第12話 忍び寄る罠

side 雪奈


 ……はぁ。最近溜め息が出る。というのも兄さんに対して酷いことばかりしているからだ。


 兄さんは戦闘中に仲間のために自身を犠牲にしようとした。前衛が撃ち漏らしたゴブリンが、中衛で支援していたスズさんに向かっていったのだ。

 兄さんが応戦したものの突如としてゴブリンが魔術を使用したのだ。

 兄さんは直撃を受け、吹き飛んでしまった。それを見た私は兄さんが死ぬかもしれない光景が頭に浮かんで動揺してしまった。


 怖い……両親からいつも守ってくれた兄さんがいなくなるなんて耐えられない……。


 その日の夕方、私はパーティリーダーであるゼトを呼び出した。


「突然呼び出してすみません。折り入ってお願いがあります。兄さんをパーティから外したいのですが……」


「ちょっと!待って!どういうこと?セツナちゃん話しが急すぎるよ」


 私はゼトさんに会うまでの戦い方や、ジョブによりこれから着いていけなくなることや私の気持ちを説明した。


「セツナちゃんの言いたいことはわかったけど、タクマは納得するのか?俺、そう言うのあんまり好きじゃないんだよな。確かに印術師は伸びしろがないって言われてるけど、俺は正直のところ実際に突き詰めてこの目で見ないことには納得できない質なんだよ」


「兄さんには私から話しておきます。この話しを受けてくれないのでしたらすみませんがパーティの件は無かったことにしてもらいます」


「セツナちゃんそこまで……わかった。だけど多分彼は諦めないかもしれない。隠れて特訓するかもしれない。その時に認めざる得ない強さだったら改めて勧誘させてもらう。まぁ、こういう仕打ちをしたパーティなんてごめんだろうけど……」


「わかりました。その時は仕方ありません」


 正直なところ無理だろう。密かに特訓したとしてもパーティ単位で戦闘を行う方が遥かに効率がいい。時間が経つほどに差が開くだけ……。


 ……結局、私はあの両親と似たことを兄さんにしてる……ホントに自分が嫌になる。


 それから毎日ゼト達と色々なクエストを受けて、兄さんには情報収集や戦闘以外の補助をお願いした。

 夜は寝ている兄さんの寝顔を見ながらを行った。だけどここ最近手の感触が違うことに気付いた。

 別に手が濡れてるわけでも、乾燥してるわけでも無いのだが、どうにもような感触がするのです。

 気のせいだと、結論付けて私は兄さんの顔を眺める。


 兄さんこっちに来てからたまに苦しそうな寝顔をしている。悪夢でも見てるのでしょうか?その時は兄さんの頭を優しく抱き抱えて安心させる……。


 兄さんと多少ギクシャクしながらも数日が過ぎた頃、クエストが早く終わったので今日は兄さんと過ごそうと帰る途中、いきなり話し掛けられた。


「ちょっとそこのお嬢さん、ワタクシはブルックと言うものだ。今晩少し晩酌に付き合ってもらえないだろうか?」


「すみませんがお断りします。今日は一緒に過ごしたい人がいるので……」


「それは『お兄さん』のことかな?付き合ってもらえないのなら、そのお兄さんに少し悲しい出来事が起きるかもしれませんよ?」


 雪奈はこの時悟った。この下品な男はそういう類いの人間であることを。


「あなたにそんなことができるのですか?安い脅しで私が屈するとでも?」


「実はワタクシ、領主の息子なのです。ほらあそこに先日あなた方が立ち寄った武器屋があるでしょう?見ていてください」


 ブルックが兵士を呼び出すと、なにか指示を出して兵士が武器屋に入っていった。数分後、中から武器屋の店主であるハワードさんが拘束され、その子供であるサチも泣き叫びながらも連れていかれた。二人とも最近は顔馴染みだけあって雪奈は狼狽した。


「いかがでしょうか?あの方々はとても運がなかった……。渋ったために悲劇に巻き込まれたのですから……。ですがご安心を、武器屋の代わりなど、この都市国家にはいくらでも存在するのですから」


 私のせいで……ハワードさん、サチちゃんごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……


 こうしてとても下卑た男に雪奈はついていくことになった。




☆     ☆     ☆




side 拓真


 俺はあれから2日ほど単独でスキル開発を行った。反撃剣リベンジソードだけでは心許ないからだ。そしてオウルベアを一人で倒せる程度になった今、レベルもいくらか上がってそろそろ雪奈達に披露しようと考え、メルセナリオに戻ったのが15時の時だ。

 大通りを歩いているとゼトがこちらに向かってくるのがわかった。


「タクマ、久し振り。その……パーティの件は悪かった」


「気にするなよ。確かに辛くはあったけど、お陰様でだいぶ強くなったからな。そうだ、前よりは強くなったからさ。もう一度だけゼトさんの判断で試してくれないか?」


「実はちょっと強引過ぎたと思ってる。だからセツナちゃんにはもしタクマが強くなってたら認めてほしいって今回の件で条件を出してたんだ。その……明日また臨時でオーク討伐にでも行こう。セツナちゃんはオレからも説得するから」


「助かる。そう言えば今日は少し早いんだな。いつもは17時くらいだっただろ?」


「ああ、今日はクエストが早く終わったんでその分早く解散したんだ。セツナちゃんならとっくに帰ってると思ったが……やっぱギクシャクしてるのか?」


「まぁ、多少はな。日常会話もしてるし、ちょっとした冗談も言える程度にはなったよ。じゃあ俺は宿に戻るわ。また明日な!」


 ゼトと別れて宿に戻り、2階に向かおうと階段を登ろうとしたとき宿屋のマスターから声をかけられた。


「タクマ君、少し良いかな?」


「え、まぁ雪奈が帰ってくるまでなら……」


 1階にあるマスターの部屋に案内された。そこは部屋と言うより小規模な会議室のような感じだった。

 部屋の中央にあるのは大きな丸いテーブル、椅子が10脚以上、そして大きな地図……宿屋にこんなもの必要だろうか?

 俺とマスターが対面で座ったあといきなり10人ほどの男達がゾロゾロと入って席についた。


「ま、マスター?この人達は?」


「復讐者であり……被害者だ。それよりも君にはまず最後まで冷静に話を聞くことを約束してほしい。無論、飛び出そうとも入り口に何人も待機させてあるから聞くしかないわけだが、これからの話しに拒否権だけはあるから安心してほしい」


「……わかった。話してくれ」


「まず、君の妹が領主の息子であるブルックに拐われた……と言うよりはついていったの方が正解ではあるが、いずれも放置すれば酷いことになるだろう」


 雪奈が!何でそんなことに!


「セツナ君の通ってる武器屋の親子が先程『国家反逆罪』で拘束された。恐らく同じことを君にもすると言う感じの脅しでもしたのだろう。……私達の時もそうだった!!ここにいる者全て!娘や恋人や妻をあのクズにッ!……ハァハァ」


 マスターの気迫は凄まじいものだった。空気がビリビリと震えるほどの絶望と怒りの権化。マスターだけじゃない、ここにいる人達の憎悪がこの部屋全体を埋め尽くしている。

 俺は気迫に飲まれて唖然とした。


「すまない、少し興奮したようだ。セツナ君だが21時までは絶対に安全だと思ってくれ。奴も領主を継ぐのに一応仕事があるからな。いつも奴が女を犯すのは大概その時間だ。そこで君に非情な提案がある。我々の頼みを聞いてくれれば可能な限り支援しよう。頼みとは……ブルックの殺害だ。他の者は無力化で構わないがブルックの殺害だけはしてほしい」


 殺人……もちろん考えなかったわけではない。この世界なら確実に悪漢が存在し、そしてそうせざる得ない状況が来ることも想定はしていた。

 手が震える……妹の危機だと言うのに殺人を考えると震えてしまう。

 これは選択肢のない選択肢だ。

 やるしか……ないだろうな……そうでなければ本当の意味で雪奈だけのタンクにはなれない!


「わかった。その頼みを引き受けた。支援なしで殴り込みかけるよりは遥かにマシだろうからな」


「ありがとう。まず、君にはブルックの部屋に直接侵入してもらう。ギルド会館屋上を借りているのでそこから北東にある領主の館2階、一番右の部屋の灯りが点いたら突っ込んでもらう。その為の装備も渡す……これを受け取ってくれ」


 マスターが持ってきたのは……黒猫だった。なぜ猫?

 俺が混乱してるとマスターが説明を始めた。


「我々が私財を出しあって作り上げた『従魔型の生体防具・アベンジャーキャット』だ。復讐を成し遂げた者が可能な限り安全に帰還できることを想定した生還防具の境地。我々が君に頼んでいることはとても酷いことだ。当然君は賞金首になり、追われる……」


「つまりブルック殺害までは手を貸すがその後、俺と雪奈の命は保証できないってことか。いいさ、説明を続けてくれ」


 その後もマスターが説明を続けた。


 アベンジャーキャットの性能


・ミスリル並みの防御力を誇る ・不死鳥を素材に流用してるため破損箇所を自動で修復する ・魔力を備蓄でき、それを解放することで防御障壁を展開できる ・備蓄魔力でグライダーに形態変化できる


 最近攻撃力の増えた俺には防御力が不足してると思ってたから嬉しい限りだ。


「タクマ君、まずは従魔契約を。血を1滴飲ませることで君を主と登録できる」


 俺が血を飲ませると黒猫が赤く発光し、黒い影となり俺にまとわりついた。

 気付くと俺は真っ黒な丈の長いロングコートを着ていた。


「魔力の備蓄だが、食事をすると備蓄されるようになっている。作戦決行までに食べさせるといい。それと君は東方から来たと聞いてるからわからないかもしれないが、ここは傭兵業が盛んだ。そして当然領主の館には低ランクだが多数の傭兵が警備をしている。傭兵ランクCのオズマが隊長として雇われているから気を付けるんだ」


「わかった。支援感謝する」


 マスターから殺害後に原初の森に向かうことを提案された。どうやらあの洞窟に他の都市へいくために必要な物資を保管してくれてるとのこと。


 

 20:50


 俺はギルド会館屋上で待機していた。


「『ルナ』これからよろしくな!」


「ニャー!」


 ルナにエサをあげて俺は立ち上がる。領主の館の様子を確認する。

 緊張する……ドクン……ドクン……心臓の音がいつもより大きく感じる。


 21:00


 電気が点いたのを確認した俺は夜空を滑空する……。


 待ってろよ雪奈……すぐに助けてやるからな

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