第四話

LINEのやりとりをして1ヵ月、彼が私をデートに誘う。私はもちろんそれに応じる。とてもスムーズに。とてもスムーズに。

今回も彼は真剣に、お願いがあると前置きをした。

私はなんだかそういう彼が微笑ましい。ひとつひとつの行動に対して責任を持ち、そして勇気を出しているのが伝わってくる。私はそんなに高嶺の花じゃないのに。大事に、大事に扱ってくれているのが分かる。

そろそろクリスマスが近い。今年のクリスマスはひとりぼっちではないのかもしれない。

私はクリスマスとか、バレンタインとか恋愛の行事となってしまったものが昔から嫌いだ。そんなイベントなど、恋人同士が勝手にやればいいのだ。わざわざ大袈裟に聖なる夜など祝わなくていい。恋人も、好きな人さえいないぼっちが、より孤独を感じて苦しむだけじゃないか。残酷なだけじゃないか。

それとクリスマスシーズンのCMなんてもっと嫌いだ。

ク~リスマスが今年もやってくる~なんてCMがやりはじめると、私は毎度毎度うんざりする。はい、毎度あり。

でも奈々みたいな子達は、大はしゃぎする。

今年のクリスマスはどこへ行こうとかなんとか、既に予定がぎっしり書かれた手帳を広げて。まるでピクニックの前の変な緊張とハイテンションで眠れない子供みたいに。それも1か月前からそんな調子だから、元気だなあと私は他人事で静観している。

そうだ、そうだ。めんどくさくて行けてなかった冬服の買い物に行かなくては。

さすがに着過ぎてけばけばの服装でデートに行くのは、失礼だ。

ここ1ヶ月で乙女心は思いがけない勢いで一気に復活だ。夜は短し、恋せよ乙女。・・・乙女!?



AM11;00。デート当日はとても寒かった。

まだ11月なのに一気に冬が到来した感じ。重ね着をしてきて良かった。

私はこうみえて時間はきっちり守る派である。待ち合わせ30分前には到着し、時間までその辺をぶらぶらと散歩する。かといって相手にも時間をきっちり守れと強要するほど厳しい人間じゃない。

それは私が寛容というよりも、待ち合わせ前のあの独特な空気感が好きなのだ。

同じように駅前で人を待ってどきどきしている人たちやわくわくしている人たちのあの空気感を私はいつまでも感じでいたい。なにかこう、選ばれし人間に与えられた特権みたいな感じがして。

5分前になって貴人がいそいそと改札を抜けてくるのが分かる。

改札の近くにいるからとメッセージを送った私をきょろきょろと迷子になってしまった子供みたいに探している。

そんな彼の姿を私は見逃すまいと神経を集中させて見入っている。まだ私の存在に気付いていない彼の貴重な自然体の姿。

そんな強烈な視線を感じ取ったのか、彼が私に気付く。私も今気付いたふりをする。

照れてうつむき加減にこちらにやってくる。

「お待たせ。待った?」

「全然。まだ5分前だよ」

「そうだね」

彼は合コンのときみたいに、相変わらず小奇麗な恰好をしている。ニットのセーター(今回はラルフローレンじゃない)に紺色のジャケット、黒のシュッとしたズボンの下は革靴を履いている。これから仕事にでも行くみたい。体型が細身の彼には似合っているけれど。

一方の私はフリルのワンピースにカーディガン。6センチ増しのパンプスで少しでもスタイルをよく魅せている。身長が154しかない私は170弱ぐらいの彼にまだまだ追いつけない。

「じゃあ行こう」

「どこ行くの?」

デート当日まで僕がプランをたてておくから楽しみにしていてくれと言った彼は、最後まで行き先を教えてくれなかったのだ。

「水族館。ゆうこ、、、、、さん、好きって言ってたよねペンギンとか」

不安げな顔で問いかけてくる彼。

「好きだよ。楽しみ」

LINEで打ち解け合った私達は、既にお互いの事を呼び捨てで呼び合っていた。実際に会って名前で呼ばれるとドキッとしたけど、彼は飾り程度にさんをつけた。



週末の水族館はデートスポットと化している。

私をベンチに待たせて、意気揚々チケット売り場に向かう彼。

チケットを買い終えると白い息を吐きながらこちらにやってくる。

「お金、渡すね」

「いやいいよ」

「え、でも」

「ちょっとはやいけど、クリスマスプレゼントのひとつだよ」

初めてのデートで安くないお金を出してもらうのはちょっと戸惑ったが、「ありがとう」と笑顔で受け取ると、彼は満足してはにかんだ。

私たちはペンギンショーやアシカショーを楽しんだ。北風も吹き出して寒かったけれど、どれもこれも可愛くて癒された。

道案内にそって館内の生き物たちを、まったりと観察していく。珍しい生き物をみると、私は思わず足をとめる。

この生き物達は、狭いケージの中で何を目標にして生きているのだろうか。そんなくだらない疑問が浮かんでくる。でもそんなこと人間だって同じだ。私達の人生って結局、死ぬまでの暇つぶしでしかない。

平凡な一般市民は歴史に名を遺すことなく、死んでいく。そして一瞬で存在したことすら忘れ去られていくのだ。

ぼんやりとしているようにみえたのか、彼がどうしたの?と聞いてくる。

なんでもないよと笑顔で答える。

なにを私は柄にもなく哲学的な事を考えているのだろう?カップルだらけの水族館で考えることじゃない。

私たちもこの平凡だけど、幸せを絵にかいたような風景に馴染んでいるのだろうか。口数は少ないけれど、私とふと目が合うと照れくさそうに笑う彼をみながら想う。

ペンギンは呑気に氷上をつるつる何度も気持ちよさそうにすべっている。死ぬまでの暇つぶし。私もペンギンもやる事は違えど、一緒だ。



お昼になると、近くのショッピングモール内のレストランに入る。

オムライス専門店。女性ではなく、自称「女の子」が好みそうな飲食店。

私は意地でも、自分のことを女の子など言いたくない。

いい歳した女に限って、「女」であることを主張し、自分を少しでも可愛く見せようとか弱い女の子アピールをする。そしてそんな女の子達は、男女平等を叫びながらも、いざ平等であるべき場面に置かれると、「男のくせに」「私は女だから」と平気で男女差別をするものだからまったく訳が分からない。

私はそんなその場限りの感情で動くような人間にはなりたくない。でも、世の中はそういう女の子で満ち溢れていて需要もあるものだから結局は自称女の子が勝ち組なのだ。

私みたいな細かいことを気にする女は要するに「めんどくさい」のだ。

彼はそんな女達の腹黒さやあざとさを見抜く事ができるタイプだろうか。そんな女に引っかかるような男ではあってほしくないと切に願う。

「水族館はどうだった?」

堂々巡りに入りそうな私を彼は現実に戻す。

「寒かったけど、いろいろな生き物をみれて楽しかったね」

「うん。ちょっと寒かったかな。水族館なんてほんと久々に行った。やっぱり家族連れやカップルが多いんだね。如何にも休日って感じの雰囲気で皆幸せそうにみえた。あ、そういえばゆうこにみせたいものがあるんだ」

そういうと彼は、持参していたショルダーバッグをごそごそとし始めた。やっと呼び捨てで呼んでくれた。自然すぎて、なんだかちょっとドキッとする。

彼がバッグをごそごそしている間に、注文していたオムライスが届く。

私はお店で一番の人気らしいスタンダードなオムライス。オムライスを純粋に愛している私にとってはやはりシンプルなのが一番。シンプルこそ至高。

彼はハンバーグののったオムライス。意外と男らしいボリューミーな一品だ。

オムライスを前にして、こっそりとテンションのあがった私をしり目に彼がバッグから取り出したのはスケッチブックだった。

「LINEしてたときに、絵を描いているって聞いて僕も嬉しかったんだ。それでゆうこが好きって言ってたキャラクターを描いてきたんだ。良かったらみてほしい」

如何にも絵描きが使ってそうなシンプルでありながら紙の質は良いスケッチブックに描かれていたのは、それはそれは可愛らしい絵だった。

私の好きなイラストレーターさんが考えたゆるふわウサギちゃんを彼なりのタッチで表現している。

「ちゃんとみていい?」

私は了解も得ずに、彼の手からスケッチブックを奪い取る。

なんの悩みもなさそうな満面の笑みのゆるふわウサギちゃん。濃い目の鉛筆の強弱で影や厚みを出し、さりげない主張で優しく色塗りされている。

絵を描くことに慣れている描き方だ。長年、孤独に絵を描き続けてきた私には分かる。

「ねえ、他のページもみていい?」

「うん。いいよ」

他のページをぺらぺらめくると、彼なりの優しいタッチで同じような可愛い絵が何枚も描かれている。絵を描くうちに確立した彼独特の絵柄。構図。

よく文字はその人の人格を表すという。絵はどうだっただろう?

筆圧が強い彼はエネルギッシュで芯があるといった感じかな。

それでいてどこか丸みを帯びている感じだから、繊細な部分があるのかもしれない。

私なりに彼の深層心理を分析。

そう考えると、私の印象は彼の本質的な部分に近かったのかなと思う。

人間の性格っていろんな部分に出るから。LINEの文章ひとつとってもそうだし。歩き方や普段のちょっとしたくせだってそうだ。

彼からみえる私の印象は、はじめて会ったときからどう変化していっているのだろう?

私には私のくせが分からない。人間自分の事って案外分かってないもの。

「今度、ゆうこの絵もみせてくれないかな?」

ハンバーグを行儀よくナイフで細かく切って食べながら彼が言う。

ぶっちゃけ最近絵は描いていない。仕事で疲れてしまってなにもやる気がでないのが一番の理由だ。本当に心から絵を描くのが好きなら、眠たい目をこすってでも描くのだろう。

私はただ居場所をつくるために愚直に絵を描き続けていたに過ぎないのかな。

「あまりうまくないよ。空いた時間に適当に描いてるだけだから。」

「でも、みせてよ」

「貴人みたいにうまくないもん。わたし」

「うまいかな?こういう系統の絵しか描けないんだ。本当はもっとリアリティがあるというか、似顔絵を描いたりしたいんだ」

「そうなんだ。わたしはこういう絵、好き。みてるだけで癒される」

「そういってくれて嬉しいよ。ありがとう。良かったらページ破って、プレゼントするよ」

「いいの?じゃあもらう」

「そのかわり、今度絵みせてよ?」

「えーどうしようかな」

「きっとセンスあるんだろうなあ」

「ちょっとハードルあげないでよー」

次のデートでみせる約束をした。また会う口実になったと、私は心の中でにんまり。

食事しながら、絵の話題で盛り上がる。オムライスの味なんてどうでもよくなるほど、会話に夢中になる。

彼は私のくだらない話を微笑みながら聞いてくれる。

まっすぐと私の目をみながら、時々相槌をうってくれる。お互い口数はあまり多くはないけれど、沈黙も含めて彼の隣は居心地の良さを感じている。

この人なら大丈夫。信じていい。

いや、私はそんなに軽くない。それに彼の本当の気持ちをまだ直接聞いていない。

これから少しずつ、少しずつ距離を縮めていきたい。それが私の求めているもの。どこに行けるかなんて分からない。

たとえ行き着く先が「幸福」ではなく、「不幸」だったとしても。

私はそれを受け止めるしかない。

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