失恋ドーナッツ

@kei_tsukishima

第一話

失恋して、1年が経つ。

これを失恋とよんでいいのか、私にはよく分からない。私はその「失恋のような経験」によって、ひどく混乱し、そして心をえぐられたのだと思う。なぜなら、その日から恋をする事に怯え、異性と関わるのを避け続けてきたのだから。

辞書で引くと、失恋とはこう定義されている。             

失恋 ーーー恋する思いが相手に通じなかったり、相手に拒絶されたりすること。

拒絶。残酷な言葉である。  


                                    「付き合ってください」 


「無理」


その一言で終わるのならば、私は何度だって失恋を受け入れてあげようではないか。簡潔。

それでいて明快。物事は分かりやすい方が良い。優しい言葉で気を遣われるより、男なら直球でそれこそ拒絶してほしい。恋心を粉々にしてほしい。その方が女は前を向けるのだと思う。失恋したその日だけ、顔をくしゃくしゃにして,生まれたての赤ん坊のように泣き続ければ案外すっきりするものだ。今まで私はそうやって、純粋無垢な私の恋する乙女心をハンマーで粉々に砕いてきた男たちをきれいさっぱり忘れてきた。

いや、待て。もとい。もとい。                       そんな男らしい男は誰一人いなかった。

皆、どこか自分を悪者にしないよう、言い訳を取り繕い、卑怯だった。

ひとりには他に女がいてキープされていた。ひとりには肉体関係をもった次の日には捨てられた。エトセトラ。

「とりあえず付き合ってみたんだけど、なんかイメージと違った。ごめん」

「なんかあきたんだと思う。でもお前には幸せになってほしい。元気でな」

いや、とりあえずってなんだよ。いや、お前が幸せにしろよ。

この恋愛を最後にしよう。この人なら大丈夫、心から信頼できると安心した結果がこれである。

そして今回の「失恋のような経験」も、今までの数少ない私の恋愛教訓は役に立つ事はなく、現在進行形で彼氏なし。霧島ゆうこ。25歳独身女である。

私はこれから何度、この恋愛を最後にしようと心に誓うのだろう。

でも今は、恋をする元気は残されていない。まるで絶海の孤島にいるようだ。

私は孤独。


灯台なき絶海の孤島にいても、社会という名の大海原を航海しなければ私に明日はやってこない。

簿記の専門学校を卒業し、東京のIT企業でOLとして働き始めて早5年。大都会という怪物にのまれることなく、なんとか毎日を生きている。田舎に住む両親もそんな私の懸命な姿に満足しきっている。なんて親孝行な娘なのだろうか。

「あとはゆうこが結婚してくれればね。心配してるのはそれだけ。誰かいい人いないの?」

実家に帰る度に、聞かされるこの言葉にはさすがにうんざりするけど。恋愛くらい、好きにさせてよって思う。

でもよくよく考えたら、結婚ってなんだか信じられない言葉だ。なんというか、非現実的。

自分が結婚して、家族をつくって、マイホームを建て、子供を産んで、子供を育ててって、、、。

常にマイペースで自分本位な私にはとてもじゃないけど、できそうにない。でもそれが世の中の「普通」「常識」

だから皆、家族を作っている。それがあたりまえだから作っている。普通って実はとてもハードルの高いものなんじゃないかって思う。

その普通を手に入れるためには、並の努力では足りないのではないか。

そう思っているのは、私だけじゃないはず。だとしたら世の中の家庭はもっと明るさに満ちている。




会社の昼休みでは、いつも決まって同期入社で同い年の奈々と食事をとる。

お互いに手作りのお弁当を机に広げて、食べログの如く、評価し合う。風評被害はやめてね。

「ゆうこ、今週末あいてる?」

奈々はスマホを片手に、野菜ばかりの体力もたないだろそれ!弁当をちびちびつまみながら私に聞く。

私の評価ではその弁当はなし。星は同期のよしみで1つあげる。人間の三大栄養素である炭水化物、脂質、タンパク質が足りなすぎる。

「なんで?」

「合コン。男女4人か、5人でさ。遊ばない?私の友達が集めてくれたんだけど。まあ合コンていうより、ただ遊ぶ感じ。お互いゆるくね」

「え?奈々、付き合っている人いなかったっけ」

「ん、もう別れたよ。言わなかったっけ」

奈々はなんでもないように言った。まるで今日はいい天気ですねと言ったら、そうですねの如く。あれほど他に類を見ない無意味な雑談ってある?はい、それでは次のニュース。

「なんで別れちゃったの。なんか今回の彼氏はすごくタイプで良い人とか言ってなかった?」

「うん言った。でもねー、なんかイメージと違ったんだよね」

ケロッと舌出し。可愛い奈々だから許される行為。

私がケロッと舌を出すとき、それは医者に炎症した舌を確認してもらう場合のみ。

「そうなんだ。じゃあその彼氏を忘れる意味もこめて、パーッと遊ぶ感じ??」

「うーん、もう元カレの事はふっきれてるよ。今回はかなりイケメンがいるみたいなんだよー。」

はい、でた。でました。なんかイメージと違った。相手をそこまで傷付けず、それでいて別れられる常套句。イメージとはなんなのだろう。独りよがりの妄想に過ぎないのではないか。そんな自分の思い通りの人間など、世界中どこを探してもいるわけがない。いや、もてない私にだからこそ分からない事なのだろうか。

奈々はどこからどうみても男にもてるタイプだ。小顔で端正な顔立ち。モデル体型。見た目は仕事ができそうなキャリアウーマン。でも人を近づけないサバサバしたタイプではなく、少し天然で人懐っこい。その外見とのギャップが多くの男を引き寄せる。

陰気で喜怒哀楽の少ない私とはまるで正反対。学生時代なら間違いなく、私と奈々は交わる事はなかっただろう。

奈々はクラスのアイドルのような存在。なにをしても一目置かれるタイプ。一方の私は、教室の隅っこでひたすら絵を描き続けているクラスにひとりかふたりはいる、いつもなんか必死に描いてる暗い奴。地味。陰キャラ。

自分の世界観をもっているなんて、中二病全開の痛い奴。

でも私は学生時代、そんな笑顔あふれる彼女達が羨ましいなんて思った事は一度としてない。これは負け惜しみでもなんでもない。それは私には彼女たちが、自分の立ち位置を見失わないよう必死になってポジション争いをしているように見えたからだ。

毎日。毎日。飽きもせず、相手の顔色をうかがいながら。そんなに無理して笑顔をつくっても何も手に入らないよと私は彼女達に言いたかった。一緒に絵を描こうぜ?教室の隅っこも案外悪くないよ。少し埃っぽいけど。

「私は今回もパスでいいよ」

奈々は意外そうな顔をした。

「え?なんで、なんで?最近てか、ずっーーとゆうこ、付き合い悪いよ。たまには一緒に遊ぼうよ」

「うーん」

奈々は何かに感づいたように、アッと言った。

「もしかしてさ、まだ忘れらないの?」

私は黙って、肩をすぼめるしかなかった。

「んー誰だっけ?たしか、千尋のひらいた合コンにきた無口な人だよね。もう忘れなよ。あんなレベルの男、世の中たくさんいるよ」

「うん。そうだよねぇ」

「失恋を忘れるには、新しい恋だよー。だから週末あけといてね」

奈々はそういうと席を立ち、かかとの高すぎるヒールをコツコツと響かせながら、半分も食べていない草食動物弁当を洗いに颯爽と給湯室へ向かった。

たかが給湯室へ弁当を洗いに行く姿さえ、奈々なら絵になるから不思議である。

奈々が今日は評価さえしてくれなかった私の節約おにぎり弁当はまだほとんど手がつけられていない状態だ。

わかめごはんおにぎりに、鮭ふりかけおにぎり。おかずは肉巻きポテト、トマトサラダ。デザートは申し訳程度にパイナップルを添えて。エネルギー補給をしっかりと考えた、栄養士顔負けの愛情こもったお弁当。。

せっかく朝早く起きて作ったのに、なんとなく食欲が失せてきている。

またまたあいつを思い出したせいかもしれない。

「はあ」

思わず、深いため息をつく。

ひとりでお弁当に食らいついていた禿げ頭の先輩が、ビクッとしながら私の方をゆっくりと振り向く。

別にあなたの頭をみてため息をついたわけではないよと、私はぎこちなく微笑む。

禿げ頭はまたビクッとしながら目の前の弁当に視線を戻し、一心不乱に食らいつく。良い食べっぷりである。

その豪快さ、勇ましさをぜひ仕事にぶつけてください。そしたら少しはあなたを認めます。

失恋を忘れるには新しい恋だよと言った奈々がある意味羨ましい。私もあれくらい元気で、メリハリがあれば、いつまでもくよくよと悩む事はなかったのだ。

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