第七話
めでたし。めでたし。
これで物語が完結するのであれば、私たちはハッピーエンドをむかえたことになる。
その後ふたりは愛を育み、忙しなくも日々を共に過ごし、人生の最大イベントである結婚をし、親愛なる子供にまで恵まれ―――
なんて後付けがあれば完璧だろう。
でもそうじゃない。そうじゃないからこそ、私は語る。もちろん私は望んでいた。彼との、貴人との幸せな毎日を。
展望デッキでの告白から、私たちは正式にお付き合いを開始する事になる。
カップルになったからといって、今までのふたりのやりとりが大きく変わるわけではなかった。毎日のようにLINEで連絡を取り合っていたし、暇が合えばデートを重ねてきていたから。
変わったこととといえば行動とかではなく、心の在り方だ。
貴人と付き合い出した私は、まるで恋に恋して生きるピュアな女子高校生のようになった。
生活の中心は「恋愛」であり、我ながら気持ち悪いが目を瞑るとつい貴人を想像してしまう。告白したときのあの弱々しくて頼りない、けどどこか儚くて母性を擽られる笑顔。その笑顔を想像すると幸せだという気持ちよりも、なんだか
胸が苦しくなる。人はそれを恋の病というのだろうか。
でも私はそんな微笑ましい恋愛独特の苦しみよりも、いつかは終わるであろう異性を想うときの刹那のようなこの気持ちにただただ怯え続けていた。
言葉ではうまく言い表せない。彼を想像すればするほど彼が離れていくような感覚。
幸せで幸せで仕方がないはずの今この瞬間を、私は暗闇の中で陰鬱に過ごす引きこもりのようだ。
それは恐怖でしかなかった。
そんな私の不吉な予感は見事に的中してしまった。
何の前触れもなく、私は貴人から文字通り拒絶されたのだ。
LINE、電話番号、メールアドレス。連絡手段のすべてをブロックされてしまったのだ。
本当に何の前触れもなかった。嵐の前の静けささえもない。
はじめはなにかの間違いだろうと思った。2、3日連絡が取れなくなることなど、社会人ではまあよくあることだ。
でも連絡が取れなくなって4日、5日も経つとさすがに不安になる。私、なにか変な事言っちゃったのかな?貴人を傷つけるような事言ったかな?読み返すのさえ恥ずかしいふたりのラインのやりとりを私は確認する。なんてことはない。ありがちなカップルの会話。
既読さえつかなかった最後の私が送ったメッセージまで確認する。
「貴人、資格の試験があるって言ってたよね? 今週の日曜だっけ?」
――――既読なし。
どうしてだろう。何回電話しても繋がらない。2度、3度メッセージを送っても既読にならない。
もしかして、事故にでもあったのだろうか。と最悪の事態まで考えてしまう。
普段恋愛相談などしない私が、奈々にその事を相談した。
「えっ!?ゆうこ、あの人と付き合ってたの?なんで教えてくれなかったのー。ひどいー」
とはじめはこの~、この~と茶化してきた奈々だったが私が一切笑わずに事の経緯を話しているうちに奈々の表情は険しくなった。
それはそうだ。はじめてした恋愛相談が、「連絡がとれない」なのだから。
全てを話し終えると、奈々は言いにくそうに、
「それってもしかしてさ、ラインブロックされてるかもね、、、。」
私ははじめはその意味が分からなかった。ブロック?どういうこと?
「あのね、、、電話で言えば着信拒否ってこと」
「え、それって―――――」
言葉がみつからないとはまさに今の状況だ。奈々はラインがブロックされているか調べる方法があると、検索して教えてくれた。
私はできればそんな事は調べたくなかった。意味が分からない。なぜ突然拒絶されなければならないのか。そんなのってない。
なにより卑怯じゃないか。
私には有無を言わさず、付き合っているにもかかわらず、突然、本当に突然全てを拒絶するなんて。
調べるまでもない事だったのかもしれない。
ブロックされている現実が目の前にあらわれた私は奈落の底へと突き落とされた。
会社の昼休みからトイレにこもり続けた。声も出さずに泣き続けた。
昼休みが終わった頃、デスクに戻らない私を心配した先輩や奈々が個室のドアをノックし、声をかけたが私は返事をしなかった。
「おまえらに私の気持ちのなにが分かるんだ」
そう鬼のような形相で泣きわめきながら言ってやりたかったが、私の気持ちなど他人に
分かるわけがない。だからそういうとき、人はひたすら泣くのだろう。受け入れられない現実を昇華するように。
だって受け入れられるわけがないじゃない。どうして私はいつもこうなのだろう。華のあるドラマのヒロインになることは許されない。教室の隅っこがお似合いの、教師に名前さえ憶えてもらえないような、代わりはいくらでもいる脇役。まるでほこりのようだ。ふっと息を吹きかければ消えてしまう。
再び個室のドアをノックして、ゆうこ、大丈夫と奈々が声をかけてきた。
「上司に私から事情は話しておいたから、今日は早退していいって。仕事場に入りにくいなら、私が荷物とってくるよ」
優しくて美人で華のある奈々が羨ましくて、妬みたくなってくる。こんなときにさえそんな嫉妬心を覚える私をどうか哀れんでほしい。
「―――――――奈々」
「ん?大丈夫?」
「ありがとう」
「今度また合コンしよ。そんな最低な男と比べ物にならないとびっきりのイケメン用意しとく。荷物とってくるね」
私は今度は女子トイレに響き渡るような声を出し、恥ずかし気もなく子供のように泣きじゃくった。まるで幼き獣の咆哮だ。
デスクでパソコンにむかってカタカタとしている職場の皆にもきこえているかもしれない。
次出勤したときは変な噂をたてる人間もいるかもしれない。
でもそんなこともかまわないくらい、今は自分という人間が哀しくてしかたがなかった。
私は歳を重ね、経験を重ねても、自分のイメージを拭いくれない。
スクールカーストで頂点に立つ華々しい彼女達と或る意味で同類。自分に合ったポジションでぬくぬくと過ごし、埃被った机を壊す事無く大事に労り、亀の如し殻に籠っていただけの安全地帯で過ごすからっぽの女。いつまで竜宮城にいるつもりだ?
悲劇のヒロインにも結末は必要だ。ハッピーエンド?バッドエンド?
だから私はこれを失恋だとは認めず、失恋のような経験とする。
この話には続きがあるからだ。私が私を抜け出すことができれば。
貴人は私の空白をどうみたの?ただそれだけ、彼に聞いてみたい。
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