第六話

メリークリスマス。ク~リスマスが今年もやってきた~。

今年のクリスマスは週末ということも重なって貴人と過ごす事となった。

数か月前まではひとりきりのクリスマスと思っていたけれど。

クリスマスのデートのお誘いは貴人からだった。分かってはいたけれど、彼は今回もお願いがあるんだと前置きして私をデートに誘った。

笑ってはいけないのだけれど、いつも何かをお願いするときに真剣な眼差しで私を見つめて、お願いがあると言う彼を心の底から愛おしくて思わず笑ってしまうのだ。

もし断ったら?

きっと彼は悲しい顔をして俯いてしまうだろう。何事も真剣でありながらも、それでいて繊細だから強いのに、脆く、傷つきやすい。

強いのに脆いなんて変な表現だと思うけれど、彼がどういう人間なのかと聞かれれば私はそう答える。

いや、強いからこそ痛みに対して敏感なのかな。

でもどうせなら、子供のように駄々をこねてほしいかなとも思ったりする。そんな彼もみてみたい。

毎日のLINEで積み重ねたコミュケーションと、数回のデートでぎこちなくやりとりした会話で、お互いを知り、緊張感みたいなものもなくなってきている。

私たちは良い意味で慣れ合えるようになった。

お昼にちょっとこじゃれたレストランで私の大好きなオムライスをごちそうする彼。大好きなオムライスを食し、思わずテンションのあがった私は、彼の考えたデートプランを無視して、浅草へ行こうと提案する。

「混んでいるし、疲れるよ。それに、クリスマスに浅草って」

「なによ?文句あるのー?和洋折衷、良いとこどり」

「いいよ、いこう」

やれやれと文句を垂れながらも、なんでも私の言いなり状態。

浅草はいつでも観光客で混んでいて、新品だからと張り切ってちょっと高めのヒールを履いてきていた私は靴擦れを起こしてしまった。

ヒールで散策なんて、私は馬鹿な女のそれである。人混みをかきわけながら、お土産屋さんや食べ物屋さんを散策。まだ新年を迎えていないのに、浅草寺へ出向き、おみくじで運試しをしようという彼。彼が末吉で私は大吉だった。

でも今年が大吉だったとはどうも思えない。

残りの数日が大吉ってことなのかな。どっちにしろ勿体無い運試しだ。おみくじをしようと提案した本人は、末吉という中途半端な結果にうなだれている。

夜になると、今度は彼が私を連れまわす。

靴擦れの私なんかお構いなしという感じで池袋に移動して、展望台へむかう。

寒さと足の痛みで疲れたよという私をもう少しだから、もう少しだからと手をつなぎながら励ましてくれる。私たちはいつから手をつないでいたのだろうか。

展望デッキについたときにはまるで山頂に到達したかの如く、息をはあはあさせながら達成感に包まれた私たち。周りのカップルの視線を一斉に集める。

恥ずかしかったけれど、山頂に到達した私たちに賛美くらいあってもいいと思う。思わず彼と視線を合わせ、肩をすぼめる。

池袋のクリスマスの夜景はいつにもまして綺麗だ。

クリスマスのBGM、寄り添うカップル、彼といるこの空間がそうしているのかもしれない。

「今日は楽しかった?」

白い息を吐きながら、隣にいる私に問いかける。

「楽しかったけど、ちょっとはりきりすぎちゃったよね私たち」

「ん?張り切ってたのはゆうこだけでしょ?」

「えー、じゃあ浅草行くって行ったときにちゃんと頑なにとめてよね」

「とめても君なら、ふりきるね。いや、ひとりでも行くって言う。足を引きずってでも行くね」

「私という人間が分かってきてるじゃない」

ふたりでクスクスと笑う。

「ねえ、ゆうこ。こっちむいて」

「なに?」

むこうとしたときに私は彼と唇を重ねていた。一瞬の出来事でなにが起こったのか分からず、思わず放心してしまう。

彼がキスしてきたということか。そうなのか?それしか考えられないよね。

「ごめん」

なんであやまるのかなぁ。

「嫌じゃなかったかな」

なんでそんな事いうのかなぁ。

「ごめ―――」

「嫌なわけがないでしょ」

私は彼の言葉を遮り、大きな声で言う。彼は一瞬、驚いた顔をして戸惑いをみせたが、すぐにいつもの笑顔になり

「そっか」

、、、、それだけ?男らしくなんとか言ったらどうなんだ。私にどこまで言わせる気なんだ。キスをしてきたのはそっちじゃないか。

そのキスは私をからかっただけなのか。そんな元気のない笑顔で私をみつめないでほしい。

「ねえ貴人、いつもみたいになにかお願いがあるんじゃないの?」

彼は弱った顔で私をみつめながら、空白の中から言葉を探している。そこに何をみつけたの?

「ゆうこ、お願いがあるんだ。一目見たときから、素敵だなって思ってた。連絡を取る度、逢う度、君の事がどんどん好きになっていった。

僕と付き合ってほしい。大好きです」

「分かったから、そんな悲しい顔二度としないでよ」

私は思わず、彼に抱き着く。彼ははじめは優しく、徐々に力をいれて私を抱き締める。

だめだ。なんだか分からないけど、涙がとまらないみたい。滝のように流れてくる。きっと私たちみたいな公共の場で恥ずかし気もなく、抱き締め合う

カップルを世間ではバカップルというのだろう。でも今日だけは許してほしい。

今日だけは私も、「女の子」でいさせてほしい。

「好きだよ、貴人」

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