幕間 雪奈の心

 私の両親はお金が大好きだった。私達兄妹のことは将来的にお金を貢ぐ道具のように思っていて、その為に育てていた。当然ながら愛情もなく、打算的教育をされてきた。


 勉強が得意な私、兄さんは勉強が苦手だった為に両親からいつも叱責されていた。ある時、兄さんには絵の才能があることがわかった。両親は将来的な還元率を考えた結果、私を貶める方向にシフトし始めた。


 親から責められて自室で泣いてると兄がノックもせずに入ってきました。


「ごめんな。僕に任せて。きっとうまくいくから……」


 兄はそう言って部屋から出ていきました。

 その日の夜、兄が一瞬だけ私の部屋を覗き込み、リビングの方に行くのがわかりました。

 こっそりリビングの方に行くと、両親と兄の話しが聞こえてきました。


「父さん、母さん、どうして普通に家族ができないの?」


「やっているだろう?あれか?お前達の片方を必ず責めてる件についてか?」


「僕が勉強できないから責めるのはわかる。だけど絵が描けただけで雪奈の態度まで変えるのはおかしいよ……雪奈は今までと同じように勉強できてるじゃないか。父さんたちは少しおかしいよ」


「あなたはまだ子供だからわからないだけよ。人間ってね。あんな風になりたくないって思うと限界を越えれるでしょ?あなたのクラスに苛めはあるでしょ?みんな苛められたくないから苛められないように頑張ってるの気付いてる?こういうのは社会に出ても続くわ。今のうちに慣れておくと楽よ?」


「そんな理由?……そんな理由だけで?僕にはわからないよ……」


「それだけじゃない。お前はうちの家計が苦しいのはわかってるな?勉強ができてもせいぜい良い企業に入れるだけだ。俺達への還元は少ない。絵は別だ。それに、1度賞をもらっただけじゃ俺達は何も思わなかった。だが2度、3度続けばどうだ?それはもう才能だろう?絵は下手するとサラリーマンの一生分を一枚で稼げる。還元率はとてつもない!これからも我が家のためにお前も頑張るんだ!」


「…………そう。僕は、いや俺はそれを認められないな。二人の気持ちはわかったよ。今日はもう寝るよお休みなさい」


 兄さんが”僕”から”俺”に変わる瞬間でした。

 次の日、兄が部屋に来ました。


「雪奈、俺がお前のタンクになってあげるよ」


 寝惚けてたけど、その言葉だけはしっかりと心に刻み込まれました。

 その後、兄がわざと下手に描き始めました。すると両親は元の態度に戻りました。

 私は自分が責められないことに安堵したのに、兄は自分から茨の道を歩いていく。いかに自分が小さい存在なのか思い知らされました。


 だから……私は傷付く兄を癒そう、そう決意しました。


 兄を癒す上で積極的に関わることが多くなりました。そんな私は兄の意外な面をいくつも目にしました。

 その中の1つとして挙げるなら、サスペンスドラマの考察を兄としたときのことだ。


「兄さん、この犯人Aさんですよね」


「いやBさんだよ絶対」


 じゃあ兄さんアイスを賭けて勝負しましょう!


 ───結果敗北


 私と兄さんは犯人を断定するのに全く違う方法を用いていました。

 私は物語の様々な伏線から読み解き、犯人をAさんだと断定しました。

 兄さんは物語の登場人物を見てBさんだと断定しました。

 物語に登場するBさんは監督が別の仕事でプロデュースしてた事務所の専属女優だったのです。

 兄さんは監督が確実にBさんを黒幕として推してくるのを予想したのです。

 唖然としました。この時、兄さんは正道で力を発揮するタイプじゃないことに気づきました。

 両親はそんな兄の一面に気づかない。それどころか心無い一言を平気で言う。


 『あんたのことは諦めた』……親が言う台詞でしょうか?


 考察前に買った私のアイスはイチゴでした。兄のアイスはチョコでした。

 私はあの時アイスを食べられないと思っていましたが、兄は勝利したのにも関わらず私にもアイスをくれました。

 しかしそのアイスを見て驚きました。チョコとイチゴが半分半分だったのです。


「俺が勝ったんだから俺が好きなようにするのは当然だろう?どうだ?俺の考えたストロベリーチョコは。これなら元の美味しさを越えれると思ってな」


 私だったら勝ってもアイスを渡したりしません。渡したとしてもミックスさせるなんて思い付かなかったはずです。



  ☆      ☆      ☆



 高校1年の頃、私の中の兄が変質する出来事が起きました。


 兄がリビングで寝てるときでした。うつ伏せでWの字で寝ていました。

 赤ちゃんみたいだなって思った私は兄の手の中に人指し指を入れました。

 すると……やんわりキュッっと握ったのです。モロー反射というやつでしょうか。


 かわいぃぃぃぃぃぃ



 その日から私は兄を兄であり赤ちゃんでもあるという認識をするようになったのです。

 別に見かけが可愛い系でもなく、わりとがっしりしたフツメンです。ですが母性をくすぐられてしまうのです!


 兄がたまにラッキースケベで胸に触れてしまいます。その時小さな赤ん坊に触られてる気がして『飲んでも良いのよ?』って思わず言いたくなります。

 上位の成績を維持するために毎日勉強の日々の中、私の究極の癒しがまさに兄のモロー反射でした。


 兄の部屋に入るのは兄が何をして遊んでいるか気になるからです。

 例えば、我が子が道端で遊んでいるとします。何してるの?って声をかけるのが親ではないでしょうか?じゃあ一緒に遊ぼうか?って声をかけるのが親ではないでしょうか?

 兄の部屋を隅々まで探索しました。兄のとあるゲームを見つけ、ちょっとやってみました。兄のデータを見ると盗賊のような軽装をしていました。

 やりかけのクエストを見ると『厳重な貴族の館から宝石を盗み出せ』というクエストが画面に出てきました。これを代わりにクリアするとさすがにバレる為、電源を切って通販で同じものを買ってこっそり自室でゲームをしました。

 自分のデータでやってみると盗賊は非常に難しい。ちょっと民家に入るだけで指名手配され、憲兵に捕まり牢屋に容れられる。

 兄はこれを極めている、やはり兄は正道以外で力を発揮するのだと思いました。


 ある時、欲求を抑えられなくなった私は仰向けで寝ている兄の顔に胸を近づけ口に触れさせようとしました。……パチリと目が開きました。いつもは寝たらあまり起きないので油断しておりました。

 自分を大切にしなさいと物凄く怒られました。


 さすがにやり過ぎたと反省しました。


 それから私は県外に就職して、距離を置けば母性を抑えられると思いましたが……無理でした。ですが、就職先で先輩から告白されて涙が出ました。何故なら、相談を理由に"私の可愛い兄"に会いに行けるからです。

 兄は恐らく家族の形を変えないようにするのが理念でしょう。私はそれをギリギリ守りつつ両親とはいえない両親の代わりに親をするのです。


 お盆になりました。あの両親は普段片付けをしないからそのまま放置して実家に挨拶に行ってることでしょう。とすれば兄は疲れながらも1人で掃除してるはず、きっと夜はグッスリです。


 今夜は久しぶりに兄のを楽しめそうです。フフフフフフ


 その予定だったのですが想定外の事が起きてしまいました。

 ッチ!異世界とは邪魔してくれますね。


 初日の夜、久しぶりに楽しめました!キュッって指を握るあの感触がポワーンってなります。 


 2日目、ににににに兄さんが1人で戦いました。敵の攻撃が当たる寸前で助けることができましたが、正直ヒヤッとしました!ですが、ですがですが!

 助けたあと、兄さんを慰めてるときに兄さんが私の胸を口に含んでモグモグしてきたのです!

 その瞬間、とてつもなく凄まじい高揚感を感じました。平静を保つのがとても難しいほどに……。


 3日目、アルというギルドマスターに出会いました。戦闘に自信のあった私でも一瞬で気絶させられました。

 ですがアルのお陰で兄さんを膝枕することに成功しました。

 30分ほどして兄さんが飛び起きました。そのときにまたも神の采配!私の胸に兄の顔がめり込みました。残念ながら胸の下の部分だけだったのでそこまでではなかったですが、高揚感に顔が蕩けそうになりました。


 ……ただ、2日目に言われた兄の言葉を思い出す……


『そんなわけあるか!お前は自分がどんだけ良い女か自覚した方がいい。優しいし、こんなダメな兄すら見捨てず手助けしてくれる。そんな女がつまらないわけないだろう?俺だったら!そんな女がいたら……一生幸せにする!』


 この言葉が僅かに胸に突き刺さる……思い出せば出すほどにじんわりと深みを増す、何なんだろう……この感覚……。



 雪奈がそれを理解するのはまだまだ先の事であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る