57. 現世に生きるその理由

「今助かっても、どうせわたし、そのうち死んじゃうから」


 ニオが言った瞬間、地面から吹きあがった幽気がニオの体をおおった。


「ダメだよ、ニオ! 気持ちで負けちゃダメ!」


 神通力でできることなんてたかが知れている。

 大事なのは、人の生きる意志。

 人が人として現世との縁を強くすること!

 なのにそんな弱気になってたら……!


 と、背後から冷たい気配。


「……うりゃあああ!」


 振り向きざま、布都御魂剣をフルスイング! 今度はちゃんと刃を向けて!


 なのに、やっぱり斬れない!


 重い手応えはあって、黄泉醜女はとんでいく。

 だけど、さっきより距離は短いし、体勢を大きくくずしてはいない。


「……しーちゃん、ごめんね。あのとき、わたしのせいで、お母さんが。しーちゃんは、わたしなんか、置いて、」


「ああ、もう!」


 あいつのことは後!


 ニオを何とかするのが先!


 わたしは、布都御魂剣で自分のおさげを切り落とした。


 そして閉じようとするニオの目を無理やり開く。


「いたたたた! 痛いよ、しーちゃん!」


 目を開けたニオに、思いっきり顔を近づける。


「やあ、僕のどか! ニオは今日もかわいいね! 結婚しよう!」


 そう叫んで、ほほに軽くキスをした。


 ニオはぽかんと口を開いている。


「……く、ふふ」


 それから目に涙を浮かべた。


「しーちゃん、似てないよ。見た目も声も、同じなのに、全然ちがうよ」


 ニオの口もとに笑みが浮かぶ。


「ていうか、かーくんそんなこと言わないよ」


「ニオが言わせるの!」


 こつん、とニオのおでこに自分のおでこをぶつける。


「四月からは同じ小学校に通って、中学生になったらおたがい意識しはじめて、高校生になったら結婚して、大学は別々になって遠距離恋愛になっちゃうけど、卒業したらすぐに結婚して子どもが生まれてハッピーな家庭をきずくんだよ!」


「今、二回結婚したよ!?」


「おめでたいことは何度してもいいの!」


「……あはは、ダメだよー」


 ようやくニオが笑った。


 ニオの周りをとりまいていた幽気が勢いを失っていく。


 そう、それだよ。大事なのはそれだよ。


 布都御魂剣を小さく振るい、ニオに絡みついていた幽気を一気に切り払う。


 しかしそこに、幽気の風が吹きつける。


 振りかえる。


 樹の下に立った黄泉醜女が腕を振り、風をあおっている。


「させない!」


 布都御魂剣をかまえ、幽気の風を切り払う。


「ちょっと待っててね。成敗してくるから!」


 ニオに声をかけ、黄泉醜女に向かって走りだす。


 黄泉醜女を直接攻撃しても意味がない。だってこの剣は姫神さま、市寸島比売命さまの神器。御解しと御寧めの道具だから。


 だったら、わたしは……!


「うりゃりゃりゃりゃあ!」


 とにかく布都御魂剣を振りまわしまくる!


 あたり一面広がっていた幽気がバラバラに解されていく。


 どうせそこら中幽気だらけ。狙わなくたって振ってればあたる!


 本分は神気の御解しでも、幽気だってあたれば切れる!


 切り祓われた幽気がうすく広まって散っていく。


 そして、とうとう黄泉醜女が一歩後ろにさがった。


 そのすきを逃すはずがない!


 剣を振ったまま突っこむ。


 黄泉醜女は、一足飛びに距離をとった。


 いける!


 ちらりと背後を見ると、ニオの周りにも赤黒い霞はぼんやり薄れ、ニオ自身は上半身を起こしていた。

 そこまで力が戻れば、きっとだいじょうぶ。


 後はこの幽気を御寧みやすめするだけだ!

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