第二話
貴人と書いて、タカト。それが元彼の名前。
彼を元彼と呼んでいいのならだけど。
貴人という名前に相応しい人物なのかと問われれば、私は思いっきり首を横に振るだろう。
貴は相手に対する敬意をあらわすことばだ。私に対して少しでも敬意があるのならば、どんなことがあろうとあんな別れ方を選択しない。
でも彼には彼なりの「貴」があったと今なら言える。私は彼のそこに惚れてしまったのだから。
私たちの出会いはいたって単純。奈々が言ったように、奈々の友人である千尋が幹事となって開かれた合コンである。
合コンというと、まさに男女がギラギラと互いを求め合う出会いの場という感じがして気が引けてしまうし、
明るく社交性ある人たちがのりのりで楽しむイメージが強く(パリピ!)、誘われたところで一度も参加した事はなかった。その合コンも私は断っていたのだが、奈々の友人のひとりが急に来れなくなり、ピンチヒッターとして参加することになったのだった。
奈々としては彼氏のなかなかできない私に気を遣って毎回誘ってくれていたのだろうけど、私にしてみればありがた迷惑もいいところだった。彼氏のひとりくらい、自分でなんとかしてみせる。合コンにくるような男とコミュ症の私が、気が合うわけないではないか。
毎度断られても健気に誘ってくる天然の奈々には私もさすがにお手上げだ。
最初で最後だよーと、奈々の一生のお願いを引き受ける事にし、私はバッターボックスに立つ事となった。おかげでその日は1日中気が重く、何度もこんなことは最初で最後だと言い聞かせた。
花金。仕事終わりの夜20時に、小奇麗な個室の居酒屋で合コンは開催された。
女3人に男3人。私、奈々、千尋。女性陣は私たち3人である。
千尋という女は、奈々に似て遊び慣れてそうな派手なタイプだ。どう考えても2人とタイプの違う私。やっぱり場違い感がある。
一方の男性陣。1人目は私たちより、3~4つ歳上そうな短髪さん。派手な時計をわざと見えやすいようにスーツの裾から光らせている。仕事を任せたらてきぱきとこなすが、細部を見落として、上司にしかられる。かといって憎めないし、周りからの信頼も厚い。要領だけは良いタイプって感じだ。
2人目は私たちより年下に見える、刈り上げ七三のいかにも遊んでそうな男。こう言っている間にも、髪の毛が気になるのか、隙あらば髪を整える。こうみえて実は真面目なんですとギャップで女を落とすタイプに違いない。もちろん、そんなギャップで落ちるような女は軽薄そのもの。
私はこの時点で帰りたくなる。サッカーで言えば、試合開始の笛さえなっていない。選手入場シーンである。
監督!試合開始前の選手交代ってありっすか??
そして3人目。ふたりとは打って変わって、どちらかといえば地味なタイプのさらさらヘアーくん。私たちと同い年かな。遊んでる雰囲気を感じさせないだけで、実は裏で暗躍する遊び人なのかもしれない。ラルフローレンのニットセッターがやけに似合っている。
私はただただ、帰りたい。その一心だった。
でも合コンは私のイメージと違い、そこまで乱れる事はなく、どちらかといえば落ち着いた雰囲気で幕を閉じた。
仕事の話。趣味の話。学生時代の話。落ちが求められるすべらない話...。
もちろん、軽いノリは多々あって私は作り笑いにせいいっぱいで、何度も場の空気を寒くしてしまったけれど、そこは奈々がうまくフォローしてくれた。さすが遊びなれているだけはある。もちろん皮肉で言ってるわけじゃない。素直に尊敬するだけだ。てきぱきと料理を男性陣に取り分けながら、場の雰囲気を察知して、笑うところは笑い、つっこむところはつっこむ職人の如し振る舞うような奈々を。
くだらない王様ゲームとか、下心満載の席替えとかは一切なく、私は安堵した。
でもそこはただたんに合コン初心者でノリの悪い私に男性陣が冷めてしまっただけとも考えられるけど。
「居酒屋って2時間コースだよね?」
短髪が気持ち良さそうによっぱらった顔で言った。酒が強くないのか、顔がすわっている。
「うん。あ、もう22時になるね、あっという間だね。じゃあ会計しちゃお」
千尋が幹事らしく、ひとりひとりから集金する。
「次の店行こうぜ!カラオケとかどうよ~。まだ終電まで余裕でしょ?ねえ奈々ちゃん」
終始ハイテンションだった刈り上げが物足りなさそうに奈々に問いかける。もちろん私には問いかけない。
会計を済ませて、千尋がこのあとカラオケ行く人~!と大きな声で言う。
私はもう充分満足疲れていて、彼ら彼女らのテンションにはとてもじゃないがついていけそうにない。ひとりだけ40手前のおばさん状態である。
「奈々~、ごめんね。私ちょっと酔ったみたいで、少し気分が悪いの。先に帰るね!」
「ゆうこ大丈夫?やっぱり無理に付き合わせちゃったかな?」
「ううん、そんなことないよ。楽しかったよ!ただ今日はお酒のペース間違えちゃったみたい」
「そう?心配だから、一緒に帰ろうか?」
「いいよ、大丈夫だから。奈々は楽しんで。今日は誘ってくれてありがとね」
「んーわかった。じゃあ、月曜日会社でね」
最後まで心配そうに見送る奈々。私は酔ったふりをしながら皆に挨拶をしてその場を立ち去る。
もちろん誰も私を引き留めようとはせず、ちょっぴり悲しくなる。盛り上がる短髪や刈り上げの声を後ろに聞きながら、重い足取りを一歩一歩前に進める。後ろ髪引かれたわけじゃないけれど、私は一度だけ振り返る。
さらさらヘアーと目が合い、私は一瞬素に戻りかける。さらさらヘアーは私の事をみつめながら、奈々に何か話しかけている。奈々はこちらをちらりと見た後、笑顔でそれに答えている。
なんだか気になるけれど、それを見なかった事にしていそいそと帰途へ向かう。
こうして私の記念すべき人生はじめての合コンは幕を閉じた。
その翌日は最悪な気分で朝を迎えた。慣れない酒を飲み過ぎたせいか、頭がガンガンした。
早く帰りたくて酔ったふりなんかした私を神様が罰したに違いない。
何気ない気持ちでスマホを手に取ると、滅多にこないLINEの通知がきている。昨日の男メンバーとは誰ひとりLINE交換などしていない。私からも聞かなかったし、もちろん誰からも聞かれる事はなかった。
そういえば最近実家に帰っていない。親が久しぶりに顔みせろとか言ってたりしてと思いながらLINEをひらくと、
[小川貴人です。昨日はおつかれさま。楽しかったです。いきなりのLINEごめんなさい。
ゆうこさんの友達の奈々さんにLINEを教えてもらった。迷惑じゃなければ、返事ください。]
昨日はおつかれさまということは、合コンの事か。私の鼓動はなぜか早くなる。え?なんで?私に対して楽しかったってどういうこと?
奈々にLINEを教えてもらった? 私はわけがわからなくて混乱する。
小川貴人。
合コンでお互いに自己紹介したのに、思い出せない。合コン開始時の私は緊張と気の重たさで、人の話などほとんど聞いていなかったのだ。誰だか分からない。。誰だろう。私はつくづく自分本位で失礼な奴だと思う。昨日合コンしたメンバーの名前さえ憶えていないのだ。
でも、短髪や刈り上げがあえてあとからLINEIDを第三者に聞くとは到底思えない。あのノリと性格だ。彼らなら躊躇なく直接聞いてくるはずである。
きっとさらさらヘアーの彼かな。。
今日の朝9時20分にメッセージは来ている。今は9時30分だ。
すぐに返事を返すのもなんだかなと躊躇し、その20分後に返事を返す事にした。
[こちらこそ、昨日はありがとうございました。はじめての合コンだったので、緊張していてうまく話せませんでしたけど、私も楽しかったです。^_^
一応確認なんですが、小川さんはラルフローレンのセーター着てた人ですよね。違っていたらごめんなさい。]
名前は分からなくともそれぞれの特徴は頭にインプットされていたので、それが役にたった。でかした、私。
15分後に返事は来た。
[お返事、ありがとうございます。はい、そうですよ。
僕も友達の誘いではじめて参加してみたんです。本当に緊張しました。ああいう場には慣れてないみたい。
実はゆうこさんが帰った後、僕もすぐに帰りました。カラオケ行く元気は残ってなかったようです。]
彼もはじめてだったのかとなんだか少し安堵。私には彼は場数を踏んでいる常連、冷静沈着な分析班にみえたのだがどうやらそれは見当違い。まあ、だからあんなに無口だったのかと少し納得。千尋や奈々も彼に対しては終始、つまらなそうにしていたのを思い出す。
彼と私はある意味では仲間だ。合コンという華やかな賑わいを苦手とするコミュニティがここで形成されたのだ。
[そうだったんですねー。皆元気でなんだか疲れちゃいますよね(*_*;
あ、改めて自己紹介した方がいいですよね? お酒入ってたし。。 霧島ゆうこ25歳で、OLしてます。
趣味はスタバに入り浸って街行く人を観察する事、あとはヒトカラです。]
自分から積極的に変わった趣味を自己紹介で披露するなんてひかれるだろうかと思いつつ、送信。
いやわざわざ取り繕って女らしい趣味をアピールする方が馬鹿げている。私は私の自分らしさを大切にしている。別にただ合コンで出会っただけの男。ここでひかれても日常に何の支障もないとなぜか開き直る私。
[自己紹介ありがとうございます(^o^)では僕も改めて自己紹介。
小川貴人25歳。某企業で営業してます。趣味は読書、絵を描くことです。
ゆうこさんは面白い趣味してますね。なんだか休日を満喫してそうなタイプかな。
これから少し出掛けるので、また今日の夜LINEしていいですか?朝早くから返事いただいてありがとうございました。]
趣味にひかれるどころか、休日を満喫してそうなタイプなんてそんな大袈裟な。ええ、満喫してます。ごろごろと干物女になりながらですが。
それよりも驚いたのが趣味は絵を描くことというところだ。
学生時代絵を描くことで暇を潰し、誰も寄せ付けない孤高の居場所を形成してきた私にとっては興味深い部分ではある。
一体どのくらいのレベルなのだろう。
芸大出身だったが絵の仕事などなかなかなく、しかたなくサラリーマンへとレール変更したタイプだったりして。あの落ち着いた見た目からして納得のいく私の勝手な妄想。
[絵を描くことってなんだか気になります。私も絵を描くので。それでは、また]
返事をして少し後悔。ちょっといきなり食いつきすぎだろうか。
というか、まずなんで彼は3人の中で一番可愛くもなく、凡庸すぎる私を選択したのだろうか。そこが一番気になる部分であり、聞きたいところだ。
あと彼はあの中で一体誰の知り合いなり、友達なのだろう。どうも彼がああいった連中とつるんでいるのが想像できない。あれこれと考えていると、頭がよけいに痛くなってくる。あーやだやだ。
今日は近所のスタバへ行き、ゆっくりした後、冬に向けて服を買いに行くつもりだったが、頭も痛いし今回はやめにしよう。
家賃6万、8畳1ルームの私の愛すべきお城でぐうたら引きこもる至福の休日。私にはこれがなによりお似合いだと思う。
さあ二度寝、二度寝と。大きなあくびをし、スマホを放り投げて再び布団を頭から被る。
眠りに意識を集中しつつも、心のどこかで彼からのLINEがくるのを楽しみにしている自分がそこにはいた。
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