だとしたら、女神は俺達に加護チートを与えなかったんじゃなくて……与えられなかったんじゃないか?


 当たっていた場合、ただ優秀なだけの雪奈と凡庸な俺じゃどうしようもない状況なのだろう……。


 これは全て俺の空想に過ぎない。俺は背もたれに体重をかけながら天井を仰ぎ見た。眉間の間を揉みながら、俺の考察が外れてる事を願いつつ、ゼトたちへ謝罪の手紙を出すのであった。


☆      ☆      ☆


 夕食を食べたあと、外から賑やかな音が聴こえてきたので、宿の屋上から大通りを見渡した。

 すると、銀の甲冑を着た明らかに騎士のような人が列を成して行進を行っていた。


「兄さん、あれはフォルトゥナ騎士団のようです」


「知ってるのか?」


「先程クエストを受けたときに、ある程度情報収集もしておきました。一番先頭が騎士団長のアルスです。次が『箱庭』副団長のルークのようです」


 俺はなぜだか、箱庭と言われた超絶イケメンの金髪騎士が非常に気になった。 現実世界の魔法使い候補だからなのか、どうにも気にくわない感じがするのだ。イケメン滅べ!

 怨嗟を脳内で浮かべながら『箱庭』という単語が引っ掛かった。


「なぜ箱庭?」


「養父でフォルトゥナ教の司教であるトーマスの操り人形であることが理由のようです」


 なるほど、いわゆるお坊っちゃんってやつなんだな。


「強いのか?」


「本人のジョブは『聖騎士』で、近接能力が高水準という感じですが、一番厄介なのは常時自動回復のようです。勇者でないにも関わらず女神の加護チートを保有してることから、次期騎士団長筆頭と謳われてるそうです」


「自動回復は敵にしたくないな……。俺って地味な戦いしてるから、回復されると決着が見えなくなるんだよな」


 その後、騎士の行進を最後まで見送った俺達は部屋に戻って寝ることにした。


「兄さん、今晩もご一緒してもいいですか?」


「は?ベッド2つあるだろう……」


 最近は雪奈の距離感が近くなってきて正直困惑している。兄妹にしては近すぎるんじゃないだろうか?雪奈が俺の葛藤に気づいたのか上目使いに切り替えて攻めてきた。

 うう、上目使いで頼まれると断れない……。ま、まぁ異世界で俺が唯一の肉親だしな、あんなこともあったんだがから甘えたくなるのも当然か……。


「ほら、おいで……」


「ありがとうございます。えへへ、そう言えば小学校まではこうやって一緒に寝てましたね。あの頃が懐かしいな~」


 昔を懐かしみながらこうして人肌に触れると、俺の強がりも氷解していく。ちょっと……そう、ほんのちょっとだけ語りたくなってしまう。


「俺さ、タンクに拘ってたんだ。はっきりとお前に言わなかったけど、守るという事が俺のアイデンティティーだったんだ。この世界に来てそれが崩れたとき、本当に怖かったんだ。いつも隣にいた雪奈がいなくなっちゃうんじゃないかって……。妹離れしなくちゃいけないってわかってはいるんだ。もちろん彼氏ができたら覚悟はする……でも、今だけは……」


 雪奈が心配そうな顔で手を握ってくる。


「兄さん…手が震えて……」


 ここ数日、ずっと自身を蝕んでいるあの日の感触が鮮明にフラッシュバックする。


「俺、今まで平和な世界にいたんだな。ここ最近身に染みたんだ。……人を斬るなんて思わなくて……あの時の感触が……離れな…ぃ…」


 雪奈とベッドのなかで向き合いながら泣いてしまった。ここに来るまで安心できなくて、乱暴されかけた雪奈を気づかって、いつものように平気なふりして陽気なふりをする道化を演じようとするけれど、それでも───


 あの時の感触が頭から離れない、肉に食い込み、骨に当たり、最後に皮を突き破る感触が……。


 ──そっと抱き締められた。強く固く暖めるように。……そうか、俺は雪奈を守ってるようでいつも守られてたんだな。辛く悲しいときはこうして抱き締めてくれた。

 雪奈の胸に顔を深く埋めて泣きながらゆっくりと微睡まどろみに落ちていった。


 拓真が寝静まってから雪奈は大事なものを外から守るように抱擁を続ける。


「兄さん、ありがとう。守ってくれてとても嬉しい……今までのようにあなたを癒そうとしてました。そしてのようにあなたを危険から遠ざけました」


 拓真の前髪を優しく撫でながら雪奈は言葉にする。


「私はあなたの妹として……いや、あなたと生きたい一人の人間として、あなたの側にいて助け合いたい。あなたが私を守ってくれるから私もあなたを守ります……」


 そう言って雪奈は拓真のおでこにそっと口付けをしたのだった……。

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